レオナード×エンジュ「出逢いの扉」
恋は何処でも落ちている。そう、オフィスの片隅にある自動販売機の前にだって。 備品が詰まった段ボールを抱え、エンジュは自動販売機の前に差し掛かってきた。全く骨が折れて息も切れる。 総務部の男たちと来たら使い物にならない。文具などの備品を箱ごと運搬し整理をするのは、いつもエンジュの仕事だ。 だからいつか逞しい男性が、総務部に入ってきて、仕事をしてくれレ内意のにと思う。あいにく、有能で逞しい男たちは、みんな、営業課に行ってしまう運命だ。総務と言えば、女性の職場、男でもなぜか女々しいスタッフが多すぎる。 ビールでも飲みたい気分だったが、あいにくここは会社だ。そんなものはあろうはずもない。 自動販売機の魅力的な明かりがちらちらと光り、とりあえず荷物を下ろして休憩することに決めた。丁度喉も渇いたし、朝から荷物運びで三往復しているのだ。ここで少しぐらい休憩しても構わないだろう。 自販機のジュースは福利厚生のため、外のコンビニで買うよりはずっと安い。ビンや缶に入ったものは90Gだし、ペットボトルのものでも120Gを出せば買える。全く有り難い。 エンジュはオトコマエにも肩から掛けどこかの酒屋で貰ったタオルで汗を拭きながら、さっぱりとしたイオンサプライドリンクを選んだ。 それを腰に手を当てて、喉を鳴らして飲んでいく。 「ぷは〜っ!」 一気に満足の息を吐いたところで、横に大きな影があることに気付いた。 白いヘルメットを被った、背の高い体躯の良い男。ヘルメットにはウサギマークの”タンタン高層清掃”と書かれている。 ”タンタン” エンジュも好きなキャラクターで、ぬいぐるみを机の上に置いているぐらいだ。ここの会社のペットマークになっているなんて、社長はさぞかしセンスの良い人物に違いない。 しかも、作業着にもワンポイントで”タンタン”マーク。肩から掛かっているタオルにも”タンタン”だ。 思わずエンジュは目の前の男の観察をして、興味津々に見つめている。 気付かれたのか、男が睨むような仕草をしたので、エンジュは慌てて視線を引っ込め、ジュースを飲む仕草をした。 「うぐっ!」 慌てて飲もうとしたのが、ダメだったかもしれない。ジュースは見事に気管に入り、逆流して、エンジュはむせ返った。 「おい、大丈夫かよ?」 太くて少し粗野な感じがするが、心地の良い声が男から発せられると同時に、背中をさすってくれた。 背中に感じる手がとても逞しい。力が漲り、エンジュが知る男たちとは、全く違っているのを感じた。 「あ、有り難う…」 素直にお礼を言うのも、なんだか心をときめかせてしまう。こんなことは、今まで感じたことはなかった。 「最初の機会で、恋を感じないのなら、それは恋ではない」そう言った劇作家がいたが、まさにその手は、エンジュにとって”恋”がたっぷりと詰まっているものだった。 「もう、大丈夫」 「おう」 男がすんなりエンジュの背中から手を外したので、喪失の寂しさを感じずにはいられない。それぐらい、エンジュにとっては”理想の手”だった。 男の視線は、ちかちかと中の電気が切れかかっている自販機に吸い寄せられている。それを見ながら、自分にないのがすこし残念に思ったり、メーカーに電話をして対応してもらわなければ、などとぼんやり考えていた。 男もエンジュと同じイオンサプライドリンクを選ぶ。 「肉体労働の後はこれに限るよなァ」 男はエンジュをちらりと見て言う。あんたもそうだろうとばかりに。これでもこちらは乙女なのだ。エンジュは少し、つんとする。 「私は肉体労働じゃないもん」 「こんなに荷物運んでて大したもんだなァ。俺も負けそうだぜ」 男の視線は、エンジュの横に積み上げられている3段の段ボール釘付けになっている。 「いっつも段ボールを運んでいるよなァ、あんた。ここの男たちはどうしてるんだよ」 「どうして知ってるの!?」 余りにも的確に指摘されたので、エンジュは口をあんぐりと開けて驚いて見せた。こんな事を知るのは会社内部の人間でしかありえない。 「あなた、うちの社の人?」 「いいや、あれだ」 そう言って男は、向かいのビルにつり下げられている窓ふき用のゴンドラを指さす。 「あんたの所のビルの窓拭きしてるんだ。ここは窓を拭くのが好きみてえだから、頻繁に来させて貰ってる。あんたはいっつも段ボールを持っているイメージがあるけけどなァ」 見られていた。エンジュの白く円やかな頬に羞恥の赤みが差す。 「オトコマエだなあっていっつも思ってたんだぜェ」 「言わないでよ、もう!」 エンジュは顔を背けると、口を尖らして腹ぽんぽんな顔をした。それを見る男が鼻で笑うのが判る。 「だってホントのことを言ったまでだぜェ。が、女にこんな荷物を持たせるなんて、ふてえ男たちだな」 「良い人材の男性は、総務なんかに来ないわよ」 「フン、じゃあ、俺がこれを運んでやる」 男が本当に男前なことを申し出てくれ、正直エンジュは驚いた共に、歓びのときめきを感じた。こんな申し出をすんなりと出来るなんて、無骨な雰囲気でもフェミニストなのだろうか。 「さてと運んでやるから、あんたの名前を教えろや」 名前の聞き出し方までどこか男らしい。直ぐに名乗ってしまいたいが、男の名前も知りたい。 「そっちから名乗って」 「俺様はレオナードだ。あんたは」 「エンジュ」 シンプルに名乗った。 「フン、オトコマエのエンジュちゃんか」 「オトコマエは余計よ!」 「でも実際そうだろう?」 こんなに沢山の荷物をひとりで運んでいるんだからと、レオナードの目線は物語っている。 「仕方なしによ」 どうしてこの男はこんなに不遜で偉そうなのか。エンジュは拗ねる態度で抗議を示した。 「フン。じゃあ、どこまで運んだらいいんだァ?」 「総務部のオフィスまで」 「了解」 エンジュがあれだけ苦労して持った3箱の段ボールを、レオナードはいとも簡単に運んでいく。あまりにもスムーズすぎて、エンジュが驚いてしまったほどだ。 やはり腕っ節の良い男は良いものだ。他の総務の男どもにも見せてやりたい心境だ。 エンジュはレオナードを総務部のオフィスに案内する間、色々と雑談をした。 「ねえ、レオナードさん、どうしてレオナードさんの会社は、トレードマークが”タンタン”なの? ヘルメットも作業着もタオルまで!」 「社長が可愛いもんが好きだからじゃねえのか? ”タンタン”がトレードマークになったのは、最近だけれどなァ」 エンジュは、まるで母親の周りを纏わる子供のように、レオナードに話しかけている。一生懸命に。 「恥ずかしくない? 大の男が”タンタン”付けるなんて」 「いいや。これもお仕事だぜェエンジュちゃん」 気にしていないどころか少し嬉しそうなレオナードの口調に、エンジュの顔も自然と綻んだ。 