*風邪をひいたら*


 星を見るのに熱中してしまって、ついうっかり風邪を引いてしまった。

 月子は洟を啜りながら、ティッシュをかなりの勢いで消費する。

 鼻の周りが真っ赤になってしまい、我ながら恥ずかしい。

 元々風邪が引きやすいから気をつけなければならないというのに、ついうっかりとしてしまう。

 こんな鼻ではデートに行くのに恥ずかしい。

 月子はファンデーションで隠すものの、モロモロになってしまい、かえって逆効果になった。

 大好きなひととのデートには、とびきりお洒落をしてみたいと思う。

 だが、この真赤な鼻では、お洒落なんて程遠いと月子は思った。

 

 ワンピースを着て、お洒落をして、一樹とのデート場所に向かう。

 一樹はどう思うだろうか。

 季節柄“赤鼻のトナカイ”だとか言ってからかうかもしれない。

 何だかそれはそれで癪に障る。

 月子は、一樹が鼻が赤いのを気付かないようにと祈りながら、デートへと向かった。

 

 今日はとっておきに可愛くしたつもりだ。

 大好きなひととのデートなのだから当然なのではあるが。

「待たせたな、月子」

 一樹は相変わらずのカジュアルスタイルでこちらにやってくる。

 服装にはかなり無頓着になっているきらいがあるが、それでも似合っていると思うところは、一樹のスタイルの良さではあるだろう。

「一樹会長!」

 月子が笑顔で挨拶をすると、一樹は一瞬、目線を上に上げた。

「…月子、お前…」

 一樹はほんの一瞬、シリアスになった後、いきなり鼻をポチッと押してきた。

「赤鼻のトナカイ。スイッチみたいに赤いぜ」

 一樹はからかうように言うと、月子が予想していたのと同じリアクションをした。

 やっぱり一樹に予想通りのことを言われて、月子は恥ずかしくてしょうがなかった。

「やっぱり言うと思った…」

 唇を尖らせて言うと、月子は拗ねて俯いた。

「やっぱり予想通りのヤツだな。さてと、車を停めているから、乗れよ」

「はい」

 一樹に強引なぐらいにしっかりと手を握り締められて、月子はほんのりと幸せな気分になる。

「月子、今日は俺の家に行くぞ」

「え?」

 まさか一樹の家に行くとは思わなくて、月子は目を丸くした。

「どうして?」

「…お前、余り具合が良くないだろう? 風邪を引いているんじゃないか?」

一樹は少し厳しい声で言ったが、そこには、愛情が滲んでいた。

「どうして…」

 元気なふりをしていたのに、一樹が気付いてくれたことが、月子には嬉しくてしょうがなかった。

「そんな顔色をして、赤鼻のトナカイみたいな顔をしていたら、体調が悪いことに気付くぜ」

 誰でも気付くような口調で言ってはいるが、一樹だからこそ気付いてくれたのではないかと、月子は思わずにはいられなかった。

 一樹は自分が住むマンションへと車を走らせる。

 豪快で大雑把に見えて、人一倍気遣いが出来るのが一樹だ。

 車の運転も月子の体調を気にしながら、かなり慎重にしてくれている。

 それがとても嬉しかった。

 

