結婚して初めての節分。 月子はイベントが大好きだから、つい張り切って準備をしてしまう。 かと言っても、月子は料理が上手くない。 お茶を淹れるのも下手だときている。 高校生の頃に比べたら、随分進化はしたのだが、それでも相変わらずの下手くそぶりだ。 節分の良いところは、殆どの料理を、買って済ませてしまえるところだ。 恵方巻きはデパートで買ってきてしまえば良いし、鰯だって焼くだけだ。 そして、お吸い物だって茶碗蒸しだって、節分用のものが販売されている。 月子は、節分の一式の料理を買って、うきうきと家路に急いだ。 いつか、節分の料理ぐらいは手作りをしたいと思いながら、月子はご機嫌に自宅へと戻った。 今夜は一樹の仕事が早く終わるから、一緒に夕食を取ることが出来るのだ。 それも月子が嬉しい理由だった。 家に帰ると、月子は早速、今夜の夕食のセッティングをする。 こうしているだけで、まるで自分自身で作ったような気持ちになるのだから不思議だ。 セッティングをしたところで、月子は幸せな気分になった。 何だか素敵な奥様になったような気がしたから。 月子がニコニコと幸せな気分でいると、電話が鳴り響いた。 「もしもし、あ! 一樹さんっ!」 一樹の声を聴くだけで、月子はついテンションが上がってしまう。 「今から帰るから、待っていてくれ」 「はい。待っていますから、気をつけて帰ってきて下さいね」 「ああ。じゃあ、また後でな」 「はい」 月子は一樹からの電話を切ると、更にほわほわとした幸せを感じた。 後は、福豆のおまけである鬼のお面と一緒に待つだけだ。 出来合いのものばかりだけれども、月子の愛情はたっぷりと入っている。 いつか、本当に愛情がたっぷりと入った料理を、一樹の為に作りたいと思わずにはいられなかった。 一樹が帰ってくるまでに少しだけ時間があるからと、月子は星を眺めることにした。 節分は季節の分かれ目。 さぞかし美しい星が夜空に浮かんでいることだろう。節分にピッタリの星を眺めるのが、月子は楽しみだ。 きっと夜空の星で、春の香りを感じることが出来るだろう。 月子は期待でいっぱいだった。 間も無く春を迎えることは、空を眺めれば解る。 星を見ていると、時間を忘れるぐらいに楽しい。 勿論、一樹と眺めれば、もっと時間が短くて、楽しいのだが。 節分ご飯を食べた後は、一樹と一緒に天体観測をすると楽しいだろう。 想像するだけで楽しくて、月子は一樹が帰って来るのが、益々楽しみになった。 だが。 待てど暮らせど、一樹は帰っては来ない。 そのうち天体観測なんてしていたら躰が冷えきってしまい、月子は部屋に入った。 「このままでは風邪を引いちゃう」 躰を温める為に温かなお茶を淹れて、月子は暖を取る。 ふと、時計を見ると、八時はとうに回っていた。 もうとうに帰ってきてもおかしくはない時間だ。 事故だろうか。 心配過ぎて、月子は不安になる。 一樹のことだろうから、滅多なことはないとは思っているものの、やはり心配でしょうがない。 何かあったら困ると、月子は携帯電話を手に取った。 だが、一樹の職業柄、どんな緊急事態が起こってもおかしくはないのだ。 そう思うと、心配だからだといって、電話を掛ければ、弁護士の妻失格ではないかと思ってしまう。 月子は時間が経過するにつれて、どんどん落ち着かなくなり、まるで熊のように部屋の中をウロウロとしてしまう。 心配し過ぎて、月子は何をして良いのかが分からなくて、つい鬼の面を被ってしまう。 もし何もなく、ただ遅くなっているなら、無事なら良い。 そんなことを考えてしまう。 