「だったら、ノベルティとかあったら欲しいな。私”タンタン”の大ファンなんだ」 「いいぜェ。また自動販売機前に来たら渡してやるわ」 「有り難う。ねぇレオナードさんはいつもこれぐらいの時間に自販機前に来るの?」 「ああ。相棒と交代でな」 確かにうちのビルの窓は沢山あるから、チームを組んで清掃に当たらなければ終わらないのだろう。たまに窓を拭いている姿を見かけるが、エンジュは取り立て今まで気にしたことはなかった。顔もよく見えないし、当然と言えば当然なのだが。 「はいっ! ここが総務部です。この辺りに置いておいて下さい」 「おう」 レオナードはも茶下駄時と同じように軽々と、荷物を床に下ろしていく。エンジュにとっては結構重たい物だったのだが、やはりレオナードは男だ。エンジュが苦労することでも、簡単にやり終えてしまう。 作業着越しに見えるレオナードの腕には、逞しい筋肉が付いていることは直ぐにでも見て取れた。 それが精悍で男らしく、エンジュを虜にする。思わず、腕の動きに魅入ってしまった。 この腕に抱かれたらどうなるのだろうか。この腕に持ち上げられた、どれぐらい素敵なのだろうか。垂涎してしまう。 「おい、終わったぜ」 「あ、有り難う!!」 声を掛けられて、エンジュは直ぐに自分の表情を締めた。呆けた顔など見られたくはなかったから。 「また何かあったら言えや。窓でも叩いてくれたら、すぐに来てやるから」 「うん」 「じゃァな」 手を軽く上げたレオナードに、エンジュも手を何度も振って応える。見送る背中は広くて逞しく、いくらオトコマエのエンジュであっても充分に護って、お姫様気分を味合わせてくれそうだ。 ときめきの余り頬を紅潮し、思わずおさげを弄んでしまう。貪るようにレオナードの背中を見つめながら、幸せなひとときを楽しんだ。 これがふたりの出逢いだった。 * レオナードに自動販売機前で恋に落ちてからというもの、妙に仕事が楽しくてしょうがない。窓を見つめながら笑ってばかりいるので、なまっちろい男性社員には気持ち悪るがられていたが。 窓を見ていて思い出した。自動販売機のメーカーに電話をして、明かりの調子が悪いことを言わなければならない。 電話をして、今日の仕事はおしまい。終礼の5時となる。 エンジュがいる部署は残業がない。営業事務などをしている同期はいつも気の毒に思うし、国際部にいる友人は夕方から出勤というのもざらだ。 「神様に感謝しなくっちゃ。ファイリングに技術を与えてくれて!」 エンジュはぱたぱたと机の周りを片づけると、同期のアンジェリークと目があった。手招きをされたのでいそいそと向かうと、アンジェリークは掌に小さなお菓子の包みを置いてくれた。 「萩の月。来客のお土産なの。今日も荷物運びに頑張ったエンジュにご褒美ね」 「有り難う!」 本当は自分が頑張ったわけではないので、すっからかんの笑顔を浮かべたが、それでも萩の月は好きなので、嬉しく頂くことにした。 アンジェリークは総務部、いや、スモルニィ商事一おやつに敏感な女の子で、どこからか情報を集めてはおやつを取りに行ったりする。全くの食いしん坊だった。だが、友人で同期のアンジェリークがくいしんぼうだったおかげで、エンジュは様々なお菓子のお相伴を頂いているのだが。 ふたりは仲良く鞄を持って更衣室に向かう。可愛いけれど少し地味な制服から私服に着替える。 といっても、ふたりはそんなに派手ではなく、どちらかと言えばラヴリィテイストな可愛い服がお好みだった。 「エンジュ、スモルニィ・リビング新聞のさ、試供品配るに行こうよ。ちゃんとクーポンせしめといたから」 「うん、行く、行く!」 制服から私服に着替えて、OLのアフター5は始まる。アンジェリークもエンジュも彼はまだいないけれど、週末の楽しいひとときを過ごす。 「化粧品の新作の試供品も入ってるンだって。新しいのを試せるのもお得だよね」 「そうね」 などとOL独特の会話を楽しく繰り広げていると、目の前に今日出逢った男の姿を発見した。 「レオナードさん」 「ああ、エンジュちゃん、今、帰りだろ?」 私服のレオナードはどちらかと言えば艶やかな雰囲気を醸しだし、粗野と言うよりもワイルドといった言葉のほうが似合っていた。 黒いシャツに胸元は銀色のチョーカー、パンツはブラックジーンズ。脚の長さと背の高さを助長させている。作業着姿では判らなかったが、相当スタイルは良かった。 シャツからちらりと見える胸元も筋肉が付いていて逞しい。存在感がたっぷりあって、思わず感嘆の息が漏れた。痩身の男など存在感がないに等しいとすら思う。 「花のウィークエンドだ。お知り合いになった印に、一緒に飲みにいかねえか」 「あ、あの」 アンジェリークもいる手前どう答えていいか判らないだが、アンジェリークはにんまりと笑うと、背中を優しく叩いてくれた。 「じゃあ私、お楽しみ試供品袋取りに行くね? じゃあ」 ウィンクをした後、同期は小粋に走り去ってしまった。 「おい、アリオス」 レオナードは後ろにいる、銀の髪の青年に声を掛ける。彼は逞しいがすんなりとした、半獣神のような危険な魅力の持ち主だった。 「俺はいいわ。アテ外れ。じゃあな、レオナード」 「ああ」 青年はひらひらと手を振って、雑踏の中に紛れ込んでいく。その背中もまた、頼りがいがあるような気がした。 「レオナードさんの同僚?」 「ああ。俺の相棒。一緒に窓拭きしてる」 「ふうん」 レオナードにしてもアリオスと呼ばれていた銀髪の男にしても、どうしてこの会社は素敵な窓ふきが多きのだろうかと、エンジュはぼんやりと考えていた。 「なァ、美味い居酒屋知ってるんだが、一緒に行かねえか」 「行く!!」 居酒屋といえば美味しい物をたっぷりと食べさせて貰えるだろう。よだれが出てくるのは、お腹が究極に空いているからだろう。 「早く行きましょう! お腹が減ったら止まりそう」 「仕方がねェなあ」 エンジュはレオナードに花見ならぬ熱いフィーリングを感じながら、何も考えずに着いていくことに決めた。折角、友人がくれたふたりきりのチャンスなのだから。 レオナードが連れて行ってくれた居酒屋はかなり古かったが、雰囲気が良く、魚も新鮮で、料理も美味しそうだった。 メニューを見るなり、エンジュの唇からはどんどん注文の品が呪文のように出てきた。甘い緊張はあったが、レオナードの前では不思議と変な緊張はなく、一緒にいるだけで楽しくなる。 「白子のゆずポン酢、あじのたたき、揚げ出し豆腐、フグの唐揚げ、ネギいりだし巻き、ささみのカルパッチョ、ホッケの塩焼き、ぶり大根。あとナマ中ね!」 「良く食うなァ。それでこそ漢だぜェ。