琥太郎が、生徒達の修学旅行に同行している間、月子は実家に帰って、天体観測を楽しんでいた。 いつもなら琥太郎が背後からしっかりと抱き締めてくれるのだが、今回はそれがない。 それがとても切なくて寂しい。 それに温めてくれるひとがいるから、寒くなっても平気だったが、誰も抱き締めて温めてくれるひとがいない。 その結果、月子は見事に風邪を引いてしまった。 こうなったらもうしょうがないので、月子は風邪を引いたことが琥太郎にバレないように画策するしかなかった。 天体観測に夢中になっていて風邪を引いたとなれば、琥太郎からの叱責は想像に値するものなのだ。 琥太郎が帰って来る日、月子も昼前には自宅に戻って、掃除や洗濯といった細々な家事をした。 覚えたての何とか作ることが出来るビーフシチューを作って、後はサラダ。パンは美味しいものを買ってあるから大丈夫だ。 ここまで準備をしたところで、躰がかなり熱っぽいことに気が付いた。 琥太郎は保健医だし、しかも医学部にも通っていたから、月子が風邪を引いて熱を出していることは、直ぐに気付いてしまうだろう。 月子はどうすれば琥太郎に上手く誤魔化すことが出来るのかと、そればかりを考えていた。 部屋も綺麗にしたし、後は夕食の準備もした。 疲れている琥太郎が、直ぐにお風呂に入れるようにと準備もしておいた。 だからもう寝ても大丈夫なのだが、風邪を引いた理由が理由なだけに、余りバレたくはないとも月子は思った。 顔色の悪さを隠すために、月子はきちんと化粧までしておいた。 「ただいま」 琥太郎の声が聞こえて、月子は直ぐに玄関先まで迎えに行った。 「おかえりなさい」 月子が笑顔で出迎えると、琥太郎もまた笑顔になる。 琥太郎は月子にお土産を手渡してくれる。 美しい星をモチーフにした、天然石で出来た可愛らしいキーホルダーだ。 かつて修学旅行の時に、きちんと回れなかった月子のために、毎年、お土産を買って来てくれる。 それが毎年の楽しみになっている。 「旅行中、お前に逢いたかったぞ」 「私も寂しかったです」 琥太郎が修学旅行に同行している間、月子は実家に帰ってはいたが、やはり寂しかった。 寂しさを紛らわす為に、天体観測をしていたが、背後から優しく温かく背中を抱き締めてくれるひとがいなかったから、風邪を引いてしまったのであるが。 月子はつい風邪であることを忘れて、愛するひとにしっかりと抱き着いてしまった。 琥太郎は離れていた時間を埋めるかのように、ギュッと抱き締めてくれたが、直ぐに顔色を上げた。 「…月子…、さっきから顔色が悪いと思ってはいたが、お前…、風邪を引いて熱があるんじゃないか?」 「あ、あの…」 やはりバレてしまった。 琥太郎には本当に何も隠し事は出来ないことを、月子は痛切に感じた。 琥太郎は怖いぐらいに厳しい表情をすると、月子の額に大きな手をあてた。 「やっぱりな…。直ぐに横になりなさい」 琥太郎はピシャリと言うと、月子を軽々と抱き上げて、そのまま寝室へと向かう。 大きなダブルベッドに寝かされて、月子は泣きそうになった。 「琥太郎さんと一緒に、温かい時間を過ごそうと思ったのに…」 「お前、体調が悪いのに家事をやったのか? 昔からお前は無理をし過ぎるところがあるからな…」 琥太郎は溜め息を吐くと、月子の額を軽く撫でた。 「どうせ夜更かしでもして風邪を引いたんじゃないか?」 「…星を見ていて…」 「星って、外でか?」 琥太郎は少し声を厳しくする。恐らくはどうして風邪を引いたのかが、予想出来たのだろう。 