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いよいよ月子も臨月で、双子がいる大きなお腹を抱えて、大学院に通っている。 子供が産まれたら、少しの間は休学することにしている。 勉強は一生やるものだから、この幸せなドロップアウトは、月子にとっては大歓迎であったりするのだ。 月子は、そろそろ、大学院を通うのを一旦中断する。 流石にここまでくると、勉強している時に産気付いたらと考えてしまうから難しい。 「今日が取りあえずは、休学前の最後の授業だね。しっかりと受けておいで、お姫様」 郁は内心気が気ではないだろうに、こうして笑顔で見送ってくれる。 それには感謝をしている。 「有り難う、郁。しっかりと頑張ってくるからね。この子たちも私と一緒に頑張ってくれているから、心強いよ」 「余り無理をしちゃ駄目だよ。君はいつも張り切り過ぎてしまうということがあるからね」 郁は心配そうに見つめてくれる。 大好きなひとにここまで心配して貰えるのは、やはりとても嬉しい。 「いってきます」 「何かあったら電話するんだよ」 「解った」 月子は笑顔で郁に言うと、手を振って大学院へと向かう。 最近は、郁が出勤前に、こうして車で送ってくれるのが定番になっていた。 月子は休み前の最後の通学をわくわくしながら迎えた。 郁が休みの日、月子は何故か早く目が覚めた。 いつもならばふたりでのんびりと眠っているというのに、今日に限っては早くに目が覚めて、スッキリと目が冴えている。 ひょっとして今日かもしれない。 産まれる印もあり、いつ産まれてもおかしくない。 不意に差し込むような痛みが腹部を貫く。 「……郁っ……! 陣痛……みたい……」 「何だって!?」 何分初めてのことで、郁はどうして良いかが分からなくて、おろおろしている。 だが、月子を守るようにそばにいてくれるのが嬉しかった。 「何だっけ、そうだ病院に電話だったね」 郁は深呼吸をすると、電話を掛けてくれた。 テンパった電話ではなく、郁はあくまで落ち着いてくれている。 それが月子にはとても頼もしかった。 「解りました。ではシャワーを浴びて、しっかりと食事を取って行けば良いんですね。有り難うございます。では準備が整いましたらそちらに向かいます。ええ、大丈夫です。有り難うございます」 郁は落ち着いた声で伝えた後、静かに電話を切った。 「月子、陣痛は治まった?」 「大丈夫……」 「先生が当分お風呂が入れないから、シャワーを浴びておくようにと。後は体力勝負だから、しっかりと朝ご飯を食べて来なさいって。シャワー浴びておいで、今のうちに。僕はその間、食事を作っておくよ。コンティネンタルブレックファースト並にね」 「有り難う」 郁の気遣いと優しさに、月子はつい笑みを浮かべる。 先ずは言われたようにシャワーを浴びて、きちんと着替えなければならない。 「じゃあ今のうちにシャワーを浴びておくね」 「うん。美味しい朝食を用意しているからね」 「有り難う、郁」 月子が笑顔で言えば、郁もまた笑顔で見つめてくれた。 シャワーを浴びて、髪を乾かして身仕度をして行くと、郁が本当に美味しそうな食事を作っていてくれた。 これは嬉しくて、月子はつい笑顔になってしまう。 「月子、たっぷりゆっくり食べて。それぐらいゆっくりとしても、大丈夫だからね」 「有り難う」 郁に言われて、月子はのんびりと腰を掛ける。 流石にお腹にいるのは双子だから、お腹が大きくて大変だ。 それでも双子を授かったのは嬉しい。 郁が双子だから、やはり双子が産まれ易いのだろうかと、月子はつい思ってしまった。 食卓にはたっぷりとした食事が並べてあり、月子はたっぷりと食べる。 きちんと栄養や量のコントロールはしてきたから、太り過ぎてはいないのだが、流石に当分は食べられないことを考えて、月子はしっかりと食べた。 「今日は随分と食べているね」 「それはそうだよ。だって双子を産むから、体力いるからね。それに郁のご飯は美味しいから」 「有り難う」 郁は照れくさそうに笑うと、慈しむが溢れたまなざしを月子に向けてくれた。 総ての準備が終わり、月子は郁と一緒に病院へと向かう。 「だけどこの子たちは親孝行だね。ちゃんと、僕のお休みが解っているみたいで。凄く嬉しかったんだ」 「私も。郁のことをきちんと解ってくれている子供たちを誇りに思っているよ」 「そうだよね。僕たちは良い子供たちを授かったね」 「そうだね」 ふたりの褒めている言葉に気付いたのか、双子たちはいきなり返事をするように月子に陣痛を起こす。 まるで早く産まれて、両親に褒められたいようだ。 月子は鋭い痛みに何とか堪えながら、唇を噛んだ。 少しすればやり過ごすことが出来るから。 それを胸に、月子は何とか頑張った。 「月子、よく頑張っているよね。偉いよ。もう少しで病院に着くから」 郁が励ますように声を掛けてくれる。 それが月子には有り難い。 「月子、頑張って」 「……うん……っ! 郁!」 月子が痛みに堪えていると、何とかピークを終えることが出来た。 冷や汗が背筋に流れる。 ホッとしたところで、郁の運転する車は、駐車場に滑り込んだ。 「さあ月子、行くよ」 「解ったよ、郁」 郁は荷物を持った上に、月子の手を引いて病院の中に入った。 郁も本当は緊張していることぐらいは解っている。 だが、素早く正確に入院手続きをしてくれた。 本当にこういったところは頼もしい。 郁が手続きをしてくれた後、月子は病室へと向かった。 まだ陣痛の間隔は長いので、月子は病室に入ると、ベッドにゆっくりと入った。 「月子、ゆっくりとしなよ。君は双子をこれから産むんだからね。何か僕に出来ることがあったら、何でも言ってくれて良いからね」 「有り難う、郁。だけど郁がそばにいてくれるだけで、私は嬉しいんだよ。だから大丈夫。郁がいれば、私は平気だから」 月子が笑顔で言うと、郁は不意に強く抱き締めてきた。 「可愛いことばかりを言わないの、君は」 郁は困ったように言うと、月子を更に抱き締めた。 「失礼します」 ノック音が聞こえて、郁は慌てて月子から離れた。 「水嶋さん、これから陣痛の間隔を測っていきますよ。ご主人も間隔を測るのを手伝ってあげて下さいね」 「解りました」 「間隔が短くなって来たら、分娩室に入りますからね」 「解りました」 看護師に言われて、郁は幾分か緊張気味に頷いた。 月子が幸せな気分で陣痛に堪えていられるようにと、郁は手をギュッと握り締めてくれた。 「我慢出来ないぐらいの痛みだったら、我慢せずに、嘘を吐かずに言ってね」 「有り難う……」 本当に気遣われ、大切にされている。 自分はなんて幸せ者なのだろうかと、月子は思った。 やがて間隔が短くなっていく。 月子は突き抜けてしまうぐらいの陣痛の痛みに何とか堪えながら、郁にすがりついた。 いよいよ、分娩室へと向かうタイミングになった。 このタイミングで、郁は親に連絡をする。 やはりふたりの親にとっては初孫なのだから、産まれたばかりの姿を見たいと思ったのだ。 郁は、月子が分娩室に運ばれて準備をしている間、立ち会う準備をしてくれた。 月子が呼吸を整えながら頑張っていると、郁が分娩室に入ってきた。 「僕がついているから大丈夫だよ」 郁はそう言うと、月子の手を強く握り締めてくれた。 |
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