エンジュちゃん。俺様は”はなたれ”」 レオナードはケチで行っているのではなく、感心しているのがその声のトーンで良く判った。でもまだ序の口。アンジェリークと一緒に居酒屋なんぞに行けば、これの倍は並ぶのだ。 「ひとこと多いって。あのね、鼻水飲むの?」 「アホ! ”はなたれ”は有名な焼酎なんだよ!」 「まあ、”美少年”みたいなものか」 「違うって」 ボケと突っ込み上手く絡み合いながら、ふたりの楽しい会話は続く。お互いの空気が手に取るように判るかのように、会話も弾んだ。 いつしか遠慮無く、お互いに敬称を付けて呼ぶのも止めた。それはごくごく自然にそうなり、敬称のないほうが心地が良いとエンジュは思う。 「そうだ。おまえが昼間に言ってたノベルティを持ってきてやった」 「有り難う」 エンジュはレオナードから渡された紙袋を、楽しげにうきうきと覗き込むと、作業着にタオル、その上にヘルメットやTシャツまで入っている。すべて”タンタン”印だ。 「ヘルメットはいらなあい」 「ヘルメットは、地震や雷火事親父にあった時に便利だぜェ」 「クマさんに逢った時もね」 にやりとエンジュは含み笑いをしてレオナードを見る。 「俺はクマなんかじゃねェ、失礼な」 「誰もレオナードがそうだって、言っていないじゃない」 エンジュはそう言って、運ばれてきたあじのたたきを食べると、レオナードも横からつまんできた。 「美味いだろ? ここの魚類は最高だぜ」 「うん。美味しい。アンジェもレオナードの友達も来れば良かったのに」 「また、来る機会はあるさ。アリオスもな」 「そうね」 エンジュはまだ、レオナードが言葉の意味に含めたダブルミーニングをきちんと理解してはいなかった。 「ここの魚は、ゆうめいなユーイ&ルヴァで熱かったものを、ヴィクトールおやぢが捌いて料理にするから、最高に美味いんだぜ」 「へえ、美味しそう」 「締めに鯛茶漬けはかかせねェ。美味いぜ」 「楽しみ!」 この夜は、ふたりで大いに愉しみ、飲み、そして食べた。会話を弾ませるのも楽しかったし、何よりもフィーリングがあった。 ソバにいるだけで楽しくて、お喋りをするだけでも楽しい。 レオナードはヘビースモーカーでよく煙草も吸ったが、いつもなら髪に付いたりして気になる煙草も、今日は全く気にならなかった。 時間はあっという間に過ぎていく。締めにと注文をした鯛茶漬けが来てしまった時に、エンジュは切ない気分になった。 「どうした? エンジュ」 「何でもない」 レオナードに顔を覗き見されたが、エンジュはわざと視線を逸らせた。寂しいだなんて思っていることを、この男には知られたくなかった。 「今夜ももうすぐ終わりだなって」 エンジュが時計を見ると、もうすぐ10時になろうとするところだ。4時間以上も面白く可笑しく過ごしてきたとは、思えないほどの時間を感じない、充実したひとときだった。 「夜はこれからじゃねェのか? 週お互いに。週末だし、明日は休みだ。それとも門限とはあるのか?」 「ないよ。ひとり暮らしだし」 「だったら、つきあえや」 これ以上先に進んだら危険な気もするし、かといって、ここでお別れをするのも寂しくてしょうがない。 「…外でアイスクリームぐらいなら、食べようかな」 「それでこそエンジュちゃんだぜェ」 目の前にいる粗野な男の魅力に、全く逆らえないでいる。変な魔法に掛かってしまったのかもしれない。 今日の昼間に見せられた、レオナードの逞しい魅力の魔法に。 「さあ、食おうぜ。鯛茶漬け」 「うん!!」 この鯛茶漬けというのが絶品で、エンジュは何度も美味しさの余りに唸った。 本当に美味しいのだ、掛け値なしで。 新鮮な鯛をご飯の上に乗せ、ゴマ、高菜、壬生菜、野沢菜、柴漬けと言ったおつけものの上に、美味しいだし汁を掛けて食べる。じゃこも乗っていて、本当に、小腹が空いたのを優しく癒してくれるのだ。 「美味しい!!」 エンジュは全部を食べきってしまうのが勿体ないと思いながら、でもするすると食べ続け、とうとうお茶碗の中は空っぽになってしまった。 「さてと、一件目はこれで〆だな。次がまたいいところなんだァ、着いて来いや」 レオナードが先に立ち上がり、エンジュをそっとエスコートしてくれる。その動きはとても洗練されていて、トレーニングがされた舞台俳優のようだった。 「有り難う…」 洗練された動きを素敵だと思う自分が、少し恥ずかしく思いながら、エンジュは差し伸べられたレオナードの手を取った。 温かい。大きく、そして力強いレオナードの手は、握られていてとても気持ちが良いものだった。 ずっとこのまま握りしめていて欲しい エンジュに希望通りに、レオナードは手を離さないでいてくれた。 レジで払ってくれたのもレオナードだった。しがない窓ふきの彼に全額出させるのもどうかと思い、エンジュは自分で出そうとしたが、断られてしまった。結構、ふたりで飲んだり食べたりしたので、相当な料金になってしまったのだが。 「出世払いな、エンジュ」 「はいな」 出世払い。そんな響きも悪くはない。エンジュはくすくすと心地の良い笑みを浮かべながら、レオナードには素直に頷いた。 店を出てからも、ふたりは手を繋いだままだった。ずっとこのまま温かい手に包まれたままでいられたらいいのにと思う。 街は、週末ということもあり、まだまだこれからのような雰囲気だった。エンジュ寄りもした野世代の男の子たちが、楽しそうに道路にたむろしている。これから、仲間たちとどこかに出かけるのだろう。かたや恋人同士は、お互いの躰を寄り添い合って、目抜き通りを歩いている。文字通り、街は眠らない様相を呈している。 そんな眠らない待ちに、レオナードとふたり楽しく闊歩出来るのは嬉しかった。 特に何処の店に入るというわけもなく、外から覗くというのも凄く楽しいし、音の外れた”TWO HEARTS”もどきのおじさんデュオを聴くのも楽しかった。 長くも短い週に一度しかない素晴らしい夜を、誰もがめいいっぱい愉しもうとしているのが判る。 自分たちもめいいっぱ愉しんで、楽しみたい。 「ナァ、俺たちもめいいっぱい楽しもうぜ」 エンジュの心を察したのか、レオナードが誘うように言ってくれたのが、凄く嬉しい。手をぎゅっと握りしめ合った腕を、ふたりでリズム狩るにぶんぶん振る。まるで小学生のように。それがまた楽しかった。 「楽しい」 「だろう」 歩くだけでうきうきする。鼓動だって、髪の先だって、総てが楽しそうに揺れて、この瞬間を楽しんでいるよう。 自分たちの身長差にもなぜかときめきを覚える。 「レオナード身長は何センチ?」 「あ。192センチ」 「大きいんだ」 こんな長身の男性とは、日頃関わることがないので、エンジュには新鮮な驚きだった。 