*神戸の休日*


 大地とふたりで神戸観光に出掛ける。

 何だかふたりきりで旅行に来たようでとても嬉しかった。

 今日はふたりで、異人館通りを散策する。

 かなでは大地としっかりと手を繋ぐと、様々な洋館を見て回る。

「流石に神戸は横浜よりも洋館が残っているんだね。一日では見きれないね」

「そうですね。洋館毎に趣向がなされていて、見ているだけでも楽しいです」

「そうだね。しかし、阪神大震災で壊れたまま復興出来なかった洋館もあるみたいだよ」

「それは残念です」

 ふたりはガイドブックを片手に、香水を調合してくれる洋館を目指す。

 昨日、大地からプレゼントされた香水の小瓶。

 ここに、香水を調合してもらうために、洋館へと向かった。

「いらっしゃいませ」

「香水を調合をしてもらいに来ました」

「どうぞ、どのような香りがよいですか?」

 スタッフの問いに、大地は優しい笑みを浮かべてかなでを見る。

「ひなちゃん、じゃあその小瓶に香水を調合して貰おうか。どのような香りが良い?」

「はい。花の香りをベースにした香りが良いです」

「じゃあそれを基本に色々と探そうか」

「はい」

 大地とふたりで、香水を調合して貰う。

 色々な香りを嗅ぎながら、自分だけの香りを探していく。

「ひなちゃん、どの花が好きかな?」

「やっぱり薔薇は綺麗で良い香りがするから好きです。横浜は薔薇で有名だから、やっぱり薔薇ベースが良いです」

「じゃあバラードベースに調合して貰おう」

「はい」

「ひなちゃんの似合う香りは、フレッシュな雰囲気なものだと思うんだけれど」

「私もフレッシュな香りが一番好きなんですよ。だからこのあたりの香りをベースにしたいです」

「そうですね、お客様ならば、瑞々しい薔薇の香りが良いのかもしれませんね。こちらの香りはいかがですか?」

 調合師が提案してくれたのは、自然でロマンティックな香りだった。

 まるで太陽の下に咲いている薔薇のようだ。

「この香りが好きかもしれない…」

「うん。この香りはひなちゃんに似合っていると思うよ。ひなちゃんのトレードマークのような香りになるかもしれないね」

「はい」

 大地にも似合うと言って貰えたのはとても嬉しい。

 大地が気に入ってくれた香りが、かなでには一番なのだから。

 大好きなひとと同じ香りが好きだということが、かなでには何よりも嬉しいことだった。

「本当に良い香りで嬉しいです。これにします」

 かなでは直ぐに決めると、大地も頷いてくれた。

「あ、これはひなちゃんに俺からプレゼントさせて貰うよ。その代わり、着けるのは俺の前だけだよ。良いね?」

「はい」

 大地の前だけで使う香水。

 それだけでドキドキしてしまう。

 かなでは頬をほんのりと赤らめながら、頷いた。

「こちらを今、着けられたらいかがですか?」

「良いんですか?」

「どうぞ」

 調合師は微笑んでくれている。

「彼に着けて貰ったらいかがかしら?」

「えっ!?」

 かなでは真っ赤になりながら息を呑む。

 ちらりと大地に視線を上げれば、フッと笑っている。

 優しくも艶のある甘い蕩けるような笑みを向けられて、かなでは恥ずかしさと照れが倍増する。

「ひなちゃん、何処に着けて欲しい?」

「何処って…、一番香る場所は何処ですか?」

 かなでは香水なんて使ったことがなかったから、何処が一番香るのかが分らなかった。

「薫る場所は肌の温度が高いところよ。手首や耳の後ろが定番よ」

 調合師の女性は大人のアドバイスを優しくくれた。

「じゃあ…、耳の後ろに着けようか?」

 大地の指先が、かなでの髪をついっとかきあげると、耳の後ろに触れて来る。

 甘い感覚に、かなでは背筋が震えるのを感じた。

「…じゃ、じゃあ…、あの…、耳の後ろで…」

「うん、解った」

 調合師の女性は、ふたりを微笑ましいとばかりに見ている。

 恥ずかしいが、何だか嬉しかった。

 かなでは少しだけ俯いて立つ。

 大地がそばにやってくる。

