*大みそか*


 結婚して初めて過ごす年末は、アットホームでとても静かなものになる。

 派手なカウントダウンよりも、ふたりきりでいることのほうが大切だ。

 大掃除も昨日までに済ませた。

 琥太郎は、掃除が余り好きではないから、叱ったり、笑ったり、よく動いたりと、バタバタと大変ではあったが、とても楽しい時間でもあった。

「今日はスッキリと綺麗ですから、汚さないで下さいね」

 月子が年を推すように言うと、琥太郎は苦笑いを浮かべた。

「俺はそんなに汚し魔か?」

「汚し魔ですよ。私が保健係の頃、毎日、掃除していたじゃないですか」

「ああ。係長には随分と世話になったな」

「その呼び方はオジサンみたいで好きではなかったですけど、今聞くと、とても懐かしいです」

 月子は懐かしい想いを抱きながら呟く。

 昔は怒っていたが、今はただ懐かしい。

「昔はよく怒っていたのにな。お前もそれだけ大人になったということだな」

「それだけ琥太郎さんも年を重ねたということですよ」

 月子の指摘に、琥太郎はフッと微笑んだ。

「年越し蕎麦は温めるだけのものを買ってきたし、お節料理も東月が作ってくれたものがある。雑煮は出汁は東月が取ってくれたものを冷凍してあるし、ぬかりないな」

「数の子の塩抜きの仕方も習いましたから大丈夫です」

 料理が下手な月子のために、幼馴染みがありとあらゆる手を貸してくれた。

 だから美味しいお正月を過ごすことが出来る。

 料理については、少しずつレパートリーを増やせば良いと、大好きなひとからは言われているから、今は少しずつ少しずつステップを踏んでいる。

 大晦日の午後はバタバタするのは嫌だから、夕方にはゆっくりモードに入った。

 ふたりでのんびりと炬燵に入って年越しをする。

 それだけでとても幸せだ。

 静かで温かな大晦日。

 横に愛するひとがいるというだけで、幸せになる。

「月子、カウントダウンとかは良かったのか?」

「琥太郎さんは賑やかでヒトゴミな場所は苦手でしょう? 私はカウントダウンよりも、琥太郎さんと一緒にいるほうが嬉しいですから。それに、ヒトゴミは避けたほうが良い時期ですし」

「そうだな」

 琥太郎は、まだ平らなままの月子のお腹をゆっくりと撫で付ける。

 来年の初夏には、ふたりは親になる。

 月子も琥太郎も願っていたことが叶うのだ。

 それがお互いに嬉しい。

「それに、今年はふたりきりで過ごすことが出来る最後の年末とお正月ですから、ふたりきりでのんびりとしたいんですよ」

「そうだな。来年は家族が増えて賑やかになるんだな。楽しみだな」

「はい」

 月子は琥太郎に甘えるように寄り添って、目を閉じた。

 とても満たされた気分だ。

 こんなにも素敵な気分は他にない。

 ふたりで炬燵に入って、ただテレビを見る。

 テレビを見るのも面白いから見ているわけではなくて、ただ年末の雰囲気を楽しみたいというだけなのだが。

「新年になる瞬間は、一緒に星でも眺めようか」

「はい! 嬉しい!」

「ただしお前は、今はとても大事な時期であるから、しっかりと防寒をするんだぞ」

「はい」

 ふたりで星を見ながら迎える新年は、考えるだけでロマンティックだった。

 

