MONOLOGUE


 兄の亡骸の前で、未来はただじっと外を見つめていた。
 遺体が安置されている病室からは、満開の桜が美しく見える。それを魂を奪われたようにただ呆然と見つめていた。涙はもう枯れ果てたのだろう。真っ赤に腫れた瞳は、総てを失った空虚すら感じられる。
 寂しげに揺れる背中は壊れてしまうのではないかと思うほど、繊細な哀愁が漂っていた。
 まだ年若い彼女の兄を、救ってやれなかった------
 相馬は唇が赤く染まるまで噛みしめる。
 医学が発達したと行っても、手遅れあれば、まだまだ癌は不治の病だ。
 特に未来の兄和希はスキルス性の胃ガンだったのだ。相馬が発見したときには、すでに手の施しようもなかった。
 初見で腫瘍マーカーの検査とレントゲンと内視鏡の検査をしたが、結果は目を覆いたくなるものだった。入院を勧めたが、和希は拒否し、相馬の説得に折れようともしなかった。
 その理由が、今はわかるような気がする。和希が誰よりも慈しんだであろう妹の未来に出逢ってしまったのだから。
 壊れそうな背中を相馬はじっと見つめる。
 もし許されるのならば、その背中を包み込んでやりたかった。だが、それには自分は資格がないような気がする。
 相馬はじっと自分の手を見る。
 そう、この手で美しい少女の兄を救ってやることが出来なかったのだから。

 …僕はこの手で彼女の兄を奪ってしまった…。
 手遅れだった…。
 そんな言葉では片づけることなんて出来やしない…!
 君の笑顔を僕が消してしまったんだ…。

 出逢って直ぐに引かれて、美しい少女。
 あの時はまだ、兄を心配しつつも、まだ華やいだ笑顔を残していた。
 しかし、今は…。
 その面影はどこにもなく、笑顔を忘れてしまったように、ただ兄骸に寄り添っているだけだ。
「-----先生…」
 不意に未来が小さな声で話しかけてきた。相馬はゆっくりと傍に寄ってやる。
「どうしました、未来さん」
「”願わくば… 花の下にて春死なん…その如月の望月の頃…”昔お兄ちゃんが教えてくれた句です」
「西行法師だね」
 未来はコクリと頷き、窓の外に広がる桜並木を見つめた。
「…お兄ちゃん…、大好きな桜に囲まれて亡くなったから、幸せだったのかな…って。今、こんなに安らかな表情をしているもの…。きっとそうだわ…」
 全く顔色の亡くなった和希の顔をそっと指でなぞる。未来は、フッと寂しそうに笑った。その笑顔が相馬の胸を突く。余りにも儚くて、心が抉られるように苦しかった。
「-----先生、有り難うございました…。最後にお兄ちゃんと素敵な思い出をくれて。お兄ちゃんを幸せに逝かせてくれて…」
 未来は泣き笑いしながら相馬に頭を下げ、礼を述べる。
 それが更に息苦しくさせた。

 礼なんか言うな未来…!!
 僕は君から掛がえのないものを奪ってしまったんだぞ!?
 僕は君の笑顔を見たかったけれども、決してそんな笑顔なんかじゃないんだ…!
 明るい笑顔を見たかった。
 想い人の笑顔を取り戻せないのに、何が医者だ…!!
 俺は君に礼を言って貰う資格なんてない…!!

 顔を上げた未来には、美しい哀しみが光っていた。
 今にも倒れそうなくせに、何とか気丈に踏ん張っている。
 それがあまりにも切なくて、余りにも可愛そうで、相馬は未来を衝動的に抱き寄せた。
「…先生…!?」
「何かあったらいつでも相談に来なさい。君はひとりじゃないんだよ…」
「…はい…」
 腕の中にお互いの温もりが染みわたる。
 ふたりは暫く黙ってその温もりをお互いに刻みつけた。
 不意にノックの音がする。ふたりが慌てて躰を離した。
「どうぞ」
 相馬が声をかけると、弁護士である古賀雅也が入ってきた。
「立花君…、今回はお悔やみを申し上げる」
「有り難うございます先生…」
 未来が礼を言うと、古賀はそっと和希の亡骸に頭を垂れる。
「お兄さんを家に連れて帰る準備は整ったから。これから帰ります」
「はい」
 未来は唇を噛み、ただ古賀に従うかのように小さく項垂れた。
「相馬先生。和希君の死亡診断書を頂けますか?」
「はい、こちらです」
 相馬はポケットに入れておいた和希の診断書を取りだし、古賀に手渡す。その間も小さくなっている未来が気になってしょうがなかった。
「有り難うございます」
 古賀は直ぐに和希の遺体を運び出す手はずを整え、きびきびと動く。
 未来と相馬はそれをただじっと見ることしかできなかった。
「では、立花君、行こうか…」
 準備ができ古賀が声をかけてくる。
「はい」
 未来は頷き、ゆっくりと歩き出す。
「相馬先生、色々と有り難うございました」
 未来は最上級の礼を相馬にすると、古賀に支えられ、兄の亡骸と共に病室を後にした。
 その心許ない背中を、相馬はじっと見つめる。

 未来…。
 今度君に出会えるときは、君を支えることが出来るようになるんだろうか…。

 遠ざかるストレッチャーの音を聞きながら、相馬は切なく思った。
 

コメント

「1」の相馬先生のEDがあまりだったので「2」では期待を込めて。短いSSを書いてみました。
相馬先生は「蒼くんED」の看取られない方の時、凄く良かったんですよねえ。
 本当は素晴らしく優しいものねえ。
幸せになって欲しいと思いながらも、相馬先生のEDで主人公が死ぬEDがありそうだなあ。
まあ、HAPPYEDもあるでしょうが。
成田さんがCVと聴いて、本当に興奮しています。




top