キスは色々。 唇は情熱。 額は兄妹愛。 頬は親愛。 瞼は情愛。 鼻は偏愛。 顎は従順、激情愛。 なんて聞いたことがある。女の子なら誰でも、唇のキスに夢を見がちになる。 大好きな男性と夢見る初めてのキス。勿論、唇に欲しい。 それはかつていた世界の影響かも知れないし、女としての本能なのかもしれない。 偽りの結婚をして、一週間。 中つ国と常世が共存し、幸せに暮らせるため闘いの準備に日々奔走し、息が吐く暇もない。 中つ国と常世のアシュヴィン側の重鎮たちにとっては『偽り』に過ぎないが、千尋にとっては、偽りでも何でもなかった。 アシュヴィン 千尋の想いひと。 出逢ったときは、皇子様らしく尊大な男と思い気に入らなかったが、今は違う。 触れあうにつれて、最も民のことを考え、自分よりも先ずは他人のことを考えられる、大きなこころを持った男だということに気付いた。 今も民のために奔走している。 アシュヴィンのそういった姿勢を見習いたいと思うにつれて、尊敬がいつしか恋心に変わった。 大好きでたまらない存在。 千尋が、偽りとはいえ、アシュヴィンとの結婚に承諾をしたのも、恋心があったからだ。 まだ精神的に完全に大人にはなりきってはいない千尋が、国のために結婚に承諾することは、出来るとではなかったから。 大好きなひとのお嫁さん。 女の子なら、誰もが夢見る未来の姿だ。 それを叶えたとはいえ、これはあくまでも『偽り』なのだ。常世と中つ国の為の。 だが、千尋にとっては、たとえ偽りでも夢が叶った結婚でもあった。 時折、見せてくれる甘い優しさが、千尋にとっては何よりものご褒美になっていることを、きっと大好きなひとは知らない。 傍にいるだけで、瞳でその姿を追ってしまう。 声が聞こえれば、耳は直ぐにアシュヴィンの声を追ってしまう。 千尋の大好きな男性は、宮殿に帰ってきても、また直ぐに出掛けてしまう。 誰もが笑って暮らせる世界を実現させるために、全力を尽くしているから仕方がないとは思う。 だが、逢えない時間が長いと、切なくて胸が痛くなるのを感じた。 もっと傍にいて欲しいなんて我が儘なんて言えない。 アシュヴィン自身が、これは恋ではなく、国の為の結婚だと思っている可能性が高いから。 アシュヴィンが愛してくれるなんてないだろうから。 あちらは大人で、しかも常世のことしか考えてはいない。名君になるだろう。恐らくは。 そのアシュヴィンに釣り合うには、自分も中つ国の女王として名君でいなければならないと、千尋は強く思う。 だからこそ、今、素晴らしい国にするために、ふたつの国が平和であるようにこうして前向きに頑張っているのだ。 きっとみんなじゃ驚くだろう。 中つ国の姫の原動力が、実は『恋心』だなんて。 そして。それをアシュヴィンに知られてしまえば、がっかりされるに違いない。 だからこそ、この恋心を表には出せなかった。 なのに、恋心を押さえつけてけしまえばしまうほどに、表面に滲んでくるのを自覚していた。 苦しくて、泣きたくなるほどの切ない恋。 なのにどこか甘い幸せな幻想を夢見るのは、アシュヴィンがくれる魔法のようなひとときのせいだろうか。スウィーツよりも甘くて、千尋を蕩けさせてくれる時間だ。 あの時間があるからこそ、下クムであっても、厳しい現実が待ち受けていたとしても頑張れるのだ。 きっとアシュヴィンは知らないだろう。 千尋が、これほどまでに深い恋心を抱いているということを。 それを知られてしまったら、軽蔑をされるだろうか。 アシュヴィンはもう甘い時間をくれなくなるのだろうか。 そう考えると、溜め息を幾つも出してしまうほどに、切なくなってしまった。 |