*チョコレートケーキのお味は?*


 本命バレンタインは、甘い甘い手作りチョコレートと決まっている。
 アンジェリークは、そんな固定観念もとで、チョコレート作りの情報を集めている。
 アリオスがどのようなチョコレートを好きで食べるのか。
 アンジェリークはそれを探るべく、さり気なくアリオスに声を掛けた。
「アリオス、よく食べるチョコレートととかあるの?」
「チョコレート? んなもんは食わねぇ」
 アリオスのキッパリとした言葉に、アンジェリークはあっさりと玉砕した。
「チョコレート、嫌いなんだ? ビターでもダメなの?」
「ビターもそう数は食べられないけれどな…」
 アリオスは新聞を読みながら、興味など全くなさそうに呟いている。
「チョコレートより、俺は酒とかのが好きだけれどな」
「そうなんだ」
 見事に計画は玉砕。
 アンジェリークは溜め息を吐くと、素直に、チョコレート製作計画は止めた。
 アリオスにはバレンタインデーに何をプレゼントしたら良いのだろうか。
 折角買ったチョコレートの本を恨めしく見ながら途方に暮れていると、アリオスが隣りにやってきた。
「お前がみすみす菓子屋の陰謀に引っ掛かることはねぇさ」
 髪をくしゃくしゃに撫でられて、アンジェリークは小さく頷いた。
「バレンタインなんかわざわざしなくても構わねぇさ。その日、俺は仕事だしな。そんな祭りにもりあがらなくても、いつでも楽しんだらいいじゃねぇか」
 アリオスはまるで人ごとのように呟きながら、唇のなかにタバコを押し込める。
 アリオスにとって、季節のイベントは余り魅力的なものではないようだ。
 そんなイベントなんて利用しなくても、アリオスは充分に女の子たちを引きつけることが出来るのだから、逆に必要とはしないのだろう。
「そんなにしょんぼりするな」
「うん、そうだよね…」
 とはいえ、アンジェリークも夢見る乙女だ。ロマンティックなバレンタインには憬れる。しかも、恋人が出来て初めてのバレンタインなのだから、ロマンティック色に染まった甘い時間を夢見るのは当然だ。
 アンジェリークは、アリオスの大きな手のひらの強さを感じながら、少しばかり切なさに溜め息を吐いた。

 この時期になると家庭科の調理実習のメニューはチョコレート関係になる。
 今日はバレンタインに合わせたガトーショコラだ。
「本日は少しだけ洋酒を利かせたケーキです。アルコールを使うけれど香り付け程度だから大丈夫。味はビターに仕上げるので、男の子たちも食べやすい仕上がりになるから、皆さんもラッピングをして、プレゼントしてあげるのも良いかもしれないわね」
 プレゼント。
 この言葉に誰もがいろめき立っている。
 クラスメイトの大概は、恋人がいるか、好きなひとがいる。
 好きなひとがいる子は、同じ学校の男子が相手であることが殆どだ。
「アンジェ、エルンスト先生にあげようかと思うんだけれど食べてくれるかなあ」
 親友レイチェルはいつもの勝ち気には似合わず、頬をほんのりと紅くさせて、真剣に呟いた。
「きっと食べてくれるよ。レイチェルなら大丈夫だって」
「だったら良いけれどなあ。『こんな非生産的な食べ物は私にはあいません』だとか言わないかなあ」
 不安そうに生地を練るレイチェルの背中を、アンジェリークは軽く叩いて励ます。
「確かに言いそうだけれど、エルンスト先生は、レイチェルが作ったものなら何でも食べちゃうような気がするよ」
 アンジェリークはエルンストの照れた顔を思い浮かべながら、にんまりと笑う。
「そうかなあ」
「そうだよ」
 エルンストが食べてくれるのは分かっているが、アンジェリークの相手であるアリオスは、到底食べてはくれない気がする。特に甘い物は苦手だから、いくらビターにしても、アリオスはひとくちも食らわない。
 これは確信出来た。
「アンジェリークこそ、アリオスさんはちゃんと食べてくれるでしょ? 同居人で、保護者で、恋人だなんて、これ以上に甘い関係なんてないじゃん」
 レイチェルは少し羨ましそうに呟いているが、アンジェリークは思わず困ったように溜め息を吐いた。
「アリオスは甘い物が苦手だから、食べてはくれないと思うんだよね…。堂々と宣言されちゃったし」
 アンジェリークが悩み多い若妻のように呟くと、 レイチェルに思い切り背中を叩かれてしまった。
「何を言ってるのよ。そんなことはあるわけないじゃない! 相変わらずボケてんなあ! そんなのは口だけ!  アリオスさんは、アンジェが作ったものだけは、何があっても美味しく食べてくれるって!」
 惚気ないでよとばかりに、レイチェルには何度も背中を叩かれてしまった。
 だがアリオスは、レイチェルが思っているよりは余程頑固なのだ。
 それは一緒に暮らしているアンジェリークが一番良く知っていた。
「とにかくさ、美味しいガトーショコラを作って、お互いの本命にアッと言わせちゃおうよ!」
「そうだね」
 アンジェリークは、レイチェルにつられて笑うと、ガトーショコラ作りに精を出す。
 まるで魔法をかけるように美味しくなれと呟きながら。

