嫉妬の香り


 熊野での再会は偶然で、しかも知盛まで一緒だとは思わなかった。
 将臣を捜して現れた偶然の出会い。
 本当は偶然ではなく、必然のような気がしていた。
 三人で熊野を並んで歩くなんて、想像もしなかったから。
 昼過ぎに川のほとりで休息を取った。
 望美はごく自然に、将臣と知盛の間に腰をかける。
 ふたりを見ると、独特の危険さと脆さを秘めているような気がする。破滅へのマーチが聞こえるようだ。
「お前は……有川とは幼なじみらしいな……。子供の頃から……そうやって……、仲良しこよし…なのか……」
 独特のトーンで話されると、ペースが乱されてしまう。望美はなるべく巻き込まれないようにしながら、浅い呼吸をした。
「そうだよ。将臣くんはいつも守ってくれたんだよ」
「守る……か……。その言葉は……、お前には…相応しくない……。お前は……守られるような……やわな女じゃない……。そうだろ?」
 知盛は、望美も将臣をも挑発するように口角を上げて笑う。それは挑戦的でもあった。
「……あんまりガタガタ言うな、知盛。お前の思惑に、コイツを巻き込むな」
 将臣は硬さの増した声で険悪に言う。
 あくまで余裕を持ってせせら笑う知盛と、いつの間にか身につけた静かな怒りを身に纏う将臣。
 本当に対象的だと、望美は思った。
「……巻き込まれたくなくても、自ら飛び込んでくるタイプだろ? お嬢さんは……」
 喉をくつくつと鳴らしながら、知盛はからかいを止めない。
 まるで将臣の逃走心に火をつけているようだ。
「………!!!」
 突然、細い手首を知盛に取られてしまい、望美は前身が逆立つような気分になる。
 この男は危険過ぎる。
 将臣が獅子のようであるならば、知盛はしなやかな豹だ。神経までも食いちぎってしまうような雰囲気を持っている。
 心臓が痛いぐらいに加速する。耳に煩いぐらいの音だ。
 望美はいたたまれなくなり、唇を噛む。
 このままなら神経衰弱に陥ってしまう。
「……んっ…!」
 手首の深いところに、知盛の指が食い込んできた。痛みに望美は声を上げる。
「……やめねぇか、………知盛……っ!!!!」
 魂の奥底から搾り出された将臣の声は、今まで望美が知らなかったほどの深みを帯びた恐ろしくも冷たい声だった。
 その声にこそ、望美は反応する。
 こんなに静かに烈しい将臣は初めてだったから。
 望美の震えを直に感じたのか、知盛は口角を上げながら眉を寄せる。
「………お前の冷た過ぎる恐ろしさは、神子殿も…、恐ろしいようだ……」
 将臣は知盛を睨みつけ、顎で望美を放すように指図をする。だが知盛は、そんなことに耳を貸さない。
「………女には……執着をしない……お前が……、こんなに…欲しがるなんて……な。側女が聞いたら……、なんて言うか……」
 心から愉しむように知盛は呟き、快楽をかき集める。
「…側女!?」
 言葉だけで胸がキリキリと痛い。望美は眉間に悩ましいシワを寄せた。
 その言葉の意味ぐらいは、望美にも解る。やはり将臣には愛人のような存在がいるのだ。
 解っていたこととは言え、他人の口からそれを聞いてしまうと、泣きたくなるぐらいに辛い。
 自分がまだ与えていない喜びを、将臣に与えるなんて、そんなのは狡いとすら思った。
「……側女になりたがる女が……、有川は後が立たないからな……。神子殿は……、有川の側女になりたそうな顔をしている…」
 淡々と指摘をされ、望美は恥ずかしくて俯いた。知盛の指が食い込んで痛くて、顔が熱いのに胸が痛くて涙が出る。
「……それは、肯定か……神子殿……?」
 何かがプツリと音を立ててキレる。
 望美はうちに秘めていた熱が、烈しい化学変化を起こすのを感じた。
 焔になる。
 それが知盛の思いのままだと、解ってはいても……。
「放して下さい!」
 ぴしゃりと望美は知盛の手を振り払うと、熱を宿した涙が潤んだ瞳で睨みつけた。
「……やはり良い目をする……」
 まるで風雅を愛でるような口調で言われ、望美は頭に血が昇るのを感じた。
 望美はもう一度、炎のような眼差しで知盛を睨みつけると、そのままふたりのいない場所に駆けていく。
「クッ…やはり神子殿は…俺を愉しませてくれる…」
 知盛は振り払われた自分の手に唇を押し当て、将臣に挑戦的な視線を送る。
「……神子殿は危険な果実だな……。だから惹かれるのか…」
「何が言いたい、知盛…」
 将臣は知盛をキレるように睨みつける。だが知盛は唇にエクスタシィを浮かべるだけだ。
 将臣は無言のまま、望美を捜しにその場を離れる。それが知盛を喜ばせる結果になったとしても。

