夜空を見上げると、本当に零れ落ちてくるのではないかと思うほどの、美しくも、麗しい星のきらめきがあった。 じっと見つめているだけで、なんて素晴らしいのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。 本当に息が出来ないぐらいに素晴らしい星だ。 これほどまでにきれいな星空を、ゆきは見たことがなかった。 ずっと都会に育ったからかもしれない。 都会の夜空は、空気が汚れていることや、イルミネーションという名の、地上の星が煌めいているから、なかなかきれいに夜空を見ることが出来ない。 ゆきは、素晴らしい空に感嘆しながら見つめていた。 きれいな星空。 澄んだ空気がそうさせているのだろう。 もう、ここには障気もない。 だからこそ空は美しいのだ。 ゆきは団扇で扇ぎながら、夜空を見つめていた。 「君が護った夜空を見つめていたの?」 優しくて艶のある声が頭上から聴こえて、ゆきは思わず顔をあげた。 そこには、涼しげな浴衣を着た、男の色気を滲ませた小松が立っている。 小松の浴衣姿は、うっとりとするほどに素晴らしいと、ゆきは思った。 不躾なのは分かっているか、見つめずにはいられない。 「天の川を見つめていました。きっと一番素晴らしい星の川ですね」 「そうだね。そういえば、今日は七夕だったね……。最近、忙しくて、すっかり忘れていたよ……」 小松は苦笑いを浮かべながら、ゆきの横に座った。 新しい時代のために、小松は、今、仕事に奔走している。 本当に、頭が下がる程の忙しさなのだ。 「君が、生き急いでいる私を癒して、いつも元に戻してくれるのだけれどね」 小松はフッと甘く微笑むと、ゆきをそっと引き寄せた。 「……あと少し……。目処がついたら、子供とのんびりと暮らそう」 小松は、大きくなってきたゆきのお腹を柔らかく撫でてくれる。 とても優しいリズムだ。 こんなにも柔らかくて優しい想いはきっとない。 子供への愛情がしっかりと感じられた。 なんて幸せなのだろうか。 「きっと、皆さんが許してくれないですよ。帯刀さんの“隠居”は」 ゆきがくすりと笑うと、小松は苦笑いを浮かべた。 「私はもう隠居したいのだけれどね」 小松は更にゆきを抱き締めてくる。 「妻と子供と穏やかに楽しく暮らす。私の一番の望みなのだけれどね」 「それが、帯刀さんの七夕さまの願い事ですか?」 そうなれたら、ゆきも幸せだ。 「そうだね。だけど、この子が平穏無事に、五体満足で、母子ともに健康で生まれてさえくれることが、今の一番の願い事かな」 小松は、ゆきのお腹をしっかりと撫でながら、子供に愛情を注いでくれる。 「赤ちゃんも分かってくれていますよ」 「そうだね。私もそう思っているよ」 小松は、ゆきをお腹にいる子供ごと、しっかりと抱き締めてくれる。 迸る小松の愛情を、子供とふたりで受けることが出来るのが、ゆきは何よりも嬉しかった。 「帯刀さん、願い事は必ず叶います。こんなに素敵な夜空だから……」 「そうですね」 ふたりで同じ夜空を見上げる。 それがいかに奇蹟なのだということは、ゆきはよく分かっていた。 「ゆき、君の七夕さまの願い事は?」 小松はゆきをしっかりと抱き締めながら、耳許で艶やかに囁く。 蕩けてしまうほどの甘さに、ゆきは溺れてしまう。 こんなにもドキドキする囁きは、小松にしか出来ない。 「……今は、赤ちゃんが健康で無事に産まれますようにです」 「私と同じだね……。私たちにとっては、最も大切なことだからね……」 「はい。私たちにとっては、大切な子供です……。愛し合う気持ちが、この子になったのですから……」 「そうだね」 ふたりで心を通わせて、愛を紡いで、重ねた、結晶。 これ以上に大切なものが他にあるだろうかと、ゆきは思った。 ふたりの大切な子供だ。 「私って物凄く幸運で、幸せで、欲張りですね。願ったことは、総て叶っているのですから」 「それをいうなら、私はもっとそうでしょ?」 小松はくすりと笑いながら、ゆきを更に強く抱き締めた。 「織姫と彦星は、私たちに嫉妬をしないでしょうか……。こんなに幸せなんですから……」 「……そうだね。だけど、年に一度だけでも、逢うことが出来るのは、ある意味幸せなのかもしれないよ……。もう、永遠に逢えないふたりだって、いるんだから……」 小松は、かつて時空を隔てて離れ離れになってしまった、自分達の境遇を思い出しているのだろう。 何処か切なさが滲む。 もう離れたくはないとばかりに、ゆきの身体を強く抱きすくめてくる。 小松の身体にまとわりついた香の匂いが、ゆきを甘く切ない気持ちに駆り立てた。 ゆきも、また小松の手を強く握りしめる。 「そうですね……。確かに、そうですね。私たちは、一度は、そのような確約のない中で、離れてしまったから……」 「だからね、年に一度逢える約束があるだけでも幸せだと、私は思っていた。君が元の時空に戻ってしまった時、私は、彦星が羨ましいとすら思ったよ。だけど、君は早くに戻ってきてくれた。それからは、私は誰も羨ましく、思わなくなったよ」 「帯刀さん……」 小松は、ゆきの首筋にそっと、口づけた。 「元気な子供が生まれるように、きっと七夕さまが手を貸してくれるよ」 「はい」 小松の言葉ならば本当に信じられる。 神様だとか、願い事をするだとか、全く興味がないだろう小松が、言ってくれるのだから。 「私は、何かを信じるとか、願うとかには、余り興味はないのだけれど、君となら、願っても良い。君とならば、子供のことを願いたい」 小松は甘く笑うと、ゆきに甘えるように顔を寄せた。 「……私も小松さんと一緒だから、こうして祈ることが出来るんだと思います。小松さんと一緒だから、願いが叶うような気になるんです」 ゆきはにっこりと微笑む。 「赤ちゃんが出来たら、きっと、もっと願いが叶うような気がします」 本当にそう思える。 それは、愛する人たちがいるから。 愛されていることが分かっているから。 それ以外にない。 「私もそう思うよ。ゆき、そろそろ、横になろうか?」 「はい。今夜は良い夢が見られそうです」 「そうだね」 ふたりは、静かに部屋に入る。 幸せをたっぷりと感じながら、七夕の夜の願いは必ず叶うと、確信していた。 |