*恋するヴァレンタイン*


 ひねくれものだけれど、本当は優しい大好きなひとと過ごすバレンタイン。

 特別なものにしたいと想い、月子はつい色々と考える。

 決戦のバレンタインデートに、月子は想いをはせながら、幸せな悩み事からくる溜め息に、つい笑顔になってしまっていた。

 つい笑顔になってしまうのは、それだけ、バレンタインを楽しみにしているということなのだ。

 月子は、あれこれ考えながら、笑顔になる。

 先ずはチョコレートから。

 手作りをしたいのは、山々ではあるけれども、今の自分の料理の腕では、とうてい普通のレベルのチョコレートでも、夢のまた夢だ。

 お菓子作りに精通しているひと曰く、お菓子作りは化学実験に似ていると聞いてはいるが、自分でやってみると、実験というよりは、かなり難解な数式に似ているような気がした。

 郁に似合うチョコレートは何だろうか。

 そんなことを思いながらチョコレートを選ぶのはとても楽しい。

 ちょうど、可愛い猫をテーマにした、チョコレートが売っていて、月子はそれに引き寄せられるように手を取った。

 可愛い猫のお話仕立てになったチョコレートだ。

 月子は、これこそ郁が一番気に入ってくれるものだと思いながら、即決で買い求めた。

 これならば郁は喜んでくれる筈だ。

 チョコレートを持って、月子はうきうきと家路に急いだ。

 

 今年のバレンタインは平日。

 だからデートらしいデートをする時間はない。

 月子は、せめてチョコレートだけでも渡したいと思う。

 郁も春からの新生活で大変で、月子も大学生になるために色々と準備がある。

 だが、恋人たちのスペシャルデーは、大好きなひとと過ごしたいと、月子は強く思っていた。

 緊張しながら、郁にバレンタインデーに逢う約束を取り付ける為に電話をする。

「あ、はい。君か」

「郁、こんばんは。今、少しだけ良いかな」

「良いよ。僕のお姫様の為なら」

 からかうように甘い言葉を言いながらも、優しさが滲んでいる。

 誰よりも傷つきやすい、優しくて硝子のように透明で壊れやすい心を持っているひと。

 月子にとってはかけがえのない恋人だ。

「バレンタインデーの14日なんだけれど、少しで良いから逢えないかな?」

 この一言を言うだけで、心臓がおかしくなってしまうぐらいに、激しいリズムを刻んでいる。

 余りにドキドキしている自分に、月子は苦笑いすら浮かべてしまうぐらいだ。

「……少しで良いの?」

 からかうような郁の艶やかな声が聞こえる。

「……出来る限り……長いほうが良いデス……」

 恥ずかしくて堪らないが、月子は素直に自分の気持ちを呟いた。

 こんなにドキドキしながら話すのは、なかなかない。

「解ったよ、お姫様。バレンタインデーは逢おうか。だけど、お姫様は門限があるでしょ? もうすぐ卒業だけれど、君はまだ星月学園の生徒だからね」

「そうですけど……」

「だったら僕がそっちに行くよ。四月からは、職員寮にお世話になるからね、色々と準備が必要だからね。だから、僕がそっちに行くことにするよ」

 郁は、門限のことを考えて、さり気なく気を遣ってくれている。

 それが月子にはとても嬉しかった。

「じゃあ、郁に逢えることを、とっても楽しみにしておくね」

「解った。じゃあバレンタインデーに、お姫様」

「うん」

 携帯電話を切った後、月子は、ははん、と、幸せな溜め息を吐いた。

 郁と短い時間ではあっても学園で逢うことが出来る。

 それが嬉しくて、月子は踊り出したくなった。

 

 

