*背伸びの恋をしても*


「……小松さん……」

 まさか小松がいるとは思ってもみなくて、ゆきは目を見開きながら見つめる。

「随分と賑やかだったけれど、そんなにも楽しかったの?」

 小松は冷ややかに言うと、ゆきを厳しい眼差しで睨み付けた。

 こんなにも冷酷で厳しい眼差しで見つめられると、ゆきは暗い気持ちになる。

 恐らくは、ゆきたちが騒いでいたのが、迷惑だったのだろう。

「ごめんなさい、小松さん。私たちが煩くしていたから御迷惑でしたよね……」

 ゆきはしょんぼりとした気持ちになりながら、小松を見た。

「……ごめんなさい、申し訳なかったです」

 ゆきは、友達の分までしっかりと謝ろうと、深々と頭を下げた。

 だが、小松は更に不機嫌な表情になる。

 余程気に入らなかったのだろう。

 ゆきは切なくて泣きそうになった。

 小松はゆきが嫌いだから、どんなことでも気に入らないのかもしれないと、思ってしまう。

 大好きなひとにそこまで嫌われたのかと思うと、ゆきは倒れてしまいそうになる。

 こんなにも辛いことは他にはないと思う。

「別に謝らなくても良いよ」

 小松の声は固くて冷たい。

「ゆきくん、私の質問に答えて。楽しかったの?」

 何を聞くのだろうかと、正直、ゆきは思った。

「……楽しかったですけれど……」

「……そう」

 小松は相変わらずとりつくしまがないぐらいに、素っ気ない。

「同世代と話すのはそんなに楽しい?」

「楽しいです。少なくとも緊張はしないですよ……。今みたいに……」

 追い詰められるように言われて、ゆきは拗ねるような気分にはなる。

 確かに煩くしていたかもしれないが、きちんと謝った。なのに小松は謝罪を認めてはくれない。

 本当に複雑怪奇だ。

「……いつから、そんな風に言うようになったの?」

「元からです。帰りますね。これからは、小松さんがお楽しみな時には、騒がないように注意をしますよ」

 ゆきは小松に背中を向けると、そのまま駆け出してゆく。

 本当に腹が立つ。

 段々腹が立ってきた。

 理不尽に怒られるのが嫌だった。

 暫く歩いて振り返ると、小松は勿論、着いてきてはくれなかった。

 当然といえば、当然であるのだが。

 確かに今日は小松に迷惑をかけたのは事実なのだから。

 大好きなひとに拒否されるのは、辛かった。

 小松にはきっともう嫌われてしまった。

 ゆきは思い知らされた気分なり、惨めな気持ちが込み上げてきてしまい、泣けてきた。

 

 大好きなひととはまれにしか会えない。

 なのに怒らせてしまったから、もう会えないかもしれない。

 ゆきは、どんどん気持ちが暗くなってゆく。

 今回のことは悔やんでもくやみきれなかった。

 だが、しかたがない。

 ゆきは泣きそうになりながら、なんとか家に戻った。

 

 ゆきが今まで恋人を作らなかったのは、ひとえに小松の存在があったからだ。

 小松をずっと好きだったから、他のひとを考えられなかった。

 本当にそれだけなのだ。

 ゆきは、そろそろ小松から卒業しなければならないと、心のなかで思わずには、いられなかった。

 小松にはきっと恋愛する相手は沢山いるだろうから、ゆきなんて子供を相手にはしないのかもしれない。

 春からは大学生になるけれども、小松にとって、ゆきは子供のままなのだろう。大学生なんて子供だと、小松なら言い放つだろう。

 だからゆきは切ないのだ。

 小松にとって、ゆきはただの子供なのだ。

 早く大人になりたい。

 

 だが、ゆきが大人になった頃には、小松は結婚しているかもしれない。

 結婚はしていないかもしれないが、ゆきを恋愛対象として見てはくれないような、そんな気が強くしていた。

 大学生になったら、大人っぽくなろうと思う。

 大人の雰囲気を出して、小松に大人の女性だと認めさせたかった。

 大人の女性に見えるようにはどうしたら良いのかと、いろいろと考えてみる。

 やはり、お化粧をして、洋服を大人びた落ち着いたトーンのものに変えてみようと、先ずは思った。

 ゆきは、大学生の前に準備する資金を前倒しで使って、色々と準備をすることにする。

 雑誌などで研究をして、基礎化粧品やメイク道具を買い揃えた。

 また、自分の手に届く範囲で、大人びた清楚さを生むワンピースなどを買い揃えた。

 小松に綺麗だと言って貰いたい一心で、ゆきは総てを買い揃えた。

「このカチューシャ、可愛いな……」

 ゆきはカチューシャをじっと見つめた後、ニットで出来たカチューシャも選んだ。

 子供っぽいのは解っている。

 だが、どうしても好みで欲しかったのだ。

「……ずいぶ可愛らしいものを選んでいるね。君は……」

 呆れるような溜め息とともに、冷たい声が背後から聞こえる。

 もう誰かは、振り返らなくても分かってしまう。

 ゆきの大好きな、手の届かないひとだ。

 こんなにも切なくて苦しい出会いなんてない。

「私は私の欲しいものを買いますよ。それだけですから」

 ゆきは、それだけを言うと、小松から離れるようにレジに向かった。

 だが、小松がゆきの後ろを着いてくる。

 ついてきて欲しいくせに着いてきて欲しくない。

 そんな複雑な気分だ。

 ゆきが買い物を終えると、小松はそれを待っていたかのように、腕をつかんだ。

 しつこい感じではなく、本当に然り気無くだった。

「その、カチューシャに似合う服を見に行こうか」

 小松はそれだけを言うと、大人の可愛さと気品さが滲んだブランドショップに、ゆきを連れていってしまった。

「ここのワンピースは、君に似合うと思うよ。その、カチューシャに似合う服と靴、小物を選びなさい」

 いきなり言われて、ゆきは戸惑うことしか出来ない。

「あ、あの」

「私からの入学祝いだよ。受け取って」

「有り難うございます……」

 戸惑いながらも、ゆきはカチューシャに似合うようなワンピースを探す。

「そのワンピース似合うんじゃないの?」

 小松が指差したワンピースは、柔らかなベージュを基調にしたワンピースを指差した。

 程なく気品があるのに可愛く、そして大人の女性の雰囲気も出ている。

「可愛いですね……」

「だったらこれにしなさい」

「小松さん、どうして、私にお洋服をプレゼントして下さるんですか?」

 ゆきは素直に訊いてみる。

 すると小松は、フッと意味深に微笑むと、耳許に唇を掠めてきた。

「……考えてごらん?男が服を女性に贈る理由を……」

 小松は意味深に囁くと、フッと甘く綺麗に笑った。




マエ モドル ツギ