KISS〜柊×千尋〜


  キスは色々。
 唇は情熱。
 額は兄妹愛。
 頬は親愛。
 瞼は情愛。
 鼻は偏愛。
 顎は従順、激情愛。
 なんて聞いたことがある。女の子なら誰でも、唇のキスに夢を見がちになる。
 大好きな男性と夢見る初めてのキス。勿論、唇に欲しい。
 それはかつていた世界の影響かも知れないし、女としての本能なのかもしれない。
 女であっても、決して女であってはならない存在。龍神に許しが無い以上は、恋をすることは許されない。だから唇にキスをするなんて、最も許されない行為だ。
 切なくて痛い。
 どうして恋をすることも、恋を語ることも、キスをすることも叶わないのだろうか。
 こっそりと恋をしたひとは、誰にも誠実ではないように見えて、最も千尋に誠実な男性。
 最初は、こんな男信じるに値しないとすら思っていたのに、折に触れるさりげない優しさや、千尋のためなら非情にもなれるところを見るにつれ、いつの間にか目で追っていた。いつの間にかこころで追っていた。
 大きな愛を持った男性。その愛に触れたくて、いつも傍にいたのに、こころの深い場所には決して触れさせては貰えなかった。
 あの男性が大きな愛で包み込んでくれているのは解る。だが、決して甘い愛ではない。それを越えた大きな愛。決して、千尋を甘く蕩けさせるようなものではない。
 平和になったら、甘い時間を共有出来るのだろうか。ふたりだけの時間を多く長く過ごせたら良いのに。
 そんなことを考えながら、千尋は堅庭に出た。
 夜風がとても気持ちが良くて、短くなったボブの髪を柔らかく揺らしてくれる。
 明日は決戦。星を詠むことが出来るあのひとは、必ず勝てると言ってくれた。
 だから心配はしていない。あのひとがいるならば、必ず勝てると信じている。
 いつもあのひとの策が勝利を導いてくれていた。軍師として、精一杯の謀をしてくれたひと。。
 いつも、千尋が中つ国女王になり、橿原の宮に入ることだけを考えているようなひと。
 本当は、女王になる幸せよりも、ひとりの女としてのこころが満たされた幸せの方が欲しい。
 あのひとの傍にいたい。あのひとを支えることが出来れば、それだけで幸せ。
 だが、あのひとはそれを望んではいないだろう。
 いいや、望んでいるかも知れないが、あのひとが視る未来には、ない結論なのかもしれない。
 千尋は、昊という名の大海原に浮かび上がり星をじっと見上げる。
 宝石のように美しく輝く夜の星からは、壮大な美しさを感じるだけで、未来なんて見えやしない。
 少しの間暮らした異世界でも、よく夜空の星を見上げたが、こんなにも美しく多くの星を視ることが出来なかった。
 千尋の住んでいた地域は、都会のベッドタウンとはいえ、まだ綺麗に星を見ることが出来る所ではあった。それでもこんなには星を視ることが出来なかったと、記憶している。
「何だか吸い込まれちゃいそう。私じゃ、星を視ても、それだけで未来を読むなんて出来そうにないや」
 千尋は独りごちながら、夜空の星をただ熱心に見つめていた。

 星を確かめるために、柊は堅庭に出た。
 星を読み、千尋の輝かしい未来に思いを馳せるために。
 星を素直に読めば、千尋は女王となって橿原宮に凱旋することが出ている。
 ただし、柊自身の命は、そこで尽きると出ている。
 ずっと、二の姫  千尋  が女王になるために、命を削って頑張ってきた。
 それが叶えば何もいらない。
 たとえ自分の命が引き替えになったとしても、柊は悔いなどないと思っていた。それで充分、自分の夢は果たされると思っていた。夢は叶うと。
 なのに  これほどまでにこころが激しく乱される。
 千尋の傍にいて、その御代が終わりを告げるまで見守り、ずっと影のように傍にいられたらと、分不相応の望美を抱き始めている。
 だがそれは、あくまで見果てぬ夢でしかないのだ。
 千尋の御代を実現するために、この命が礎となるのは、決まっているのだから。
 なのに。この行き場のない恋心をどうすれば良いのかと、柊は思わずにはいられない。
 息苦しくなるほどの恋心に、柊は窒息して死んでしまうのではないかと思った。
 千尋の御代を実現するには、自分個人の感情なんて、何も必要としないのだから。
 それだけを言い聞かせながら、柊はゆっくりと堅庭の奥に進んだ。