 バレンタイン前の日曜日、月子は幼馴染みや宮地たちと一緒に、ショッピングモールに来ていた。

 受験勉強の息抜きを兼ねての買い出しだ。

 もうすぐ二次試験だから、月子は気を抜けない。

 最後のスパートをかけるために、やはり準備は必要だった。

 ショッピングモールで、カップ麺やカップスープといった夜食に欠かせない物を買った後、スウィーツ売り場へと向かった。

 うまい堂のスウィーツをクリーム師匠である宮地がしこたま買っている間、月子は、皆でわいわい食べられる、お世話になった気持ちを表す為にチョコレートを買い求めた。

 今までお世話になった、幼馴染み、生徒会、弓道部、そして先生たちへのいわゆる“義理チョコ”を買った。

 これは流石に幼馴染みや宮地と一緒に買いに行くわけにはいかなくて、月子はひとりで買った。

 すると見慣れたシルエットを見つけ、月子は一瞬、怯んだ。

 最初は間違いだと思った。

 だが間違える筈がない。

 あのスタイルといい、長身といい、更に独特な雰囲気が重なれば、一人しか思い浮かばない。

 郁だ。

 郁以外の誰がいるというのだろうか。

 郁の横には、息を飲むぐらいに綺麗な大人の女性がいる。

 こんなにも綺麗なひとがそばにいたら、自分なんてどうでも良くなるかもしれない。

 郁ととてもお似合いだ。

 横にいても絵になるふたりというのは、まさにこのことをいうのかもしれない。

 距離はきちんと保たれてはいるが、ふたりの様子を見ていると、とても親密に思える。

 自分がいないところで、女の子とふたりきりでいて欲しくないなんて、不遜なことは言えないし、郁を信じたいとは思ってはいるが。

 だが、自分自身に余りに自信がないものだから、月子はつい、いじけた嫉妬を抱いてしまうのだ。

 胸が痛い。

 潰れそうになる。 

 郁はとてもモテるから、いつも不安だ。

 一瞬、郁がこちらに気付いたように視線を向けようとする。

 月子は慌てて、人込みに紛れ、そのまま幼馴染みや宮地がいる場所に駈けていった。

 急に元気がなくなった月子を幼馴染みたちは不思議に思ったようだったが、月子はなるべく笑顔で接しようと努力をした。

 

 バレンタインデー当日。

 義理チョコを配り終えて、月子はひとり屋上庭園に向かった。

 昨日から郁のメールが何回か来ていたが、どれにもきちんと返事をすることが出来なかった。

 ただこの本命の猫チョコレートをどうしようかと思いながら、ひとり屋上庭園にいた。

 切なくてぼんやりとしているだけで、涙が出てくる。

 何とかそれを拭いながら、月子は空を見上げた。

 随分と日が長くなった。

 星はまだ見えない。

「やれやれ、僕のお姫様はこんなところにいたのか……」

 何処か呆れ返るような声に振り返ると、そこには郁がいた。

「……郁……」

 直ぐに背中を向けると、横に腰掛けてくる。

「メールにも返事をくれないし、電話にも出てくれないし…。お姫様は、いったい、どうしたのかな?」

 郁は悪びれることなく言って、顔を覗きこんできた。

「……郁……、バレンタインのチョコレート……いっぱい貰った?」

 月子の問いに、郁はフッと意地悪な笑みを浮かべる。

「貰わなかった。断ったよ。欲しいチョコレートは一つだけだからね」

 郁はじっと月子だけを見つめてくる。

 からかうように甘いけれど、月子だけを見つめるまなざしに偽りはない。

「……じゃあ、この間の日曜日に綺麗なひとと一緒に選んでいたチョコレートは?」

 月子が拗ねるように言うと、郁は目を細めた。

「嫉妬したんだ。可愛いね、僕のお姫様は」

 郁の言葉に月子は真っ赤になって唇を尖らせた。

「彼女は、僕の友だちにチョコレートを渡したいからって言われて、選ぶのを手伝っただけだよ。……それとも、君は僕を信じられないの?」

 切なそうに言われて、月子もまた切なくなる。

「…信じているよ…」

「だったら、拗ねるのは止めなよ。それに君は折角のバレンタインに、チョコレートをくれないの?」

 郁に甘えるように言われてしまうと、月子も折れずにはいられない。

「どうぞ」

 そっと差し出すと、郁は甘い笑顔を浮かべながら受け取ってくれた。

「有り難う。じゃあ、お礼に」

 郁は月子をいきなり抱き寄せてくると、甘いキスをくれる。

 渡したチョコレートよりも素敵に甘いキスに、月子がぼんやりとしていると、ギュッと抱き締めてくれた。

「可愛いね、君は。いつまでもそのままでいて」

 幸せなバレンタインの囁きに、月子はそっと頷いた。





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