「こういう時に携帯電話は役立たずなんだよね…」 携帯電話をつい睨みつけてしまう。 月子は、鬼の面を被ったままで、胡座をかいてつい座り込む。 「もし何もなかったから、本当に怒るよ」 携帯電話のむこうにいるひとに対して怒ってみた。 溜め息が出る。 買ってきた恵方巻きを先に食べてしまおうか。 それとも食べないで待っていたほうが良いのだろうか。 もし一樹が食べていなかったとしたら。 そんなことをぐるぐると考えていると、9時を過ぎてしまった。 流石に明日は仕事だから、他の準備をしなければならない。 お風呂を沸かしたり、細かな家事をする。 ここまで連絡をくれないと、逆に心配から怒りに変わってくる。 しかも理不尽な怒りだ。 「何もなかったら良いけれど」 月子は冷蔵庫から恵方巻きを取り出して溜め息を吐いた。 食べる気がしない。 そう思っていた時に、玄関の扉が開いて、月子は慌てて玄関に向かった。 「ただいま。すまないな、遅くなって! 電話の後、桜士郎と誉にバッタリ逢って、少しだけだと思ったんだが、ついな…」 悪びれることはなく、一樹は苦笑いを浮かべている。 悔しい。 切ない。 そんな気持ちが、月子の心に滲んでくる。 ふと、一樹が月子に釘付けになっている。 「…鬼の面なんかつけて、怒っているのか?」 一樹の言葉に、憤懣やるかたなくて、月子は踵を返した。 出迎えてあげる必要なんてない。 恵方巻きも鰯も、茶碗蒸しも、全部先に食べてしまえば良かった。 「おい、月子っ!」 滅多には怒らない月子が怒っているのに焦ったのか、一樹は追いかけてくる。 月子は、食卓に並べておいた、食事の数々を、一人分だけ温めて食べることにした。 「連絡しなかったのは悪かった。なあ、月子、こっちを向けよ」 嫌だとゼスチャーだけで一樹に伝えると、月子は黙々と温める。 「…ずっと待ってくれていたのか…」 食卓にある食事を見るなり、一樹はしまったとばかりにうなだれた。 「本当に済まなかったな。節分は一緒に過ごそうって言っていたのにな…。本当にすまない…」 一樹はいきなり背後から抱き締めてくる。 そしてそのまま強く抱き締めてきた。 しっかりと強く抱き締められて、月子は怒りで固まった心が少しずつではあるがほぐれてくるのを感じていた。 「…本当にごめん…。だからせめて、鬼の面ぐらいは取ってくれないか?」 一樹は柔らかく優しい声で、懇願するように言うと、月子を自分に向き合わせて、ゆっくりと鬼の面を取った。 お面を取られてしまい、切なくて悔しくて泣いていたことが、白日に晒されてしまう。 怒りの仮面が綺麗に外されてしまった。 月子は泣き腫した瞳を、ただ真直ぐ一樹に向けた。 「ごめん…。本当にごめんな」 一樹は心からの謝罪の言葉を呟くと、強く、硬く、月子を抱きすくめた。 「ごめんな…。この埋め合わせは絶対にするから…。本当にごめん…」 一樹は、月子が許してくれるまでは離さないとばかりに強く抱き締めている。 「…今日…これから、節分に付き合って、立春の明日は天体観測を付き合ってくれたら、許してあげても良い…」 月子がボソリと言うと、一樹は嬉しそうに、そして何処かホッとしたような笑顔になった。 「…有り難うな…、月子…。勿論、付き合うよ。大事なお前を放ったらかしにしてごめんな…」 「だったら許してあげます。ふたりで、節分の仕切り直しをしましょうか」 「そうだな。有り難うな」 一樹は月子の顔をそのまま持ち上げると、唇を近付けてくる。 「俺の奥さんは可愛くて最高の奥さんだな…」 一樹はしみじみと呟くと、月子に謝罪と愛が籠った甘いキスをした。 |