レオナードは小さな酒屋に入り、小瓶のスパークリングワインを買う。つまみにとチーズの詰め合わせを買う。美味しそうで、思わず喉を鳴らしたエンジュに、「後で食べさせてやる」と笑っていってくれた。 エンジュにはゆずシャーベットを買ってくれた。沢山食べたり飲んだりした後は、やはり口の中はさっぱりしたいものだから。 もう少しだけ、後もう少しだけこのままでいたい。レオナードの吐息や、豪快な笑い、温かくて力強い手の感触をもっと感じていたい。 「エンジュ」 切なく思っていると、レオナードの大きな親指が手の甲を撫でてくれた。親密を感じる。どうしようもない親密を。でももっともっと触れあった親密も欲しいかもしれない。 週末の華やかで自由な雰囲気と、それを心地よく想う自分の気持ちが、何度も背中を押してくれた。 そして。抵抗することもなく、30分後には、レオナードの部屋にいた。 * 「お邪魔します」 「どんぞ」 レオナードの部屋は、こう言っては失礼なのだが、窓拭きには相応しくないマンションだった。 正直単身用のワンルームだと思っていたのだが、一家族が住めるような3LDK。しかもLDK部分だけで18畳もある。立派な一室だった。 男所帯のせいか札然としていたところもあったが、意外にこぎれいで驚いた。 女の人でも…。そんなことを一瞬でも考えると、エンジュの胸は切なく痛み、苦しかった。 「その辺りに座ってくれや。さっきのワインとチーズ、ちょっとしたつまみを作ってやるから」 「有り難う」 「床暖房も付けたから、ほんのり温かくなるだろうから待ってろや」 「うん」 レオナードの問いにも、エンジュは落ち着き無く返事をしながら、ぐるぐると部屋を回る。 LDKの中央にはカウチソファと立派なプラズマ大型TVとオーディオセットがある。 「凄い! DVDも見がいがあるねえ。あ! ”LOVE ACTUARY”じゃない! 私見たかったけれど、見逃しちゃったんだ。リチャード・カーティスの映画、大好きなの、私」 落ちつかないようにおさげを弄りながら、エンジュは明るく言う。レオナードを男として意識しているなんて、悟られたくなかったから。 「だったらセットして見ろや。俺もリチャード・カーティスの映画は好きだぜ。後はジョージ・クルー二ーとかなァ」 「じゃあERある!?」 「ああ。その棚んとこ」 言われた通りに探すと、確かにそこには、エンジュが夢中になってみたドラマのDVDがあり、早速それを再生した。 画面に集中するふりをして、じっとレオナードを意識していたのは、絶対に言えない秘密だった。 暫くすると、とても良い匂いがしてくる。レオナードが何かを作ってくれていて、ほんのりキムチの匂いがする。 「美味しそうな匂い」 「だろ? ユッケカルボナーラだ」 レオナードが持ってきてくれたのは、本当に美味しそうだった。うどんにユッケ、卵、そしてネギとキムチが乗っていて、本当に美味しそうで、先ほどあれだけたらふく二食べたというのに、また食べたくなった。 「お前はスパークリングワインがいいか? それともミネラルウォーターか?」 「もう、ミネラルウォーターでいいや。レオナード、一緒に、ER見よ!」 「おう」 レオナードが飲み物を準備してくれている間に、エンジュはDVDを準備した。「ER」を見たくなった理由は判っている。主役の声が、レオナードによく似ているのだ。 レオナードが横に来て、ユッケカルボナーラをつまみながら、ふたりでDVD鑑賞となった。すでに日付が変わりそうな時間に差し掛かっているが、エンジュは時間を忘れたくて、それ以降、時計を見ることはなかった。 「美味しいねえ、これ。今度作り方を教えて?」 「お安いご用だぜェ」 「有り難う」 さりげなくレオナードが腕を肩に伸ばしてきても、エンジュはすんなりと受け入れた。それどころか逞しくて、とても気持ちがよい。 「”ER”のね、スタンドインしている人の声と、レオナードの声がそっくりでいいなあって」 「エンジュちゃん、さては俺に惚れたってわけ?」 からかうように言われて、エンジュは頬を染めながら、お得意の目線を逸らす。だが、レオナードはにやにやと、からかいと甘さが含んだ笑みを浮かべている。その笑みですら素敵だと思っているのは、既に骨抜きになっている証拠だろうか。 「こっち向けよ」 「あ…」 理想的な爪を持つ逞しい親指が、エンジュの頬を、二度、三度と、甘く撫でる。甘い旋律が腰辺りに走り、息を大きくすると、レオナードが笑った。 「感じやすいんだな、エンジュは」 「そんなこともないもん!!」 つい強がりを言ってみるものの、こういったシチュエーションは初めてなのだからしょうがない。躰の芯が僅かに震えるのを感じたが、レオナードの奥底まで見ているような翠の視線に見透かされたくなくて、エンジュは気丈な態度をとり続けた。 「…本当かどうかは、俺が決めてやるぜェ、エンジュ」 「あ…」 唇を僅かに開けると、誘っているのかと取られたのか、レオナードの唇が重なってきた。かすかにお酒とキムチの匂いがするなんて、なんてリアルなんだろう。こんなの、憧れのネオロマンスなんかじゃない。 熱っぽくて触れた唇だけが熱かったのに、抱き寄せられて躰が密着すると、熱が全身に飛び火する。 ただ重ねているだけの唇が、吸い上げられ始める。吸い上げられて舌で唇を舐められると、自然と唇が開き、レオナードの舌が容赦なく絡みこんできた。 「…あ…う…」 躰の奥からは甘い呻き声が漏れ、エンジュを支配する。歯列を割り、深い愛撫は容赦なく、じんじんと躰が痺れるぐらいに熱くなった。 こんなに激しいキスを知らなかった。エンジュが知っているキスと言えば、せいぜい、犬や猫を相手にする柔らかなものだったからだ。 キスだけで腰が重たくなる。こんな経験を知らない。どうしていいか判らず、この感覚が何かが判らずにいて不安になり、エンジュは唯一教えてくれるであろうッレオナードの背中に、きつく手を回した。 それが男女の間では同意の証だなんて知らなかった。 レオナードのキスは更に深みを帯び、しっかりと抱きしめてくる。宥めるように、淫猥さを滲ませたレオナードの手が背中をなぞってきた。背筋がぞくぞくとして、密度の濃い旋律が怖くて、エンジュは更に躰を押しつけた。 呼吸が完全に支配されてしまった。自発的に出来ないのが辛い。レオナードが僅かに唇を離す瞬間だけが許された時間で、それも直ぐに熱くなった唇に遮られる。 もっと、もっと、酸素が欲しい。顔全体が熱くなる。それが痺れるような感覚によるものなのか、酸素不足によるものなのか、エンジュには判らず、思わず厚いレオナードの背中を叩いた。 すると唇が離され、エンジュはようやく深呼吸をすることが出来た。