「…お前…、どうせ…、いつもの調子で星を見ていたんじゃないのか? いつもは俺がいるから、躰を冷えないようにしてやれるし、時間も見てやれるが、お前のことだから、星を見るのにかなり夢中になっていたんだろう?」 琥太郎は流石に細部までよく解っているようだった。 「…おっしゃる通りで…」 月子は反論出来ずに、小さな声で言った。 「…全く…。お前な、自分の躰をもっと大切にしなさい。良いか?」 「はい」 「お前が星を見るのが好きなのは俺にも解っている。だがな、お前の健康のほうが大事なんだからな」 「はい」 琥太郎に怒られていると、まるで小さな子供にでもなった気分になる。 「解りました…。気をつけますね。やっぱり、琥太郎さんに抱き締められているから、いつも風邪を引かなくて済むんだって、解りました…」 月子が素直に謝ると、琥太郎はしょうがないとばかりに苦笑いを浮かべた。 「もっと気をつけろよ」 「はい」 琥太郎は月子の頭をもう一度撫でると、ホッとしたように笑った。 月子がパジャマに着替えている間、琥太郎は氷枕とスポーツドリンク、更には冷たい水で晒したタオルを用意してくれた。 「ほら、きちんと眠りなさい。何か食べたいものはないか?」 「大丈夫…。琥太郎さん、鍋にビーフシチューが炊いてあるよ。後は冷蔵庫にサラダがあって、テーブルの上には美味しいバケットがあるから」 料理が出来ないなりに一生懸命作ったビーフシチューがあるのだ。作ったといっても、市販のシチュールーを使っているから、理科の実験のように材料を切って測っているだけだから、簡単なのだが。 「俺のことは余り気にするな。シチューを温めたりすることは出来るからな。お前も食べるか?」 「いらないです…」 「毒でも入ったいるのか?」 「入っていないですよ。そんな」 からかうように言われて、月子はついムキになってしまった。 「解っているよ。それは充分にな」 琥太郎は月子の髪をゆっくりと撫でた後、額に口付けた。 「お粥でも作ろうか。まあレトルトを温めるだけだけれどな」 「それで大丈夫です…」 「ああ」 琥太郎はキッチンに向かうと、レトルトお粥を温めてくれた。 やはり琥太郎と一緒に夕飯はのんびりと食べたかった。 なのに風邪を引いてしまうなんて、本当に切なかった。 月子は溜め息を吐きながら、ほんのりと泣きそうになっていた。 琥太郎は直ぐに温めたレトルトお粥を持って来てくれる。 「琥太郎さん、琥太郎さんもシチューを食べて下さいね。お腹が空いたでしょう?」 「ああ」 琥太郎は甘く微笑むと、月子の頬を撫で付けてくれた。 「あーん」と蓮華を使ってお粥を食べさせられて、ほんのりと恥ずかしい。 月子が恥ずかしそうにしていると、琥太郎は笑みを浮かべた。 「何だ、恥ずかしいのか?」 「それはやっぱり…、恥ずかしいです」 月子が上目遣いで言うと、琥太郎はおかしそうに笑った。 「こんなことよりも恥ずかしいことをいくらでもやっているだろうが。お前は…」 琥太郎は呆れるように言っているのに、何処か愛情が滲んでいた。 お粥を食べ終わると、月子は甘えるように琥太郎に抱き着く。 「琥太郎さん」 「…おいおい、そんなに抱き締められたかったのか?」 琥太郎は困ったように言うと、月子をしっかりと抱き締めてくれた。 「こうしているとやっぱり温かいです…」 「お前もな…」 琥太郎は温もりを堪能するかのように言うと、ベッドの中に入り込んできた。 しっかりと抱き締められて、月子はホッとする。 「琥太郎さんが一番の特効薬だよ」 「俺もお前が一番の特効薬だからな…」 「うん…」 お互いに一番の特効薬なのだと思いながら、ふたりはしっかりと抱き合った。 |