想い出の一瞬


 講義が終わり、私は一生懸命桜の丘に向かって走る。
 もう少しは知れば、私の大好きな男性(ひと)が丘の上で待っている。
 今日は、久しぶりに桜の丘に行く。
 先生と”恋人”になって初めて、子供たちと一緒に遊ぶのだ。
 丘の近くまで差し掛かると、相馬先生が待っていてくれた。
「先生…!」
「早いね、未来」
 優しい笑顔が艶を帯びて甘くなる。私はその笑顔に夢中になりながら、差し出された優しい手を取った。
 ふたりで手を繋いで桜の丘まで上がる。
 こんなことは子供の時以来で、私は甘酸っぱい思いを感じる。胸がひどくドキドキした。
 手を繋ぐ以上のことをしているというのに、息が奪われるほど甘く緊張している。
 掌は汗でびっしょりだ。
「どうしたの? ドキドキしてるね」
「…先生と手を繋いで桜の丘まで上がるのは子供の頃以来だから…、何だかドキドキして」
 私は顔を僅かに赤らめながら言うと、先生は更に強く手を握りしめてくれた。
「昔は良く、手を繋いで桜の丘に遊びに行ったね? そして、君はいつも同じ遊びを強請るんだ」
「”ぼんさんがへをこいた”ね!」
「そうそう」
 懐かしそうに先生が微笑むのは、本当に眩しいぐらい素敵。見つめるだけで、私は総てを支配される…。
 桜の丘を登り切ると、午後の日差しと子供たちの歓声が眩しくて、私は目を眇めた。
 天衣無縫な明るい声に癒される。
 先生がここで心を癒していたのも、判るような気がした。
「あ! おにいちゃんとおねえちゃん! 仲良し〜!!」
「うわあ、ラヴラヴだあ!」
 私と先生が手を繋いで仲良く現れたものだから、子供たちははやし立てている。
 私は真っ赤になって先生を上目遣いで見詰めると、ふっと柔らかく笑ってくれた。
「おにいちゃんとおねえちゃんは結婚するの?」
 子供であるが故に、ダイレクトに質問してくる子もいる。
 左手の薬指には約束の指輪があるけれど、私は視線で先生に”答えて”と送った。
「そうだね…。君たちがもう少し大きくなったら、僕とお姉ちゃんは結婚するんだよ」
「へ〜!! 凄い!!」
 言葉だけで、目の前が薔薇色になる。
 照れながら笑う私と、はやしたてる子供たちで、桜の丘は文字通りの桜色の甘い空気に染まった。
 だけど、ひとりだけ、少し拗ねてる女の子がいた。
 私は迷わずその子に目を向ける。
 まるで小さな頃の私のような気がしたから。
「どうしたの…?」
 女の子はほんの少しもじもじすると、私にお尻を向けたまま小さく呟いてきた。
「”ぼんさんがへをこいた”やろう?」
「うん、じゃあしようか?」
 私は顔を見てくれない女の子に笑いかけると、先生と周りの子供たちを誘った。

 珍しくも、女の子が「鬼をする」と言い張ったので、私たちは了承した。
 そんなところまで私に似ている…。
 私もこの遊びが大好きで、いつも鬼になりたかった。
 大好きな理由はほんとうに些細なことだったのだけれども…。
 女の子は桜の樹に向かって立ち、私たちに背を向ける格好になる。
「ぼんさんがへをこいた!」
 それを合図に、動いていた私たちはピタリと止まる。
 だが、女の子は全く動いていない、先生を指さした。
「お兄ちゃん、動いた!」
「動いてないよ、僕は」
 先生は苦笑しながら呟いている。
「動いたっていったら、動いたの!」
 女の子はかなり意固地になっている。
「-----同じ遊びが好きな上に、こんな所もあの子は君の小さな頃に似ているね? 君はいつも、僕が動いていなくても、動いたって言っていたから」
「そうかな…」
 私は笑って誤魔化した。
 そう、気付いてた。
 あの子は私と同じ理由でこの遊びをしたかった。
 そして、最初に必ずハヤトお兄ちゃんが動いたと言っていた。
 記憶が蘇る。

「動いたよ! ハヤトお兄ちゃん!」
 私は、動いたか動いていないかそんなことはどうでも良くて、真っ先に隼人お兄ちゃんを指名した。
「動いてないよ、未来ちゃん!」
 ハヤトお兄ちゃんが何を言っても関係ない。私の中では、動いたのだから。
「未来、狡いぞ〜!」
 男の子が騒いで非難をしても、私は頑固にお兄ちゃんが動いたと言い張っていた。
 そして結局は、ハヤトお兄ちゃんが折れてくれて、私と手を繋ぐ。
 指先が触れあっただけでもドキドキしたのを覚えている…。

「こら! お兄ちゃんと手を繋ぎたいからって、狡はしてはいけませんよ!」
 お母さんらしき女性の声に、私ははっとする。
 ちらりと先生が私を見るのが判った。
 ばれた…。
 そう、私がいつもお兄ちゃんを動いたと言っていたのは、手を繋ぎたかったから…。
 指先でも触れあっていたかったから。
 恥ずかしさと、小さな時からずっと好きだったことが先生にばれて、私は真っ赤になりながら躰を震わせていた。
 ふと。先生が私の手を握りしめる。
「次は僕が鬼になるよ…」
 先生は意味深な微笑みを浮かべると、女の子に手を繋がれに行った。
 私はドキドキした。
 この後に起こることを楽しみにする余りに、全身が甘く華やいだ感覚になる。

 先生は予告通りに次は鬼になった。
「ぼんさんがへをこいた!」
 先生が言う間、私は全く動かない。
 呪文を唱えた痕、相馬先生がゆっくりと振り返る。
 眼差しが重なる。
「-----動いた。未来」
 私はにんまりと幸せな微笑みを浮かべると、しっかりと先生に手を繋がれにいった-----
コメント

「だるまさんがころんだ」は関西では「ぼんさんがへをこいた」と言います。
桜塚も小関西なので、関西VERを採用(笑)

しかし、BGMにマツケンサンバはどうかと思うぞ、わし。




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