胸が上下するような深呼吸をする間、金の髪を乱したレオナードが、熱を滲ませた翠の眼差しで捕らえてくる。熱くなった視界に映る、楽しげで余裕のある横顔が、なぜだか憎らしいと重うと同時に、セクシーだと感じた。 「火がついちまったみてェだな…」 「あ…っ!」 耳朶を舌でぺろりと舐められて、耳の奥までくまなく嬲られる。くすぐったいのか気持ちがいいのか判らない感覚に、躰が情熱に染まりきったことに気付いた。 驚いてレオナードを見つめていると、甘くてからかっているような眼差しを突き刺してくる。男っぽい容貌とセクシーな吐息が、エンジュから理性を奪っていく。 ぎゅっと抱きしめてくると、貪るように首筋に舌を這わせてきた。レオナードの舌はとても熱く、そこに彼の体温が総て集中しているかのようだ。 背中に回された無骨な手が、ぷつりとブラジャーのホックを外したと同時に、エンジュの理性は完全に弾け飛んでいた。 胸の圧迫が無くなると同時に、柔らかな開放感に熱っぽい吐息を吐く。 「お前がすげェ感じやすいってことを、この俺様が教えてやるよ」 レオナードの声と、TVから聞こえるジョージ・クルーニーのスタンドインが被る。かたや極限までにセクシーで、かたや真面目な色合いが濃い。微妙なコントラストなBGMに、エンジュは更に淫らな気分になった。 「続きは向こうだな」 レオナードが軽々しくひょいと躰を抱き上げてくれた。エンジュなど、昼間に運んでくれた段ボールと同じぐらいの軽さだと言わんばかりに。 堂々とした腕はやはり筋肉が綺麗に付いていて逞しく、そして温かい。 昼間から心のどこかで夢見ていたレオナードの腕に抱き上げられたことで、エンジュはロマンティックな気分を盛り上げていた。 運ばれたレオナードの寝室には、大きなベッドが置いてあった。これだけ身長が高いのだ。普通のベッドでは無理が出る。 ベッドには意外にも優しく寝かせてくれた。シーツがひんやりと冷たくて丁度いい。飲んだアルコールのせいか、レオナードのキスのせいか判らない躰の熱さには、丁度良いように思えた。 寝かされて、お気に入りのニットを脱がされる。一瞬震えてしまったが、レオナードの大きく温かい手が肌に触れると、不思議と熱いのに心が安まった。 少しいびつに大きな胸が露わになり、レオナードに情熱的に見つめられると、恥ずかしくて堪らなくなる。隠したいのに、レオナードの眼差しの威力が強すぎて、隠すことが出来なかった。 「綺麗だぜェ、エンジュ」 「嘘ばっかり」 泣きそうになりながら抗議すると、レオナードはぎゅっと抱きしめてきた。 「自信を持て、お前はマジ綺麗だ」 それを証明するかのように、レオナードの舌が鎖骨のくぼみを舐め、少しずつ愛しいもののように、胸へとずれてくる。舌の淫猥な動きと、敏感すぎる肌が震えて、エンジュは次第に呼吸を荒く、そして桃色に染めていった。 「あ、ああっ…!」 昨日まで知らなかった男に、今日はもう躰を許している。自分自身の甘い声を聴くと、心のどこかでブレーキが掛かる。 だが、そのブレーキもレオナードが壊してしまった。 「あ、あああっ!」 戸惑いの声が漏れる。レオナードの大きくて、節高いごつごつとした手が、まるで壊れ物を扱うかのように優しく乳房を揉みしだいてくる。 気が狂いそうになるぐらい、エンジュは感じていた。指から感じる体温もとても愛おしく思える。 「あうっ!」 レオナードの指先が乳首をつまんで岐立させる。痛くてたまらない。焦らすような指先の動きに堪らなくなった時、淫猥すぎる強さで唇に吸い寄せられた。 躰が跳ね上がり、冬も近いというのに、汗が滲む。ここにいるのは自分であって、じぶんでないような錯覚に、エンジュはくらくらとした。 特別な時間であって、口では憚るような淫猥な時間。時間の流れとは切り離された場所にいることを、エンジュは切実に感じていた。 でもここから抜け出そうとは思わない。抜け出してしまえば、きっとレオナードに焦がれ過ぎて、死んでしまうかもしれないから。 「ああ…」 儚いシャボン玉を追いかけるような動きで胸をも見ながら、レオナードは唇で乳首の愛撫を続けた。 女の象徴であるそこを、男のように時には赤ん坊のように吸い上げ、舌先で転がしていく。 乳首を吸い上げられる度に、躰の奥深くがきりきりと悲鳴を上げて、収縮している。怒涛のような欲望が底に堪っていくのを感じて、エンジュは堪らずに声を上げた。 「…エンジュ」 自分の咬み痕が多数に散らばる胸から顔を上げると、レオナードは金色の三つ編みに手を伸ばしてきた。 「おさげは子供の象徴だ…。お前は今日から女になるんだ。もう知らなかった、少女の昔には戻れねェよ」 レオナードは三つ編みを手にとって香りを嗅ぐと、ゆるやかに解いていく。左右のおさげを肩の先に広げられた後、レオナードはもう一度強く乳房に口づけた。 「…ああ…」 躰と肌を小刻みに震わせると、レオナードは微笑みながら抱きしめて、エンジュに傅いた。 「…綺麗だ…。おさげをしてねェおまえは最高だと想像してたが、本当にその通りだったな…」 スカートが引っかかる腰を抱きながら、レオナードは感嘆の声を上げてくれた。じっと暫く傅くように甘えてきたので、エンジュは金髪の綺麗な髪を撫でてやった。それは意外に柔らかくて、エンジュの母性本能をくすぐった。 黒いシャツをレオナードが脱ぎ捨てた。剥き出しになった胸をみるだけで、エンジュの心は昂まり、胃思わず生唾が出る。それほど素晴らしい肉体だった。 想像通りに胸は筋肉で盛り上がり、腕は綺麗な筋肉のラインが形成されている。本当にこんなに綺麗な躰は見たことがない。じっと見つめていると、レオナードが手を取った。 「触れてみてェのか?」 深呼吸をして喉を鳴らしながら、アンジェリークは素直に頷いた。触れたい。無性にレオナードに触れたい。 レオナードは掴んだ手を自分の胸に置いてくれる。するとどこからか結城が出てきて、エンジュはゆっくりと胸の筋肉をなぞり始めた。ゆるやかに腕へと手は向かう。 「…レオナードの筋肉ってすべすべしてて気持ちが良い…」 「サンキュ。エンジュ。俺もエンジュの気持ちが良いところを舐めたい」 「え?」 最初は何を言っているか判らなかった。だが、腰に引っかかっていたスカートと、ショーツを一気に脱がしにかかられて、その意味が判った。 嫌だ、恥ずかしすぎる。だが、そんなことも思える暇がないほど、レオナードの指は、早急に熱い場所に忍び込んできた。 「あ、いや、いやだっ!」 嫌がっても、止めてくれるレオナードではなく、熱い肉芽を指先で弄られ、電流が全身に走った。くにくにと敏感なところを弄られると、そこが熱を帯びて、どうしようもないぐらいに感じる。