〜天使の庭園〜

恋のジンジャーティ


 こんな状態では、お客さまに迷惑をかけてしまう。ましてや、レオナードにかける迷惑はかなりのものだ。
 エンジュは溜め息をつきながら、天使の庭園に向かう。
 休むと電話で一言言えば済むことではあるが、レオナードの顔が見たくて、エンジュは店に赴いた。
 どうしようもないぐらいにレオナードのことが好きだ。
 どこが良くて好きになったのか解らないのが、恋の良いところだ。
 ほんの僅かでいいから顔を合わせたいだなんて、どうかしているとエンジュは思った。
 風邪の熱なんかよりも、恋の熱でどうにかなっていると思わずにはいられない。
 エンジュは鼻を啜りながら、天使の庭園のドアを開けた。
「おばようございまず」
「何だァ! その鼻声は!」
 開口一番、レオナードはエンジュの声に驚いた様子で、目を見張った。
「すげェ声をしてるなァ。今日はとっとと帰って、しっかりと養生するんだぜ」
「はい。だがらお休みを言いにぎだんでず」
「電話で良かったのよ」
「はい。いぢおう念のために」
「そうか。早く寝て、早く治せよ」
 レオナードは心配するように眉根を寄せている。その顔を見るだけで充分だ。良い特効薬になるにちがいない。
 エンジュはレオナードに深々と頭を下げて、礼を言おうとした。
「有り難うございます」
 頭を上げようとしたところで、視界がくるくる回り始める。
 躰のバランスが上手く取れなくなり、立っていることすら苦しくなる。
「あ、あれ!?」
「エンジュ!!」
 倒れてしまう直前に、レオナードがしっかりと逞しい腕で支えてくれる。
 その力強さを感じながら、エンジュは意識を飛ばした。

 意識を取り戻して最初に視界に入ったのは、レオナードの心配そうな眼差しだった。
「大丈夫かよ!?」
「あ、はい大丈夫です。有り難うございます」
 エンジュは戸惑いを隠しきられないまま、ぼんやりとした頭でレオナードに礼を言った。
「ったく、んな躰でここまで来なくても良かったんだぜ?」
 レオナードは心配の余りか、キツイ眼差しを向けてくる。
 その眼光の鋭さに、エンジュは縮こまってしまった。
「まァ、少し休んでいけや。それから帰っても遅くはねぇだろ?」
「はい」
 いつものソファの上に寝かされ、正直、ホッとした。ここで充電をすれば、何とか帰りまで持ってくれるだろう。
「寒いだろ? 何かあったまるもんを作ってやるよ」
「有り難うございまず」
 何時もよりも優しいレオナードが何だかくすぐったい。
 エンジュはふらふらしながらも、思わず微笑まずにはいられなかった。
「とりあえず、これを貼っておけ」
 額にぴったりと貼られたのは、熱を冷ます為のシートだった。
 ひんやりとしていて気持ちが良い。
 レオナードに包み込むかのように、大きな手が頬を触れてくれる。
 ときめきで胸がどうにかなりそうだ。甘くてたまらない胸の奥にある興奮に、エンジュは踊り出してしまいたい気分になっていた。
 レオナードが部屋から出て行くと、エンジュはくすくすと笑い出したくなるぐらいの幸福を感じた。
 風邪で気分が悪くてたまらないと言うのに、一番幸福だとすら感じた。
 今は、気分の悪さよりも、レオナードへの想いが勝っていた。
 温かな音が聞こえ、レオナードが何かを作ってくれているのが解る。
 夢見るような素敵なシーンに、顔もなにもかもが緩んでしまう。
「おら、これでも飲んで、しっかりとあったまるんだぜェ」
「有り難う…」
 ほわほわとした優しい湯気を持って、レオナードは現れる。湯気に煙るレオナードは、エンジュだけの騎士様に見えた。
「おら」
 レオナードが差し出してくれたのは、あたたかそうな紅茶。ほんのりと生姜と蜂蜜の香りがする。
「レオナード様特製の、ハニージンジャーティーだ。有り難く召し上がれ。喉や鼻にも良いだろうからな」
「はい。有り難う」
 今度はエンジュが湯気でほわほわになる。とても心地良い気分だ。
 一口飲むと、口の中はさっぱりするのに躰はぽかぽか温まった。魔法のような紅茶だ。
「美味しい!」
「だろ? これを飲んで、しっかりあったまって寝たら、明日には風邪はどっかに行っちまってるぜェ!」
「わらひもそう想います」
 甘くてほんの少し苦くて、温まる濃厚な味。まるでレオナードみたいだと、エンジュは思った。
「美味しくてぽっかぽっかの味がする」
「ブランデーを入れているからな」
「ブランデー!」
「ちょっとだけな」
 小粋なウィンクにエンジュはドキリとする。
 風邪で参っている時にこんなにドキドキするなんて、相当レオナードが好きらしい。
「有り難うございます。少し休んで具合が良くなったら、帰ります。レオナードさんは仕込みをしてください」
 本当は傍にいて欲しい。だがそんな我が儘は許されない。エンジュが気を遣って言うと、レオナードは僅かに眉を上げた。
「今日は休みにする」
「ええっ!?」
 キッパリと男らしく宣言されて、エンジュは目を丸くする。
「待っているひとがいますよっ!」
「いいんだよ。おい、エンジュ。お前さ、オトコマエだからって、そんなに気を遣ったり、気を張ったりするなよ。…病気の時ぐらい、甘えろや…」
 レオナードの意外な言葉に、エンジュは思わず顔を覗きこむ。瞳がうっすらと紅に染まり、照れているのが解った。
 照れているレオナードが可愛いくてたまらない。心がほっこりとしてとても幸福な気分になった。
 エンジュがくすりと笑ったことに気付いたのか、レオナードは憮然と背中を向ける。
「かいがいしく看病してやるよ」
 怒るレオナードに、エンジュはまたくすくす笑う。
 逞しくも頼りになる背中に向かってそっと呟いた。
「…大好き…」
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。
すごく久しぶりの更新です。
書いていていて楽しかったです。
やはり原点だ





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