*所有欲*


 もく切れで休憩室に向かうと、そこから暫しの休息を楽しむものの声がした。
「春日さん、カレシいるのかな?」
 春日さん----美優のことを噂しているのだろう。美優が独身社員のなかで絶大な人気を持っているのは知っている。
 明るく真っ直ぐな性格、それに何よりもさりげなく気もつく。
 見た目も本当に清楚な愛らしさがあり、何よりも足が綺麗だ。
 美優は、本人が知らないだけで、かなり男にもてる。男たちの熱くて飢えた視線に気付かないだけで。
 だが、もうそんなことを彼女が知る必要はない。俺のものになったのだから。いいや、知って欲しくないかもしれない。
 俺よりももし…。なんて、卑屈なことを言えない。
 だが、きっと彼女は知らない。
 彼女よりもずっと年上の俺が、まるでガキみたいな不安に襲われていることなんて。
 美優よりも色恋の経験値は高いはずなのに、いつも
 俺は休憩室の端で、煙草を強引に唇に押し込めると、外を眺めた。
 彼らの会話はまだ続いている。
「最近、春日さん凄く綺麗になったから、カレシでも出来たのかなあ。相羽かな?」
 男の問いに俺はこころのなかで答えてやる。
 残念だね、彼女の恋人は俺だよ。
 なんて、言いたくても、立場的に社にいる限りは言えやしない。それは俺の保身のためではなく、もちろん、美優のため。
 本当は言いふらしてやりたい。
 春日美優の恋人はこの俺なのだと。長谷川響介なのだと。
 だが、それは今はまだ出来ない。
 俺がここを『卒業』するまでの間は…。
 美優にちょっかいを誰もかけられないように、俺が辞める暁にはちゃんと、知らしめるつもりだ。
 美優の左手の薬指に俺のものだという印を付けると供に。
「…他部署とコンパ出来たらいいのになあ…。あ、ヤベ、長谷川部長だ」
 話に夢中になっていたからか、ようやく俺の存在を気付く始末だ。
 やれやれ。
 俺は煙草を吸い終わると、男たちに目もくれずに、エレベーター室へと向かった。
 これから午後にかけて営業がある。
 恐らく、俺にとって、TMVに於いての、最後の大きな営業話になるだろう-----
 後を任せる相羽も、無事に成長してくれているので、安心してTMVを離れることが出来る。
 だからこの話をまとめて、置きみやげとしたかった-----


 無事に外回りを終えると、もう4時近かった。
 スケジュールがずっと立て込んでいて、昼食を取る余裕もなかった。
 俺の足は自然と、美優との想い出の場所である、”バール・カシーナ”に向かっていた。
 初冬の柔らかな陽射しが、まるで演出されたスポットライトのように輝く先に、美優が腰をかけていた。
 相変わらず、熱心に企画書を片手に、ランチを取っている。
 ここのパスタランチを、美優はとても気に入っていた。
 真剣な表情で企画書を睨む姿はとても綺麗だ。こうして仕事に打ち込んでいる女性は、煌めいて見える。
 最近、美優のファッションが変わった。
 殆どは俺のせいなのだが。
 タートルネックのセーターに、パンツ。
 以前なら、コンサバティヴなスカート、ブラウスに、ジャケットという装いが多かったのだが、流石にそれは出来ないらしい。
 その原因は、俺が作っている。
「お嬢さん、たまには気分転換をしないと、疲れてしまうぞ」
 俺が声をかけると、美優は驚いたように顔を上げた。
「きょっ…、長谷川さん…!」
「いいさ、響介さんで」
 俺が笑いながら、美優の向かい側に腰を下ろす。彼女の表情を見ると、少し困ったように拗ねているのが解る。
「…会社のひとが見たら…」
「見るぐらいなら平気だろ? それよりも、ランチの時ぐらいは、息を抜いたらどうだ? なんて、俺が言える立場じゃないけどね」
「…そうね、少し息を抜いてみます」
 素直に笑いながら、美優は頷くと、企画書をバッグのなかに直した。
「今夜は仕事が速く済みそうだが、うちに来るか?」
 今夜も彼女の温もりを抱いて眠りたい。
 美優の時間を独占したい。
「…行きます…あっ!」
 言った途端に、美優は困ったように眉を寄せると、息を呑み込む。
「どうしたんだ?」
「…もう、タートルネックとパンツの組み合わせがないなあって、思っただけで…」
「いつものスタイルにすればいいだろ?」
「そ、それは無理だもんっ!」
 スッと頬を赤らめて顔を背けるのが実に愛らしい。
 もっと、もっと、美優の可愛い反応が見たくて、俺は顔を近づける。
「どうして?」
「も、響介さんのバカっ。響介さんが悪いんだもんっ!」
「どうして、俺が悪い?」
 こうして含み笑いを浮かべながら美優をからかうと、疲れが吹っ飛んでいく。
 今は、仕事の立ち上げと、TMVの仕事のダブルワークで、首が回らないほどに忙しいが、それを乗り越えていけるのも、美優がいるからだ。
「…だって、見える場所にもいっぱい、痕をつけるから…」
 ごにょごにょと口ごもる美優を見ると、つい虐めたくなる。それもこれも、美優が愛おしすぎて溜まらないからなのだが。
「君は俺のものだし、第一、君が可愛いからいけない」
「な…っ!」
 美優はもう次の言葉が繋げられないほどに顔を真っ赤にさせ、俯いてしまう。ちらりと上目遣いで俺を恨めしそうに見るのが、何とも愛らしかった。
「…痕つけられたら、スカートもブラウスも着られなくなっちゃうよ…」
「いいんじゃないか? 君の綺麗な鎖骨も足も、俺は独占したいからね」
 悪びれずに言うと、美優は本当に泣きそうな顔で睨んできた。
「解った、今夜は痕をつけないようにする」
 もちろん、そんなつもりなどさらさら無い。今夜もしっかりと所有の証を刻みつけて、俺以外の男を見ないようにさせる。
 それだけだ。
 タイミング良くやってきたブラックコーヒーに口を付けながら、俺は探るように美優を見た。
「解りました…。今夜、ご飯を作って待ってますね」
「ああ。有り難う」
 俺はミルク色に輝く美優の肌を思い出しながら、フッと唇に笑みを浮かべる。
 今夜も俺は、君を自分だけの腕に閉じこめる。
 俺だけの君で、君だけの俺だと、確かめるために----





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