 試食の時間は、女の子の大好物な恋の話に花が咲いた。
 誰もが似たような悩みを持っているのが、嬉しい。
 アンジェリークたちは、温かなダージリンと一緒に、甘いひとときを楽しむ。
 ふわふわとしたアンジェリークたちの恋心を象徴しているかのようなホイップクリームが、うっとりとするほどの幸せをもたらしてくれていた。
「アンジェ、これならこころもたっぷりとと籠っているし、きっとアリオス男も食べてくれるって。凄く美味しいんだものね」
 レイチェルが今度は逆に背中を押してくれる。アンジェリークは小さな自信にみあったように頷いた。
「普通は恋人なら食べてくれるよ。大丈夫!」
 アンジェリークと同じように年上の男と付き合っているエンジュが、明るく励ましてくれる。
「そうだよね。アリオスはクールバカだけれど、きっとそういうところはちゃんとしてくれるって。大丈夫、食べてくれるよ」
 みんなが励ましてくれるものだから、アンジェリークもその気になってくる。
 笑っていると家庭科教師のディアがやってきた。
「皆さんに持って帰って頂くガトーショコラですが、恋に効くおまじないをしてみました」
「おまじない!?」
 恋する女の子たちは、誰もが興味をむき出しにして訊く。
「ガトーショコラに、ブルーベリーをひとつぶだけ入れています。それが当たったら、その恋は成就すると言われているんですよ」
「ホントに!?」
 ディアの一言に、誰もがいろめきたった。
 自分のケーキにブルーベリーが入っていますように。
 だがアンジェリークは、アリオスはどうせ食べないだろうから、友達の誰かに当たれば良いと思っていた。

 家に帰り、アンジェリークは愛猫アルフォンシアにガトーショコラを見せた。
「ねぇアルフォンシア、このケーキを食べる?」
「ダメだぜ。そのケーキは俺が食べるんだろ?」
 チョコレートよりも深みのある甘い声に、ドキドキしながら振り返ると、そこには大好きなアリオスが立っている。
「アリオス…」
 嬉しくて泣けてくるぐらいに世界の総てがときめいているように思えた。
「どうぞ」
「ああ」
 アリオスはいつもどおりにクールにガトーショコラを食べる。
 甘いものが苦手なせいで、途中、顔をしかめることもあったが、ちゃんと食べてくれる。
「ねえ、美味しい?」
「まあまあだな」
「ブルーベリー、入ってた?」
 ドキドキしながら訊くと、アリオスは僅かに眉を上げた。
「酸っぱい粒みてぇなのなら入ってたぜ」
 アリオスのひとことに、アンジェリークは素直に笑顔を浮かべることが出来た。
「そうなんだ…。だけど良かった、美味しくて」
「味見するか?」
 アリオスの手の中にはもうガトーショコラなんてない。
「何もないじゃない?」
「分かってるだろ? キスでだ」
 触れ合う唇はとても甘くて、アンジェリークをとことんまで幸せにしてくれた。





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