ホワイトディは、女の子にとってはマシュマロ以上に甘い日。 月子もまたとても楽しみにしていた日でもある。 無事に大学にも合格し、高校生から大学生になる。 ほんの少しではあるが、大人の女性へとまた一歩近付いたような気がした。 それは大好きなひとに近付いたということでもある。 月子は、それがまた嬉しくてしょうがなかった。 高校を卒業してからの初めてのデート。 もう子どものカテゴリーから出ている。 大人の女性のようにお洒落がしたいけれども、月子はどうして良いのかが解らない。 月子の大好きなひとは、とてもセンスが良いから、敵わない。 どうしたら大好きなひととバランスが取れるようになるのだろうかと、月子はそればかりを考えてしまう。 ずっと男の子ばかりの場所にいたから、お洒落について女の子の友だちと語り合ったことなんてなかったのだから。 月子は結局、いつものお洒落しか出来なかった。 大好きなひとは隙もないぐらいに素敵だというのに。 待ち合わせ場所に行くと、郁が既に待ってくれていた。 月子は遠くからも、郁が隙がないぐらいに素敵だと思わずにはいられない。 うっとりとした気分になりながら、月子は郁の元へと走っていった。 「郁!」 手を振りながら走っていくと、つい勢いがあり過ぎて躓きそうになった。 だが、郁が月子をしっかりと受け止めてくれ、そのまま抱き締めるような格好になった。 「月子、走らなくても、僕は何処にも行かないよ」 郁はくすくすと笑いながら言うと、更に月子を抱き締めてきた。 人々の往来が激しい場所で、いきなり抱き締められるなんて、月子は思っても見なかった。 余りにも甘い行為に、月子は耳朶まで真っ赤にさせる。 心臓がドキドキし過ぎて、月子は喉がカラカラになってしまった。 「……い、郁。皆が見ていて、恥ずかしいんだけれど……」 月子がいくら焦って言っても、郁は全く止めようとはしない。 それどころか、更に激しく抱き締めてくる。 「い、郁っ!?」 「君が僕の物だって、皆に見せびらかしたら良いんだよ」 郁は平然と言うと、甘く微笑んでくる。 確信犯のような笑みに、月子はつい上目遣いで睨み付けた。 「お姫様、そんな目で恨めしそうに睨んでも無駄だよ。可愛いだくだもん」 郁お得意の甘い笑みを浮かべられて、月子は抵抗することすら出来なかった。 郁は観念した月子の顔を見て、勝ち誇ったような意地悪な笑みを浮かべると、ようやく抱擁を解いてくれた。 結局は郁に振り回されてしまうのだ。 「じゃあ行こうか、お姫様」 郁は月子の手をギュッと握り締めると、そのまま颯爽と歩き始めた。 “お姫様”と呼んでくれているからか、本当にお姫様になったような気分になった。 郁とふたりで手を繋いで、ゆっくりと街を眺めるだけでも嬉しい。 「海に行こうか。春の海は素敵だからね」 「はい」 郁は月子の手を引いて、車を停めている駐車場まで一緒に歩いていってくれる。 「君とはドライブがしたかったからね」 「嬉しい。郁とドライブが出来るなんて、踊ってしまいそうになるよ」 「僕もお姫様と一緒にドライブが出来るが嬉しいね」 郁に車に乗せて貰い、いよいよドライブが始まる。 ドライブはとっておきのデートだから、月子は笑顔にならずにはいられなかった。 ドライブが始まる。 いつもならば車窓に広がる景色ばかりを見ているというのに、今日に限っては、郁が運転をする姿ばかりを見つめてしまっていた。 「どうしたの? 運転している僕を惚れ直した?」 からかうように訊かれても、月子は素直に返事をすることしか出来なかった。 「うん……。