涙すら滲むほどだ。 自分が今までの自分でなくなるような、狂おしい熱と感覚に、エンジュは溺れて行き先を見失いそうになった。 「ああっ!」 レオナードのあの太い指が、エンジュの狭い泥濘に侵入してくる。意外に痛くて、顔を顰めた。 「少し、優しく…」 「優しくなんか、出来ねえ」 優しく出来ないほどのレオナードが自分を求めてくれていたら。これほど嬉しいことはないだろう。レオナードの指に翻弄されながら、ぼんやりとした意識でエンジュは思った。 「優しくは出来ない」などといいながらも、レオナードの指は初めてのエンジュへの気遣いが充分だった。精一杯優しくしてくれていることは、指の動きだけでも充分に感じらることが出来た。 胎内をくちゅくちゅと淫らな音を立てながらかき混ぜられて、探られる。まだぴりぴりとした痺れるような痛みはしたが、それでも先ほどよりは随分となれていた。 「レオナード…」 求めるように彼の名前を呼ぶ。切なく、そして甘く。名前を呼ぶのがとても素敵な魔法の言葉のように思われ、エンジュは妙に入った力を躰から抜いていった。 指が入ったまま、レオナードは宣言通りのことをしてくる。まさかそんなことをするなんて、エンジュには全く持って考えられないことだった。 「いやあ、だめッ!」 いくら言っても、そこを舐めると堂々と宣言をしたレオナードを止めることは出来ない。胎内に挿れていない指で襞をこじ開けると、露わになった内側を丹念に舐めていった。 「あ…や…」 感じる余りに、エンジュの抵抗は小さくなる。レオナードは舌でエンジュを徹底的に味わうと、中心の赤い肉芽を捕らえていった。 自分でもそこが熱くて潤っているのが判る。こんなに潤った経験がないせいか、恥ずかしさと戸惑いが交差する。 脚を大きく広げられて、こんなに淫らなスタイルにされて、泣きたくなる。 でも頭の芯が痺れるぐらい気持ちが良くて、思わずシーツを強く掴んでいた。 「ここが一番敏感かなァ、エンジュは」 「いやっ!」 舌で肉芽を転がされて、腰が痺れてどうかなりそう腰が自然と浮いてきて、空洞が指よりも確かなものを求めているような気がした。 「あああっ!」 指がようやく辿り着いた奥の丘を優しくなで上げてくる。腰が痺れるぐらいに、脳みそが焼けつくぐらいに気持ちが良くて、エンジュは腰を何度も振る。それが合図だなんてちっとも知らなかった。 「エンジュはそろそろ限界みてェだな。俺も爆発しそうになっちまうぜェ。お前のそんな可愛い表情を見ているとな…」 「あ、ああっ!」 レオナードは胎内からするりと指を抜くと、ブラックジーンズを脱ぎ捨てた。最後の砦も脱ぎ捨て、エンジュと同じように、一糸纏わぬ姿となる。 「可愛いぜ、エンジュ」 「…レオナード…」 躰を甘い旋律で震わせながら深呼吸をしていると、レオナードが唇に触れるだけのキスをくれた。 レオナードはエンジュの脚を大きく開かせ、その間に自分の腰を入れてくる。 「もっと足を開け…。俺が中に入れねェ…」 何が入るのかとちらりとレオナードの熱い欲望の塊を見るなり、エンジュは驚きの声を上げずにはいられない。こんな物を入れること何で出来ない。 「ダメっ!! そんなもの入らないっ!」 「挿るから心配するな。ちょっと痛いかもしれねェが、我慢してくれ」 「あ、あああっ!」 背筋に衝撃が走った。レオナードの逞しい熱の楔が胎内に挿り込み始めたのが判る。余りにも痛くて、自分の躰がひっくり返ってしまう錯覚が起こる。 突破の瞬間は、かなり痛いとは耳学問で知っていたが、まさかこれほどの物だとは思わなかった。でも、今更「痛いから止めて」とも言えず、エンジュは唇を噛みしめながら、レオナードの背中に縋った。あの逞しい背中に縋り付いてさえいれば、痛みなどどこかに行ってしまうと思っていた。 爪が食い込む。だが、縋り付くことを止めることは出来ない。 「ああ…っ! んんっ!」 目頭が熱くなり、司会がぼやけ、レオナードの逞しい姿が涙で滲む。レオナードの腰が進むのを止めた時、エンジュの瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。 「エンジュ、痛いか?」 案ずるようなレオナードの優しい言葉に、エンジュは「大丈夫だから」となんとか呟く。 本当は大丈夫じゃないし、痛くないと言ったら全くの嘘になる。生まれて初めての他人の熱を受け入れる違和感は、身が裂かれそうだ。 だが涙が零れたのは、痛いからだけじゃないことを、エンジュは充分に判っていた。嬉しいからだ。レオナードとこうして一つでいられることが嬉しいからだ。 こんなにも深く近く、レオナードを感じられる。手を繋いだ時よりも、抱き合った時よりも、キスした時よりも…。何よりもレオナードが近い。深く深く魂までもが繋がっているような気分だった。 労るように甘く優しくレオナードが抱きしめてくれると、優しく動き始めてくれた。動かれても本当に痛くて、何度も顔を顰めて画、それを宥めるように、レオナードがキスをしてくれる。 とろけるような優しいキスに、痛みも何処が和らいでくる。 エンジュが敏感な丘を指よりも熱くなぞりながら、スピードを速めてきた。動きは情熱的で、より力強いものとなる。欲望の滾りが最高潮に達していく。 「ああ、ああっ!」 痛みが薄れてきた。同時に腰が痺れるような甘い気持ちよさが、エンジュの躰を支配する。 熱い視界にぼやけて映るレオナードはとても苦しそう。 やがて、情熱のパーティはクライマックスを迎える。視界がぐるぐると揺れて、パーティを飾るラストダンスは、もう、止めることが出来なくなる。 「あ、あああ…っ!」 快楽が生まれ、エンジュの全身が勢いよく撓る。そこからは意識が遠のき、感覚の遠くで熱いものがはじけたのが判った * ベッドの上で、熱が引いた躰を抱きしめる。隣には煙草を吸いながら、難しい顔をしたレオナードがいる。 隣のLDKでは、まだ”ER”がやっていて、生真面目なレオナードが話しているように聞こえた。 「…すまねえ」 ただひとこと。そんなことを聞きたい訳じゃなかったのに、エンジュは躰と共に心も冷えていくのを感じた。 「…まさか、この俺様がナマでやっちまうとは」 ナマ、つまり避妊をしなかった。失敗は、新たな生命を生む。それを知っていて謝るのは、エンジュにとっては最大の屈辱だった。 つまりレオナードは、責任を取るつもりなどさらさらなく、エンジュを相手に遊んだことになる。 心が凍り付いた。自分は何を期待していたというのだろうか。そう思うと泣けてきた。 最悪の初体験。一目惚れして一気に盛り上がって、そのまま勢いに任せてセックスをしたらこんな結果になってしまった。