 一樹が一人暮らしをするマンションへと連れて行かれると、いきなり抱き上げられた。

「一樹会長っ!自分で歩けますから」

「風邪は万病の元だからな。しっかりと休め」

 そのまま一樹のセミダブルのベッドに連れて行かれて、寝かされる。

「…有り難う」

 ベッドに横になりながら、月子は大好きなひとを上目遣いで見つめる。

「凄いですね、会長は」

「お前も俺の凄さを認めているか?」

 一樹はふざけるように言うと、相変わらずオヤジ臭く月子の髪をわしゃわしゃと撫でてきた。

「一樹会長って、いつも周りを見ていないようで、細かいところまで解っているんですよね。そんなところは凄いなあって思います」

 月子はくすりと笑みを浮かべながら言うと、一樹の頬に手を伸ばした。

「…そんなことをすると襲うぞ」

「襲って頂いたら…その…」

 月子は恥ずかし過ぎて、つい俯いてしまう。

「お前は本当に可愛いな。このまま襲っちまいそうだな」

 一樹のからかいと甘さが含んだ台詞に、月子は耳まで真っ赤になってしまい、つい布団を被った。

「ったく、お前はトコトンまで可愛い女だな」

 一樹は月子の上掛けを取ると、その頬に手のひらをそっと置く。

 冷たくてとても気持ちが良い。

 月子はつい目を深く閉じてしまう。

「やっぱり熱があるんだな…。ったく、こんな状態でデートに来るなよ」

 厳しさもある一樹は、月子を窘めるように言う。

「…だって…、一樹会長に逢いたかったから…」

 月子は切なくも甘い恋心を吐露する。

 すると一樹はしょうがないとばかりにフッと微笑んだ。

「お前はどこまで可愛いんだよ」

 一樹は堪らないとばかりの声を出すと、月子の額に口づけた。

 甘いキスについうっとりとしてしまう。

「…今日はゆっくりしろ。熱があるからな」

「はい…」

「待っていろ」

 そう言って、一樹は寝室から出て行こうとする。

 一樹に行って欲しくなくて、ひとりぼっちにはなりたくて、月子はつい一樹の洋服を引っ張った。

 行かないで。

 その想いが伝わったのか、一樹は直ぐに踵を返してくれた。

「しょうがねえな、お前は。氷枕を用意して、後は風邪薬とか、お粥とか、生姜湯とか、風邪の必須アイテムが必要だろう。それを準備にキッチンに行くだけだ」

 一樹の言葉に、月子は頷くしかなかった。

 総て月子の為にしてくれているのだ。

「待ってます」

「ああ。良い子にしているんだぜ」

 まるで小さな子供にするように、一樹は月子の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 大きな手で撫でられるのはとても気持ちが良くて、月子はつい安堵の溜め息を吐いた。

 一樹はキッチンに向かって、色々と準備をしてくれる。

 風邪を引いてしまったがために、折角のデートを台無しにさせてしまった挙句に、看病までさせてしまっている。

 本当に申し訳ない。

 だが、何処か幸せな気持ちになっていた。

 

 暫くして、一樹は美味しそうな卵粥と、風邪薬、生姜湯、更には氷枕を用意して寝室に戻ってきてくれた。

 温かい雰囲気が月子の気持ちを満たしてくれる。

「しっかり食ってしっかり休め」

「有り難うございます」

 一樹は月子が躰を起こすのを手伝ってくれる。

 温かな卵粥を蓮華で掬うと、一樹は「あーん」と口を開けるように促した。

「一樹会長、ひとりで大丈夫ですよ」

 やはりこうして食べさせられるのは恥ずかしくてしょうがなかった。

「…駄目だ。お前は病人なんだからな」

 一樹は断固として受け付けず、月子にお粥を食べさせるのを続けた。

 卵粥の後は、やはり生姜湯だが、これが驚くぐらいに美味しくて、躰をポカポカさせてくれた。

「ほら葛根湯を飲め。これはよく効くぞ」

「有り難う…」

 常備薬までがオヤジ臭いのは、やはり一樹らしい。

 月子はついくすりと笑ってしまった。

 月子が薬を飲み終わるのを見届けると、かいがいしくベッドに寝かせてくれる。

 月子が寝台に躰を横たえた後、一樹が布団の中にいきなり入ってきた。

「え…っ!」

 これには驚いて目を丸くしていると、いきなり抱き締められた。

「こうしていると更に躰が温まるからな。とーちゃんがちゃーんと温めてやるから、風邪なんて吹き飛んでしまうからな」

 一樹は少しだけふざけるように言いながらも、月子をしっかりと抱き締めてくれる。

 ドキドキするのに安心する。

 月子はいつしか安堵と眠気に勝てずに、眠ってしまう。

 たまにはこんな看病も良いのかもしれない。





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