 望美は、知盛に掴まれた腕を、川の水で冷やす。ずきずきとするそこは、鋭い痛みを感じる。
 手首を見ると、うっすらと朱い印が着いている。それを消したくて擦ると、余計に赤くなってしまった。
 まるで知盛の痕をわざとつけているみたいで、望美は泣きたくなる。
 こんな顔が嫌で、望美は必死になって顔を洗った。
「望美!!」
 背中から声がして振り返ると、そこには息を切らせた将臣が立っていた。
「将臣くん…」
「どうしたんだよ、そんな顔をして」
 困ったように心配げな顔を浮かべる将臣に、望美は緊張の糸がプツリと音を立てて切れてしまうような気がした。
「…将臣くん…」
 顔を見るだけで泣けてくる。
「…痛かったよ…」
「しょうがねぇな」
 将臣は、望美の手首を握り締めると、まじまじと知盛がつけた痕を見つめる。
「これは痛いな…」
「うん、痛いよ」
「治療してやるよ」
 将臣は優しげに言うと、真っ赤に燃え盛る望美の手首につけられた痕に、唇を寄せた。
「…あっ…!」
 知盛が付けた痕に代わり、将臣の唇がくっきりと主張するような証を刻む。
 強く吸い上げられて、望美は躰を震わせた。
「…将臣くん…!」
「他の男の痕をお前に刻ませるかよ。消してやるさ」
 将臣の唇につけられた痕は熱くて、先ほどよりは別の意味でほてる。
「あっ…!」
 強く手首を吸い上げられ、肌を震わせると、望美は頭の中が麻薬のような快楽に支配されていく気分になった。
 きっと将臣がとことん欲しくなってしまう。
 強く感じただけで、望美は将臣の胸に縋った。
 唇を放した後、将臣はじっと望美を見つめる。その眼差しは、どこか怒っているようにすら見えた。
「…将臣くん…」
 まともに将臣を見られない。
 きっと知盛に隙を見せてしまった望美を、軽蔑しているのだろう。
「怒ったよね」
「当然だろ?」
 将臣の一言は、望美の胸を貫いてくる。痛くて堪らない。
「…ったく、知盛にまで隙を見せるんじゃねぇよ!」
将臣は感情を爆発させるように言うと、望美を強く抱きしめてきた。
 今度こそ息が出来ない。
 望美は骨がばらばらにかるかもしれないと感じながら、その力強さに溺れてしまった。
「俺以外の男にすきなんか見せるな…」
「見せるつもりなんかなかったよ…」
 望美が反論をすると、将臣に更に強く抱きしめられる。
「俺以外の男の印、消してやる」
「んんっ…!!」
 将臣は、痛みを感じる程に手首を吸い上げ、そこに歯をかりりと宛う。
「や…っ!」
 望美は痛みに声を上げながらも、そこに印を刻まれることが嬉しかった。
 将臣が唇を離すと、くっきりとした痕が遺っている。
 望美はそれを指先でなぞった。
 将臣はそれを厳しい顔で見つめていたかと思うと、いきなり唇を奪ってきた。
 誰よりも先に、愛の印を刻み付けたかった。
 唇を強く吸い上げられ、それこそぷっくりと膨れ上がってしまう。
 望美が将臣のものであることを、示すような腫れ上がりかただった。
 将臣は、望美に自分を更に刻み付ける。
 舌を深く入れこむと、我が物顔で望美を味わい尽くした。
 思考が完全に麻痺をする。
 力が抜け去って、総てを将臣に預けたところで、キスから解放された。
「-----もう、誰にも隙見せるな」
「解ってる…」
 望美は将臣の胸に、甘えるように、コツンと額をつける。
 くしゃりと髪を撫でてくれた将臣の指先は、甘くあたたかかった-----
 
 暫くして、知盛のところへ戻ると、当の本人は昼寝をしていた。
 しかしふたりが来るなり、しっかりと結ばれた指先を薄く眺めた。
「……行こう。まだ、怪異は解決できていないから……な」
「うん、そうだね」
 三人はまた微妙なバランスを保ちながら歩き出す。
 夏はもう色褪せ始めていた-----
コメント

十六夜の熊野です



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