バカとしか言いようがないと、エンジュは自分自身に頭を抱えた。 躰も心も完全に冷え切った。これ以上ここには痛くないし、いないほうがいい。 「タクシーを呼んで…。帰るから」 エンジュはベッドから出ると、着ていた物を衝動的に探し始める。脳裏にあることは、早く家に帰って熱いシャワーを浴び、レオナードの痕跡を消してしまうことだけだった。 「朝までここにいろ」 「もう充分いたもん。携帯でタクシー呼ぶからいい」 「女ひとりでこんな遅くにタクシーには乗るな。俺が送っていく」 レオナードも後を追うようにベッドから出ると、手早く服を着る。 「飲酒運転は犯罪。だからレオナードはここにいてよ」 「もう酔いなら冷めた」 レオナードはいつもとは違い真面目くさって言うと、車のキーを手に持ち、準備をする。 「ほら、送ってやる。無料のタクだと思えや」 エンジュは惨めな気分になりながら、溜息を一つ吐いた。 無料のタクシーと言う言葉通り、エンジュは後部座席に乗った。レオナードの車は意外にもグレーのセダンだったが、それが高級車だったので更に驚いた。 窓拭きの他に何をしているのかと気にはなったが、それ以上詮索しないことに決めた。 心の傷は浅い方がいい。今引けば、壊れてしまうこと花だろう。そうは言っても今でも壊れる3秒前かもしれないが。 エンジュは行き先を告げる以外、レオナードとは一切口を利かなかった。当然の報いだと思う。あんなことをしたのだから、自業自得だ。 とても心地よく揺れる車だが、今のエンジュにはちっとも良くなんか無かった。 この車もあのマンションも、レオナードのことだ、女の貢ぎ物に違いない。こんな男とひと晩でバイバイ出来るのだから、実はラッキーかもしれない。 そんなことを自分自身に言い聞かさなければ、エンジュの心は爆発して粉々になる3秒前の状態だった。 子供が出来ていたら、田舎に住む両親は泣いて悲しむだろう。娘が、チンピラの子供を身篭もったのだから。 エンジュはぼんやりとそんなことを考えていた。 「着いたぜ」 「ああ、有り難う」 エンジュはこれ以上酸素の薄い空間にはいくなくて、そそくさと車から逃げるように出る。小さなアパートの中に入ろうとして、レオナードに呼び止められた。 「もしもの事があったら俺に連絡をしろ」 「もしものことがあってもしない」 エンジュは頑なに、棒読みで感情なく呟くと、走ってアパートに入っていく。 涙は絶対に見られたくはなかった。そんな物を見られるのは、「オトコマエ」と言われたエンジュの箔に傷が付くから。 部屋に戻ると、真夜中のシャワーを浴びる。先ほどまでレオナードがいた胎内を綺麗に洗浄しても、気が晴れない。それどころか、哀しくなるだけだ。 鏡に映る白い肌に浮かび上がったレオナードの咬み痕を見ると、エンジュは涙がこぼれ落ちた。 謝って欲しくなんか無い。ただ、「愛しているから避妊をしなかった」という言葉が欲しいだけなのに。あの瞬間は、レオナードに総てを託していた。愛されていると、本気で思えた。 昂ぶる熱情に身を任せて、とても幸せだったのだ。なのに あの一言が総てを壊してしまった。 夢も何もかも。 シャワーでさっぱりした後は、何もかも忘れて泥のように眠り高田。ナイトキャップにきついお酒を飲んでも、全く効かない。 エンジュは結局、この週末は寝不足に悩まされる結果となった。 * エンジュは溜息を吐きながら、今日も仕事に精を出す。 目の下にはクマが出来、顔色は最悪。眠れなかったのだからしょうがない。出勤して顔を合わせたアンジェリークに驚かれたほどだ。 心配性のアンジェリークに、「精が付くから!」と栄養ドリンクと、なぜか彼女御用達のカフェオランジュのガレットを貰った。ガレットはとっても美味しいはずのだが、今日は余り美味しく感じることが出来ない。 これでは”オトコマエ”と呼ばれたエンジュ様の名が廃る。腰に手を当てて、所謂”おやぢ飲み”で、栄養ドリンクを一気に煽って仕事をした。 そのせいか、今日はてきぱきと動ける。何も考えなくて済む仕事が多いので楽だ。 週明け名物の社内資料を見て、我が社と系列会社の清掃を一手にまかなうことになった。”タンタン高層清掃”についての資料がも紛れている。 レオナードが勤める会社。それを思うだけで胸が張り裂けるほど痛くて、エンジュは溜息を吐いて資料を片づけようとした。 「え?」 そこには社長の名前があり、”レオナード”と書かれ、綺麗に髭を剃り清掃用の作業服を着たレオナードの写真が添付してあった。 「うそ!?」 思わず大声を出し、エンジュは資料に見入ってしまう。まさか、社長自らが窓拭きに従事していたとは、思わなかった。 ”タンタン高層清掃”は、清掃業界では新進ながらもかなりの大手だ。そこの社長がレオナードだとは。 あのマンションも車も、そしてお金の使い方も納得がいく。それに、通りでノベルティがあんなに簡単に、大量に手にはいるはずだ。 女に貢がれてでの生活ではなかったことだけ、エンジュはホッとしていた。例えそんな男であったとしても、レオナードが好きだと言うことは、余り変わらなかったかもしれないが。 でも終わったのだ。壊れたガラスは二度と元には戻らない。 エンジュは一瞬瞳を閉じて吹っ切ると、レオナードの資料を置くべき場所に仕分けをした。もう、自分が見ることはないだろうと思いながら。 「エンジュさん! 荷物が届いたって!」 「は〜い!」 内線でメール室から連絡があったようで、エンジュはいつものようにだらだら下に降りていき、また備品を取りに行く。 御苦労様なことに、エンジュがまた段ボールを取りに行く羽目になる。仕方がない。誰よりも力持ちなのだから。 「今度は営業事務がしたいなあ。力仕事ばっかりは嫌だもの」 廊下の窓をちらりと見ると、窓拭きのゴンドラが降りてくる。一瞬ドキリとしたが、そこに乗っているのは、レオナードではなく、金曜日の夕方に少しだけ見かけた、レオナードの同僚だった。 ホッとしたような残念だったような。 まだまだ吹っ切れずに、レオナードを気にしている自分をひしひしと感じるきっぱりと諦めなければならない。そんなことは頭の中で判っているのに、納得が出来ないエンジュだった。 荷物を総務部に運び終えて、頼まれた資料のコピーを、窓際にあるコピー機で行う。いつもと変わらない時間の、凡庸な作業。きっとOLをしている限りは、ずっと変わらない単調とした作業だろう。 窓の横に影が走ったのを感じた。だが、気にはしない。またいつもの窓拭きだ。流石に月曜日に社長自らが窓を磨いているとは思えない。 エンジュがコピーに集中していると、オフィスにいる連中の視線が、自分に集中しているのが気になった。 「?」 