 髪を優しくかき上げた後、耳の後ろに香水をほんのりとつけてくれる。

 爽やかな薔薇の香りに胸がキュンとしてしまう。

 息が出来ないぐらいに甘くて苦しい。

 耳の後ろに薔薇の香り。

 大好きなひとにつけて貰った、一番好きな香りになるだろう。

 かなでは一生忘れないだろうと思った。

 ドキドキしながら薔薇の香りを楽しむ。

 この香水は想い出の香水になるだろうと、かなでは思った。

「香水の小瓶に、調合したものが入りましたよ。大切に使って下さいね。使い方のパンフレットも一緒に入れておきますからね」

「有り難うございます」

 ふと調合師の女性はかなでに手招きをする。

 かなでが近付いていくと、女性は小声で呟いた。

「香水の極意をもう一つだけ教えておくわね。これはとっておきのことよ。忘れないでちゃんと覚えておいて」

 女性が教えてくれるとっておきのこと。

 かなでは知りたくて、強く頷いた。

「…それはね、大好きなひとにキスをして貰いたい場所に着けることよ。これは絶対ね。効果があるから、あなたもたっぷり試してみてね? それだけよ。香水を大切に使って、いつまでも素敵な彼と仲良くね」

「はい」

 かなでは少しだけ大人びた気分になり、頬をほんのりと赤らめながら頷いた。

「有り難うございます。…あ、あの、…いつか…、試してみますね」

「ええ。この魔法はてきめんだからね」

「はい」

 本当に魔法を教えて貰ったような気持ちになるから不思議だ。

 かなでは何度もお礼を言った。

 とっておきの恋のおまじないを教えて貰った。

 近い将来、このとっておきの魔法を使ってみたいと、かなでは思った。

「有り難うございました」

 ふたりは香水店を出て、ふたたび異人館巡りを続ける。

「ひなちゃん、何を話していたの?」

「香水の上手な使い方についてデス…」

 大地に言うと、やはりほんのりと恥ずかしくなる。

 あんなにも官能的な恋のおまじないを教えて貰っていたなんて、やはり言いにくい。

 女の子だけの秘密だ。

「そうなんだ。ひなちゃん、その香水、俺の前以外では着けるなよ。約束」

 大地はかなでの手を思い切り強く握り締めながら、男らしく言い放つ。

 その横顔を見ていると、精悍で驚いてしまった。

 とても素敵だ。

 本当に大地は、素敵でしょうがないのだと、かなでは思った。

「はい。大地先輩の前だけで着けます」

「うん、有り難う」

 大地が甘い笑みを浮かべてくれたものだから、かなでもまたついうっとりとしてしまう。

 甘い甘い笑み。

 だがそこには何処か官能的な香りが見え隠れしていた。

「ひなちゃん…」

 名前を呼ばれた瞬間、大地の吐息が耳を掠める。

 そのまま唇が耳の後ろにつく。

 ほんの一瞬のことだったが、くすぐったい甘さに、かなでは蕩けてしまいそうになった。

 キスされた後、耳の後ろがジンジンして敏感になる。

 心臓と繋がっているからか、鼓動がかなり激しくなった。

 ときめきを更に突き抜けるときめきに、かなではどつして良いのかが分からなくなる。

「あ、あの…」

「ひなちゃんが可愛い過ぎるから…」

 大地は照れるどころか、官能的な笑みを向けてくる。

 ズルイ。

 反則だ。

 かなでは耳朶まで真っ赤にさせながら、俯いてしまった。

「ひなちゃんは本当に可愛いね」

 大地に爽やかに言われて、かなでは上手く対応することが出来なかった。

「甘いものでも食べて、君のドキドキを鎮めようか?」

「…はい」

「じゃあ行こう」

 ふたりでしっかりと手を繋いで、神戸のスウィーツを堪能しにいく。

 甘いスウィーツ。

 だが、先ほどの大地のキスのほうが、もっともっと甘いのではないかと、かなでは思った。

「…さっきのが一番甘いデス…」

 かなでがぼそりと言うと、大地もまた笑う。

「じゃあもっと甘いものを経験しないとね?」

 大地の言葉に、かなでは微笑むしかなかった。



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