惚れ直したよ……」 月子が余りにも素直に自分の気持ちを伝えたものだから、郁は嬉しそうに、春の陽射しよりも温かな笑みを向けた。 「……月子、君はどうしてそんなにも可愛いことばかりを言うの」 郁は降参とばかりに言うと、一瞬だけではあるが、月子の手をギュッと握り締めた。 ロマンティックな気持ちでお腹がいっぱいになってしまうぐらいだ。 月子は、頬をほんのりと赤らめて、ただ郁をみつめた。 海岸近くの駐車場で車を停めた後、郁は月子を海岸までエスコートをしてくれた。 ふたりで手を繋いで、サクサクと音を立てながら砂浜を歩く。 まだ海辺の風はヒンヤリとしているけれど、それでも確実に春の香りを感じられる。 「月子、ね、寒くはない?」 「お鼻と手が寒いです」 月子が屈託ない笑顔を浮かべて言うと、郁は繋いだ手を、そのまま自分のコートのポケットに入れた。 「どう? 温かいかな?」 「うん、とっても温かいよ。郁の温もりを感じる」 「それは嬉しいね。僕も月子の温もりが感じられて温かいよ」 ふたりはお互いに顔を見合わせると、フッと笑いあった。 「ずっとしばらくこうしていようか。月子をそばに感じられるから」 「私も郁を近くに感じられて嬉しいよ」 「良かった」 郁の少年のような笑みが嬉しくて、月子もまたつられるように笑う。 温かな微笑みと温もりがあるだけで、最高のデートになった。 春と冬の間の柔らかで冷たい風が引き抜けて、月子の髪を優しく揺らす。 髪を片手で押さえると、郁が照れるようなまなざしを向けてくる。 「やっぱり君は、こうして乱れた髪を直している時すら綺麗に見えるよ」 郁はくすりと笑うと、月子を眺める。 「色々な君の顔が見られるのは、恋人である僕の特権かもしれないね」 くすりと笑うだけで、郁はなんて魅力的なのだろうかと、月子は思わずにはいられない。 「本当に君は可愛い」 ストレートに言われると、本当に恥ずかしくて照れてしまった。 「郁、海岸に連れていってくれて有り難う。郁とこうして一緒に散歩が出来るだけで、楽しくてしょうがないの」 月子はつい歌を歌うように言うと、満面の笑みを郁に向けた。 「ったく……。君はどうしてそんなに可愛いことばかり言うの」 郁は嬉しそうに、同時に何処か感きわまったように呟くと、月子を思い切り抱き締めてきた。 「月子……」 郁は甘い声で囁いてくれると、月子の前に、綺麗に包装された手のひらに入る小さな箱を差し出した。 「バレンタインデーのお返しだよ」 嬉しくて、月子はつい笑みを零してしまう。 「有り難う……。郁、開けて良い?」 「どうぞ」 「有り難う」 月子は嬉しくて、つい心を逸らせてしまう。 震えて上手くパッケージが外せない。 「下手くそ。僕に貸してみて」 郁がさらりと言うと、月子はパッケージを手渡した。 「はい」 郁は器用にパッケージをはがしてくれると、月子に手のひらに小さなシースルーの箱を置いた。 「口紅」 「そう、リキッドルージュ。君に似合う桜色だよ。春からは大学生だからね、君も。ルージュを塗ってもおかしくない年だ。塗ってみない? 僕が塗ってあげようか」 郁の言葉に、月子はドキリとした後、ゆっくりと頷いた。 「口を半開きにして? そうだよ」 言われるままに口を半開きにすると、郁は丁寧にリキッドルージュを塗ってくれる。 官能的でつい目を閉じてしまった。 「キス、して欲しいみたいだね」 フッと笑うと、郁はゆっくりと顔を近付けてくる。 唇を重ねて、月子の唇をちょうど良い色付けにした。 「はい、おしまい。よく似合っているよ」 「……有り難う」 郁の行為と笑顔に月子はついはにかんでしまう。 ホワイトディのルージュ。 それは大人の世界の始まり。 |