みんながいる方向を見ると、目を丸くして、エンジュと窓を交互に見つめている。 アンジェリークと目があった。 「アンジェ? どうしたの?」 暢気に訊くと、アンジェリークは目を皿のように丸くして、窓を指さす。 「エンジュ、窓の外! 窓を見て!!」 窓がノックされる音を聴いて、何が起こったかと小首を傾げる。 「ねえ、まさか、誰かが落ちたとか言うんじゃないでしょうね…」 振り向きながら言って、窓を見ると、本当に驚いた。こんな事が起こるなんて微塵にも感じなかった。 「嘘…」 エンジュは夢ではないかと自分の目を何度も擦ったり、頬を抓ったりしてみる。だが、痛いし、何度見ても同じだ。 切なさと甘さと、そして歓びが、複雑に入り混じって大きな歓喜と感動を導き出す。 「レオナード…」 窓の外には、白いもこもことした泡状の窓拭きスプレーで、ロマンティックにも文字が書かれている。 ”I LOVE ANGE FOREVER.FROM LEONARD WILL YOU BE MY LADY?” ハートマーク付きで 書かれた文字は、これ以上にない愛の告白だった。 嬉しさの余り、エンジュは涙を流し、外のゴンドラにのるレオナードを涙目で見つめる。緑色の瞳には、愛情と照れの入った優しい光りが浮かんでいる。 「…バカ…」 総務部では誰もが幸せな気分になりながら、ふたりの愛有るやり取りを見届けている。 アンジェリークが涙を潤ませながら興奮気味に拍手をし始めた。それに釣られて、総務部メンバーも拍手をする。 「もう、レオナードのバカ!」 エンジュが愛の籠もった一言を呟くと、走って総務部のオフィスから出て行く。 「おい、待ちやがれ!」 レオナードもまたゴンドラを動かして屋上に戻る。告白の甘い台詞は、レオナードの相棒であるアリオスが、拭き取らなければならなかった。 むすっと不機嫌そうにクールに窓に付いた洗剤をモップで落としていく。 「もったいないなあ」 アンジェリークが残念そうに呟くと、拭き取っているアリオスと目が合い、思わずぎこちなく会釈をした。するとアリオスも会釈をしてくる。 ここに新たな恋の種がまた蒔かれた。 * エンジュは出逢った自動販売機の前に立っていた。ここに来れば、きっとレオナードに逢えるはずだと確信をして。 エンジュより蓋脚ほど遅れて、レオナードが息を切らしながら、自動販売機の前にやってくる。金色の髪が僅かに乱れている。 立ち止まって大きな深呼吸をすると、レオナードはエンジュを翠の真面目くさった眼差しで見つめてくる。エンジュの真摯な眼差しとぶつかり合って、絡み合う。 ゆっくりと近付いてくるレオナードを視線で絡め取りながら、エンジュは鼓動を早める。 信じる? 信じられる? 自問自答を繰り返しながら、レオナードが目の前に近付くのを待った。 目の前に来ると、レオナードは手を握りしめてくる。 「愛してるぜ! エンジュ」 なんともストレートな愛の告白。宣言するかのような大声で、キッパリとレオナードは告白してきた。 だがエンジュは俯く。はっきりとさせないといけないことがある以上、レオナードの瞳をまともに見ることが出来ない。 「…謝ったの?」 「え?」 「どうしてあの時謝ったの?」 レオナードは訊かれることを覚悟していたのだろう。少し緊張気味に神経質な深呼吸をすると、口を開いてきた。 「 お前が好き過ぎて、欲し過ぎて、避妊だとお前自身を護ることが出来なかったからだ。それ以外にはねェ。ガキが出来ても、俺様的には愛の結晶だから構いやしねェ。だって、ずっとお前のこと見てきたんだからな。窓拭きをしていて、一生懸命仕事をするお前が、人に頼まれても愚痴一つも零さずに明るく元気に仕事をするお前に惹かれていた。だから、あの時もわざと声を掛けた。 だが、それは俺だけの感情だもんな。お前の感情はお構いなしに、ガキが出来ちまったら可愛そうだって…、おい、エンジュ!?」 もうどんな告白もいらない。 こうやってぶっきらぼうにも一生懸命説明してくれるので十分じゃないか。ちゃんと愛を語り、それだけで充分じゃないか。 エンジュは耳元で”ハレルヤ”が聞こえるのをとても嬉しく思い、涙を流しながらレオナードにしっかりと抱き付いたのだ。 「…もう、いい。凄く寝不足だから、今夜抱きしめて眠ってくれた…」 最後の言葉はレオナードの唇で押し潰される。抱きしめられてエンジュは、先ほどまでの強く収縮を繰り返していた自分の心が解れて、リラックスしているのを感じる同時に心が華やぎ、今までにない幸せが降り注いでいる。 嬉しいのに、泣けるのはなぜだろうか。 甘くて切なくて、だけど幸せの味がするキスの後、息が出来ないほどの抱擁をレオナードはくれた。 「じゃあ、さっそく、昼寝に行くかァ」 「きゃあっ!」 レオナードはエンジュを軽々と肩に担ぎ上げると、すたすたと廊下を歩いていく。 「俺様も寝てねェから、エンジュに充分手枕をしてもらわねェといけねェからなァ」 「レオナード、仕事が残ってるんだけどっ!」 エンジュは恥ずかしさと、形だけの抵抗で、脚をぶらぶらとさせる。だが、レオナードはちっとも動じないようだ。 「今日は休みだ、んなもん。お前の会社の社長に行っておいてやる。それよりももっと大事なものが俺たちにはあるだろうが」 レオナードに意味深に躰のラインを撫でられてエンジュは頬を染める。 そうだ。この幸せな瞬間は今しかないのだ。これを逃す手は全く行ってないのだ。 「そうね。やることはいっぱいあるわね!」 エンジュが微笑みながら答えると、レオナードはそれを愛を込めて実行しに行った * 「エンジュは早退かあ。まあ、当然よね」 アンジェリークは、幸せそうに友の机を片づけてやると、中途半端に残った仕事を引き継いでやった。 エンジュのああいった甘い瞬間を見せられると、こちらまでが幸せな気分になるから不思議だ。 アンジェリークはこんな日こそ、とっておきのカフェオランジュのガレットでお祝いをしなければと思う。 紅茶を淹れて、ガレットを大口で一口食べる。 本当に美味しくて、甘くて幸せな味がする。 幸せに浸っていると、総務部のオフィスで名前を呼ばれた。 「アンジェリーク・コレットさん!お花を届けに来ました!」 「私に?」 アンジェリークは何事かと思い、いそいそと入り口に行く。花屋に受け取り印を押した後、花束を受け取った。 花束は白い薔薇とかすみ草がふんだんに盛り込まれて、とても綺麗な花束だ。 「綺麗…。良い香り。誰からかしら?」 アンジェリークは添えられたカードを花束からそっと取り出すと、小首を傾げた。 アンジェリークさんへ。 あなたの素敵な笑顔にいつも癒されています。 あなたのファンより。 花束がオフィスの恋を導く。 |