後編
一体、大地が何を言うのかを、かなでは想像することが出来なかった。 手をしっかりと握り締めてくれていると、安堵と幸せが全身を駆け巡る。 かなでが大地を見つめると、一瞬、戸惑ったようだった。 「お弁当を食べながら、話したいことがあるんだけれど、構わないかな」 「はい、構いません」 かなでは大地が何を言うのかドキドキとしながら、待った。 大地は、かなでをもう自分のそばからは離したくはなかった。 かなでにはストレートに言うつもりだ。 そばにいて欲しい。 なら、いつでも幸せな気分でいられるから。 「ひなちゃん、ずっとこうしていたいね」 「はい! もちろんです。ずっと大地先輩とピクニックをしたかったんですよ」 かなではまるで日向の猫のように幸せそうに笑った。 「…ひなちゃん、俺はずっとこうして君と一緒にいたいよ…」 「私も大地先輩とこうしていたいですよ。大地先輩がいるから、私はいっぱい頑張れるんですから!」 かなでと一緒にいるだけで、元気が出て、まるで太陽の光を浴びているように思える。 「俺だってひなちゃんと一緒にいるだけで本当に楽しいと思っているよ。有り難いよ。君がいると元気になれるよ」 そばにいて欲しい。大地は言うなら今だと思いながらも、かなでのヴァイオリンのキャリアを思うと、なかなか言い出せない。 「ひなちゃん、本当に桜が綺麗だね」 「はい! やっぱり日本の桜は最高だって思います。特に横浜の桜はキラキラしていて、ずっと見ていたいです。故郷にいる時は、故郷の桜が最高だと思っていたのに、今は横浜の桜が一番だって思いますよ」 かなでの夢見るような表情を見ているだけで、大地はウキウキとした気分になる。 本当にかなでは素晴らしい。 ふたりで手を繋いで、のんびりと山下公園の桜を堪能した後で、元町公園へと向かう。 「高校生の頃のデートコースのようですね」 「そうだね。懐かしい。これにモモがいてくれたらと完璧だ。帰りに実家に寄ろうか。モモも君に逢いたがっているよ。年寄りになってしまったけれどね」 「モモちゃんに逢いたいです」 ふたりは、元町公園の水路の近くの場所を確保して、そこでお弁当を広げる。 かなでが、美味しいおにぎりが沢山詰まった美味しそうなお弁当を作ってくれていた。 おかずはシンプルな出し巻き卵や八幡巻きなどだが、花見にはぴったりのものだった。 「ひなちゃんのお弁当を食べるの久しぶりで嬉しいな」 「私も久々にお弁当を作ることが出来て楽しかったです」 かなではのんびりとした気分で言いながら、幸せそうにしていた。 ふたりでお弁当を食べて、のんびりとした時間を楽しむ。 なんて贅沢な時間だと思う。 「ひなちゃんのお弁当はやっぱり美味しいね。いつも有り難う」 「はい」 お弁当を食べた後、かなではヴァイオリンケースを手に取った。 「大地先輩、食後のコーヒーとビターチョコレート。そして、小日向かなでの演奏はいかがですか?」 かなでからは極上のプランが提供される。 これほど贅沢なプランはないのではないだろうかと、大地は思う。 「有り難う、最高だよ」 かなでは嬉しそうに笑うと、コーヒーとビターチョコレートを用意してくれる。 今や人気ヴァイオリニストになった小日向かなでの演奏を独占することが出来るのだ。 温かな光をスポットライトにして、それよりも更に輝かしいヴァイオリンの音色が奏でられる。 こんなに素晴らしい花見は他にあるのだろうかと、大地は思わずにはいられなかった。 ヴァイオリンの音色を聴いているだけで、魂の奥底から浄化されているのが分かる。 また頑張れる。 かなでには沢山の元気を頂いたのだから。 