一樹が資料を探しに行くと本屋に立ち寄るのに、月子も着いていく。 一樹が法律の専門書や資料を探している間、月子はつい絵本売り場に向かった。 最近は、子どものグッズによく目が行くのは、やはり、小さな命が宿っているからだろう。 いつもよりもかなり優しい気持ちになっている。 大変なこともあるけれども、やはりそれを幸せな気持ちが勝っている。 月子は、のんびりと絵本売り場を覗く。 やはり星に関する仕事をしているせいか、科学の絵本のところに、引き寄せられてしまう。 月子は、その中で、懐かしい気持ちになる、一冊の絵本を見つけた。 「わあ! 懐かしい」 子どもの頃に、かなり好きだった絵本を見つけて、月子は思わず声を上げてしまう。 子どもの頃に何度も読んだ絵本。かけがえのない宝物だった。 何処に行くのにも持っていったのを覚えている。 勿論、不知火神社に行く時にもだ。 一樹と再会するまでは、ずっと忘れていたけれども、今ははっきりと思い出せる。 この絵本を、一樹に読んで貰ったことを。 月子はまだまだ読めない漢字があって、一樹がよく読んでくれたのだ。 それもありとても懐かしい。 月子にとっては大好きなお兄ちゃんだった。 月子を守るために、様々なことをしてくれた。 今も感謝している。 ずっと一樹に守られていた。 これからもずっと守られて生きていくのだ。 「……本当に懐かしい……」 月子は優しい気持ちになりながら、絵本をめくる。 大切な優しい想い出。 一樹と一緒にまた読みたい。 確か実家から持ってきたから、探せばあるはずだ。 一樹と一緒に読んで懐かしいと思って貰いたかった。 月子が絵本の『星座を見つけよう』を眺めていると、一樹が買い物を終えてやってきた。 「何を読んでいるんだ?」 「一樹さん、懐かしい絵本があったから、つい読んでいたの」 「どれ?」 一樹は、月子の肩越しに絵本を覗き込む。 すると、懐かしそうな笑顔になった。 「懐かしいな、これ。図書室で借りてよく読んだ」 「それだけ?」 「え? 他に何かあるのか?」 一樹は何も知らないとばかりに、不思議そうな顔をする。 確かに一樹にとっては何でもない思い出かもしれない。 忘れているかもしれないとは思っていたから、がっかりはしなかったが、だが、寂しいのは確かだ。 「最新にデータがきちんと更新されているんだな。大したもんだな。いつまで経っても色褪せないなんてな」 「そうだね」 ほんのりと残念な気分が上手く拭えない。 忘れていたのはしょうがない。 月子だって忘れていたのだから。 だが、やはり寂しい想いをするのは何故だろうか。 自分が特別で、些細なことでも覚えておいて欲しかったという想いがあるのかもしれない。 月子はそう感じていた。 「これを子どもに読み聞かせたいって思っているんじゃないか?」 一樹は何処か嬉しそうに言う。 その笑顔を見つめていると、忘れたからと言って責めることなんて、月子には出来なかった。 「そうです。読み聞かせをしてあげたいの」 「ああ。良いことだな」 一樹はまた昔のように、髪をクシャクシャとさせて、頭を撫でた。 こうされると子ども扱いをされているようで嫌な筈なのに、つい笑顔になってしまうのは何故だろうか。 「買うか?」 「大丈夫。多分、私のものがあるから。データは古いかもしれないけれど、読み聞かせするぐらいなら大丈夫だと思うから」 「そうか……。だが、自分で読めるようになったら、新しいものを買ってやらないとな……」 そこまで言ったところで、一樹は奇妙な顔をした。 「俺……、この絵本を誰かに読んでやった覚えがあるんだよな……。上手く思い出せないけれど……」 一樹の言葉に、月子はつい明るい表情を浮かべる。 絵本を見せたら、思い出してくれるかもしれない。 「だけど、お母さんが読んでいた絵本を子どもが読むなんて、何だか感動的だな」 「そうですね。そう出来るのが嬉しい」 「そうだな……」 月子が見上げると、一樹は優しくて甘い表情をしている。 それが月子には嬉しくてしょうがなかった。 家に帰り、月子は、早速、クローゼットの中を探した。 まだ少し早いかもしれないが、準備をしておいても良いと思う。 月子は、一生懸命、実家から持ってきた箱の中を探した。 すると、黄色い表紙がすっかり褪せて白くなった絵本が出て来た。 随分と読み込んだせいか、ほんのりと色が変わっている。 それを見ていると、何とも表現が難しいノスタルジックな気持ちになった。 表紙の裏には、“やひさつきこ”と、ふたつ書かれている。 ひとつは母親に書いて貰ったもの。もうひとつは自分で書いた名前だ。 懐かし過ぎて、何だか温かい気持ちになってしまう。 「一樹さん、見つかったよ!」 月子が声を掛けると、一樹がそばにやってきた。 「ほら」 月子が絵本を見せると、一樹は興味津々に笑った。 「随分と読み込んでいるんだな」 「大好きなので、何度も読んだの。だから……」 「そうか。これ、お前が名前を書いたんだろう? ヘタだから、直ぐに解った」 「そうなんだけれどね」 懐かし気持ちで、月子はページを一枚、一枚、めくってゆく。 懐かしくてしょうがない。 クイズコーナーのページには、何度も答えた鉛筆の跡があり、懐かしい。 「あれ? こんなところにラクガキがあるぞ」 「え? ラクガキ?」 一樹に言われて、絵本をよく見ると、そこには丸と棒に髪の毛が描かれた、人間らしいラクガキが描かれていた。 「かなた、すずちゃん、ひつじくん。……ん? 何かここに描いていた跡があるぞ。……じんじゃのおにいちゃん……」 一樹はそこまで読んで、驚いたように目を見開いた。 薄れていた記憶が蘇ったように、真直ぐと月子を見た。 「そっか……。俺はお前にせがまれて、何度もこの絵本を読んでいたんだな。思い出した……。だから、何度も本を読んでいたんだな……。お前に読み聞かせをしてやるために」 感慨深げに一樹は言うと、消されてはいるがしっかりと鉛筆の型が残っている絵を指先で辿った。 「…懐かしいな、本当に……。今度はこれを子どもたちに読み聞かせるなんて、凄いことだよな! 俺は何だか感動してるぜ……」 「私も。一樹さんも子どもたちに読み聞かせをしてくれるんですね」 「当たり前だ。しっかりと読んで、子どもたちにも星を好きになって貰わないとならないからな」 「はい。嬉しいです」 “子どもたち”と言ってくれるのが、ほんのりと恥ずかしかった。 「じゃあ、今からしっかりと練習しておかないとな」 「はい」 一樹は幸せな気分になりながら返事をしてくれているようだった。 絵本をふたりで一緒に見つめていると、ほかほかとした幸せな気分になる。 「三人で一つの絵本をシェアするのも良いかもしれないな」 「そうだね」 月子は頷きながら、幸せな気持ちで微笑む。 すると、一樹が背後からしっかりと抱き締めてくれる。 「まだまだお前のお腹の中では小さいけれども、こうしていると親子三人で一つの絵本を読んでいるみたいだろう?」 「そうですね。私たちが読んだ絵本を、子どもたちが読んでくれるというのは、とても嬉しいです」 「そうだな。ずっとこの本を大切にしていこうな」 「はい」 また幸せが増える。 月子はにっこりと一樹に微笑んだ。
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