 ふたりで年越しそばを準備する。

 年越しそばと言っても、温めるだけだから、そんなに大したことはないのだが。

 ふたりで器に盛って、一生懸命作る。

「琥太郎さんとこうして温かい年越しそばを炬燵で食べるのが幸せです」

「そうだな」

「琥太郎さんは、職員寮でもいつも炬燵派だったから、一緒にあたりたいなあって、よく思っていました」

「星月学園のある山の上は寒いからな」

「確かにそうですね。だけど寮は冷暖房完備で、とても快適でしたよ」

 思い出しては、月子はついくすくすと笑ってしまう。

「炬燵を愛しているんだ、俺は」

 琥太郎がバツが悪そうに言うものだから、余計に笑ってしまう。

「だけどこうして、琥太郎さんと一緒に炬燵にあたりたいっていう夢は叶えられて、私は嬉しいですよ」

「そうか…」

 琥太郎は月子を引き寄せて、そっと頬に唇を寄せる。

「お前は素直で良い子だな」

 琥太郎は月子をそのまま抱き締めると、唇を重ねた。

 お互いに糖度たっぷりの時間を、こうして過ごすことが出来ることを、至福の喜びだと思った。

 年越しそばを食べ終わる頃には、間も無く新年であるということを、テレビが告げている。

 歌合戦が終わって、除夜の鐘が、テレビから聞こえる。

 この静けさがとても素敵だと、月子は思う。

「月子、しっかりと防寒をしなさい。ダウンコートを着て、後は背中とお腹には貼るカイロを忘れないようにな」

「はい!」

 言われたように月子は、背中とお腹にカイロをしっかりと貼り、防寒対策をバッチリ決める。

 やはり今は大事な時期であるから、しっかりと防寒をしなければならないのだ。

 家のベランダに出るだけではあるのだが、風邪を引かないようにしなければならない。

「さあ、行こうか」

「はい」

 ふたりはベランダに出て、澄んだ空気の中で見事な輝きを見せている星々を見上げた。

 本当に美しくて、ついうっとりと見つめてしまう。

「寒いからな」

 琥太郎はそう言いながら、月子を背後からしっかりと包み込むように抱き締めてくれる。

 それだけでほかほかと温かくて、気持ちが良かった。

 星が美しくて、しかも大好きなひとが抱き締めてくれている。

 これ以上に素敵なことは他にはないだろう。

 本当に幸せだ。

「星が一段と綺麗ですね」

「そうだね。やはり、年末年始は余り車が動いていないから、空気も澄み渡っているからだろうな」

「天体観測には最高の時期ですね」

「確かにな」

 琥太郎も頷くと、更に月子を引き寄せてきた。

「赤ちゃんもきっと、私たちと一緒に星々を見上げているんでしょうね」

「そうだろうね。お母さんとお父さんと一緒に星を見ることを、きっと喜んでくれている」

「はい」

 こうして甘いのに神聖な、宝物のような時期が過ぎてゆく。

「月子、間も無く新年のようだ」

「はい」

 ふたりで感覚を研ぎ澄ませる。

 遠くから新年を祝う声、そして鐘が聞こえる。

 琥太郎と月子は、そのタイミングで唇を重ね合わせる。

 甘く重ね合わせた唇はとても甘くて、素敵な味がした。

 唇を重ねて、心も重ねて、そしてしっかりと抱き合って、総てが愛情によって結び合わされているような気持ちになる。

 ふたりは唇を離した後、お互いにフッと笑い合った。

「あけましておめでとう、月子」

「あけましておめでとう、琥太郎さん」

 ふたりはどちらからともなく頷くと、月子のお腹に柔らかく手を当てる。

「あけましておめでとう」

 まだ名前は決まってはいないから、想いだけをお腹に伝えた。 

「年が明けたからでしょうか? とても星が綺麗です」

「そうだな。気持ちも澄み渡った気分になる」

「はい」

 ふたりで空を見上げながら、気持ちが安らいで落ち着いてゆく。

「賑やかなカウントダウンよりも、こうして星を見ながら迎える新年のほうがずっと素敵ですね」

「確かにそうだな。今年は最高の年越しだったな」

「はい。私もそう思います」

 ふたりで煌めくような年を迎えて、月子には幸せ以外の言葉が見つからない。

「寒いからな、中に入ろうか」

「はい」

 ふたりは部屋に入ると、そのまま寝室に向かう。

 とっておきの眠りのために。





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