春の時間に相応しいヴァイオリン演奏が終わり、大地は惜しみ無く拍手をした。 本当に素晴らしい。 「君のヴァイオリン演奏を特等席で聴けるなんて最高だよ」 「嬉しいてす」 かなではヴァイオリンを片付けると、同じようにコーヒーを淹れる。ただしお供はミルクチョコレートなのだが。 かなでがおやつを食べ始めると、ごく自然に膝枕になる。 「…大地先輩…、最近、疲れていますか?」 「…少しね。だがリフレッシュ出来たよ。ひなちゃんがずっと一緒にいてくれたからね。助かったよ。君がいれば、こうしていつでも癒して貰えるんだけれどね。君は俺のヒーラーだからね」 「大地先輩」 かなではくすぐったいとばかりに微笑む。 本当に綺麗になった。 大地にとっては、かなではかけがえのない女神だった。 こんなにも甘くて素敵な女神は他にいないと思わずにはいられなかった。 一緒にいたい。 そばにいて一生離さない。 かなでと一緒ならば、この先も前向きに生きていくことが出来るのではないかと、大地は強く感じた。 「…私も大地先輩には沢山癒されていますよ。本当に感謝しています。大地先輩が直ぐそばにいて下さったら、もっと頑張れるんです」 かなでの言葉は春の陽射よりも温かくて、大地に意味を与えてくれる。 かなでの言葉を聞いているだけでも、誰よりも幸せな男になれた。 「…ひなちゃん…、ね、そろそろ“先輩”は卒業しようか? 先輩をなしにして俺の名前が呼べるかな?」 大地は幾分か甘さを滲ませた声で、かなでに語りかける。 するとかなでは、驚いたように目を見開くと、真っ赤になった。 「…おかしくないかな?」 「…確かにおかしいかもしれません…」 かなでは恥ずかしそうに言うと、軽く深呼吸をする。 「大地…さん…ですか?」 「大地で良いよ、ひなちゃん」 「だ、だけど…、大地先輩っていうほうが、しっくりくるというか…」 かなでがブツブツと言っているのを聞きながら、大地はなんて可愛いのだろうかと思う。 ヴァイオリニストとして、様々な世界を見ているというのに、少しもすれてはいないところが、大地には好ましい。 「…慣れていこうか。最終は大地、さん、で良いから」 「はい」 「ひなちゃんは本当に可愛いなあ」 大地はしみじみそう思いながら、かなでの手を握り締めた。 「本当に幸せだ…」 「はい。大地…さんと一緒にいると、本当に幸せな気分になれます。ずっと幸せになりたいから、これ以上逢えないのが嫌だから、私、押しかけて来たんですよ」 かなでは緊張と笑みを滲ませた声で言うと、大地を見た。 かなでのまなざしが魅力的に潤んでいる。 今がチャンスなのかもしれない。 大地はゆっくりと躰を起こすと、かなでを見た。 「ひなちゃん、俺も君と離れているのは、もう我慢出来ないんだよ…。ひなちゃん、ずっと一緒にいて欲しい。可愛い素敵な君と、ずっと同じ道を歩いていきたいって思っているんだ。…ひなちゃん…、一緒にならないか? 俺はまだ臨床研修医だから、一人前になるまでには後少しだけかかる。だが、君と離れるのはもう限界だ…。だから…、それでも良かったら、一緒にならないか…?」 大地は誠実な愛だけをかなでに向ける。 かなで以外には考えられないから。 かなでは何も言わない。 大地が断られるだろうと不安になった時だった。 「……!!!」 思い切り抱き付かれて驚いた。 夢にまで見ていた大地のプロポーズにかなでは感激の余りに震えていた。 かなでも一緒にいたい。 かなでは大地に精一杯の愛を込めてしっかりと抱き付いた。 「よろしくお願いします」 「…有り難う、ひなちゃん。モモに報告に行こうか…」 「…はい…」 ふたりは唇をそっと重ねる。 甘くて極上の、幸せな桜の味がした。 |