ホワイトデーだなんて、バレンタインデーに比べるとあまり重要ではないと思っていた。 所詮は、菓子屋の陰謀だ。 だが、いざ、ホワイトデーできちんと返さなければならない立場に立たされたら、重要なイベントのように思えてくる。 それは、恋をする相手の素晴らしい笑顔を見てみたいから。 それだけのために、色々と考えてしまう。それがまた、ドキドキしたり、甘い気分になったりして楽しかったりもする。 横にいて雑誌を熱心に読んでいるアンジェリークを、アリオスはちらりと盗み見る。 いつも一歩先を意識的に歩くようにしているが、このホワイトデーだけは、なかなかスマートな対応が思い付かない。 いつもよりも構えてしまうのは、アンジェリークを本当に大切にしているからだと思う。 こんなに色々と考える相手は、今までいなかったのだから。 「どうしたの?」 アリオスの視線に気付いたのか、アンジェリークは小首をかしげてこちらを見つめて来た。 とても愛らしい姿に、思わず頬を緩めてしまう。 可愛がりたくて、いじめたくて、愛したくてたまらない相手。 ここまで誰かに執着を持つなんて、考えられなかった。 なのに、出会ったときから、目の前の少女がいとも簡単に変えてしまった。 「アリオス、見てた?」 嬉しそうに笑いながら、アンジェリークはからかうように見つめて来る。 「…見てねぇ。鼻の低いお前の顔なんかな」 からかい返すと、アンジェリークは唇を尖らせた。 「もう知らないもんっ!」 アリオスは軽く笑いながら、アンジェリークを見つめる。 こうして子供のような表情をしたりするが、最近はぐんと大人びた雰囲気を身に纏うようになった。 こちらがドキリとするぐらいの表情をすることもあり、その度に、言い表しようがない独占欲にさいなまれてしまう。 閉じ込めたい。自分の腕のなかに。このまま離したくないほどに愛しい存在。 こんなに誰かに執着するなんてことは、今までなかったことだ。 アリオスは溜め息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。 アンジェリークを鎖に繋ぎ止めることが出来るならば、他に欲しいものなんてないかもしれない。 「どこかに行くの?」 少し不安げな光を湛えるアンジェリークに、愛されていると感じるのは、自惚れているのだろうか。 「煙草をキッチンで吸ってくる」 「ここで吸っても良いよ」 「いや、キッチンに行く」 アリオスはキッチンの壁にもたれながら、ゆっくりと煙草の煙をくゆらせた。 ホワイトデー。 バレンタインデーに貰った愛に応える日。 本当は、愛をつなぎ止める男のために設けられた日なのかもしれない。 アリオスは、春びた陽射しを浴びながら、不安げにこちらを見つめているアンジェリークに一瞥を投げる。 こんな顔をさせてはならない。 つなぎ止めたい。 そんな想いを抱きながら、アンジェリークを眩しげに見つめていた。 アリオスの勤めるホテルには、高級ブランド街があり、いつもそこには女性たちがひしめき合っている。 ホワイトデーが近いこともあり、各店のショーウィンドウには、コンセプト商品が多数並べられていた。 そのなかの一店舗のショーウィンドウに、ペアペンダントが飾られていた。 女性用のプレートにはダイヤモンドが美しく埋め込まれ、男性用はシンプルなプレートになっている。 “ホワイトデーに、さり気なく永遠を誓おう”と書かれており、名前の刻印が無料で付いていると書かれていた。 女性のプレートには、エターナルトゥルース、男性のプレートには、エターナルラブと刻まれている。 アリオスは引き寄せられるように店に入ると、直ぐにショーウィンドウのペンダントを買うと、店員に伝えた。 「女性の方のお名前と、お客様のお名前をお願いします」 差し出された用紙に、自分とアンジェリークの名前を書いた。 まるで婚姻届にサインするような気分になり、鼓動がいつもにも増して激しくなる。 こんな気分はかつて味わったことなどなかった。ここまで変化させたのはアンジェリークだ。 アリオスはアンジェリークの表情を思い浮かべながら、幸せな気分で名前を記入した。 「有り難うございました。明日には出来上がっていますから、取りに来て下さい」 「有り難う」 礼を言って店を出た後、アリオスは甘い溜め息を吐いた。 アンジェリークには永遠の愛を誓っている。 だが、アンジェリークの立場や、学校などのしがらみで、きちんとした形を示してあげられないでいる。 だからこそ、さりげなくふたりだけの秘密で、お互いを愛の鎖で繋いでいる事実が欲しかった。 アンジェリークはどう思うだろうか。 同じように想い、感じてくれるのだろうか。 色恋ざたで今までこんなに不安になったことはなかった。 不安定な思春期が今頃になってやってきたような気分になりながら、アリオスは気持ちを紛らわせるように、 煙草を唇に押し込んだ。 ホワイトデー。 休みではなかったが、それでもいつもよりは早く帰ることが出来た。 バレンタインのお返しをする大切な日だというのに、食事すらも連れていってやれない。 せめてもの罪滅ぼしに、アリオスは甘いケーキを買い求めた。 自分は食べないから、アンジェリークが楽しめるような甘くて小さなケーキをチョイスしたつもりだ。 いつものようにマンションに帰ると、アンジェリークがいつものように出迎えてくれた。 「おかえり、今日はシチューだよ! しかもラムー」 こちらが好物を用意しなければならないのに、これなら逆だ。 アリオスは苦笑いをしながら、アンジェリークにケーキを差し出して。 「土産」 「有り難う! ケーキだねっ!」 小さな子供のように弾むアンジェリークの声を聞きながら、アリオスはいつになく緊張していた。 アンジェリークが本当にペンダントを気に入ってくれるのだろうか。 喜んでくれるだろうか。 そればかりが頭のなかを支配していた。 ラムシチューは何時にも増して美味しかったが、常にペンダントのことを想い、余り楽しめなかった。 恋に対して、自分がこんなに臆病だなんて思ってもみなかった。 それだけ、この恋が大切なものであることを思い知らされる。 「…アンジェリーク、ほら、やるよ」 アリオスは、まるで子供にお菓子をやるような仕草で、アンジェリークにペンダントの箱を渡した。 「有り難う!!」 本当に喜んでくれたのが、アンジェリークのキラキラと輝く表情で解る。 それはペンダントを彩るダイヤモンドよりも美しいと思わずにはいられない。 「開けて良い?」 「ああ」 アンジェリークは夢中になって包みを開け、ペンダントを見るなり言葉を失った。 「…アリオス…」 それ以上は言葉が上手く表現出来ないのか、ただ瞳を潤ませてアリオスを見つめて来る。 「それは俺との揃い」 アリオスは胸元に光るペンダントを、さり気なくアンジェリークに見せた。 「…何か、俺たちの関係を表すものが欲しかったからな…。取りあえずリングの代わりだ…。リングは改めて贈る」 アンジェリークは返事をする声すらも出せないほどに、感きわまっており、ただアリオスに頷くことしか出来ない。 嬉しさに震えているのが解る。 「ペンダント、つけてやるよ」 アンジェリークは頷くと、アリオスにペンダントを差し出した。 それを受け取ると、アリオスはまるで神聖な儀式を行なうかのように、アンジェリークの首にペンダントをかけた。 「この言葉通りにお前を愛するから」 「はい…」 震えるアンジェリークを抱き締めてキスをした後、アリオスはベッドへと運ぶ。 ふたりの愛はまた一歩成長した。 ホワイトデーの甘い時間は、飽くことを知らない。 |