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出会ったのは、高校三年生の夏。 恋に落ちたのもその時だった。 以来、付き合っている。 高校生だったかなでも、今や立派な大学生になった。 お互いに重なるテリトリーが少なくなってきているのも事実だ。 だが、それがかえって、かなでへの愛しさが増している気分になる。 大地はかなでと待ち合わせ場所へと向かう。 かなでと一緒にのんびりとランチを楽しむのだ。 かなでの姿を直ぐに見つけて近付こうとすると、ハッする。 柔らかい陽射をスポットライトにしたかなでは、本当に美しい。 神様に祝福されているような姿だ。 かなでが背筋を伸ばして凜とした佇まいを見せている。 だが、何処か楽しそうでもある。 大地はかなでの姿を見ているだけで幸せな気分になった。 かなでを遠目から見て、心を奪おうとしている男が多いのが、癪に障る。 かなでは自分の恋人だというのに。 大地はほんのりと嫉妬を認めながら、かなでに近付いていった。 「ひなちゃん」 「大地先輩!」 かなでの笑顔が更に明るくなったのが嬉しくて、つい笑みを零した。 春の陽射しにキラキラと輝いているかなでを見ているだけで、幸せな気分になる。 同時に、胸が張り裂けそうになるぐらいに切ない気分にもなる。 かなでを何時までもそばにおいておけるのだろうか。 大地にとっては、まさに理想的な恋人であるからこそ思うことなのかもしれない。 しかも、かなではかなりモテる。 異性だけではなく同性にもとにかくモテているのだ。 それもあるのかもしれない。 「今日はお天気が良くて、本当に気持ちが良いですよね! こうして大地先輩とのんびりとするだけでも楽しいです」 かなでの笑顔に、大地もつい笑顔になる。 かなでの小さな手をしっかりと掴んで、大地は歩き出した。 本当に陽射しに輝くかなでは、なんて綺麗なのだと思う。 白い肌が透き通っていて、本当に綺麗だ。 じっと見つめていると、かなでがこちらを向いた。 「大地先輩?」 「何でもないよ。さあ、のんびりしようか」 「はいっ!」 かなでが好きだ。 好きでたまらない。 お互いに大学生になり、以前のようには自由に逢えなくなっている。 それが悔しい。 大地は、かなでを連れて、雰囲気の良い、カジュアルなフレンチレストランに入った。 価格もかなりカジュアルなところから人気があるのだ。 しかも美味しい。 注目をした後、かなでは真直ぐ大地を見た。 「今年はコンクールが沢山あって充実した年になりそうです」 「また、君の素晴らしい演奏が聴けることを、とても楽しみにしているよ」 「はい! 大地先輩に聴いて貰えるのが、何よりも嬉しいです!」 夢に向かって確実にステップアップしているかなでは、春の陽射しよりも輝いて見える。 本当に見ているだけで癒される。 「大地先輩はいかがですか?」 「ようやく専門課程に入って来たからね。毎日大変だけれど、充実しているよ」 「良かった! 大地先輩が医学の勉強の話をされている時は、いつもキラキラしていますから、私も聞いていて楽しいんですよ」 かなでは弾むような声で言ってくれる。 正直、つまらないのではないかと思っていたから、嬉しかった。 「有り難う」 「大地先輩は、沢山の方々の躰を治してゆくんですね。私も誰かを癒すことが出来るヴァイオリニストになりたいです」 「ひなちゃんならなれるよ。現に俺はひなちゃんのヴァイオリンで随分癒されているからね」 「有り難うございます。とっても嬉しいです」 かなではにっこりと笑うと、大地に封筒を差し出した。 「これは?」 「今度、大学の講堂で、仲間たちとコンサートをすることになったんです。響也くんや新くん、ハルくんに、八木沢さんと一緒なんですよ」 「懐かしいメンバーだね」 かつて一緒に全国大会頂点を目指し、切磋琢磨をした同志たちだ。 今でも音楽を中心に頑張っている者たちだ。 大地もまた、音楽を楽しむことに関しては止めてはいないが、彼らのように毎日音楽づけになる日々は、高校時代に卒業してしまった。 後悔はしてはいないが、時折、羨ましく思うこともある。 「それは楽しみだね。是非、見に行かせて貰うよ」 「有り難うございます! 大地先輩には皆も来て貰いたいですから! あ、良かったら、練習の時にも遊びに来て下さいね」 かなでは本当に充実した笑顔で呟いている。 大地は、こんなキラキラとしたかなでを、ずっと独占したいと思う。 正直言って、かなでとアンサンブルを行なうメンバーが羨ましくてしょうがない。 だが、それは自分の夢の道ではない。 「また行かせて貰うよ」 「はい、是非!」 レストランのドアが開き、賑やかな雰囲気が漂ってきた。 「あー! かなでちゃん!」 相変わらず新はテンションの高い挨拶をする。それを窘める八木沢とハルの関係は変わってはいない。 懐かしくて、大地はついくすりと笑った。 「榊君! 久し振りですね!」 八木沢が懐かしそうに挨拶をしてくれるものだから、大地もつい目を細めた。 「久し振りだね八木沢君」 大地は八木沢と落ち着いたトーンで話をする。 新は相変わらずかなでが大好きであるということを、少しも隠す風はなくて、絡んでいる。 「じゃあ僕たちはあちらの席だから。またご一緒しましょう」 「ああ、また」 賑やかな連中が、少し離れた奥の席に着いたことを、大地は正直、ホッとしていた。 「ひなちゃん、新は相変わらずああなのかな?」 「そうです。大学でもああですよ。今年入ってきた新入生では、既に頭角を現していますよ。ハル君と一緒に」 「そうなんだ」 かなでと仲間たちがわいわいやっているのが想像出来る。 ほんのりと羨ましい気持ちが、大地の中に湧き上がる。 みんなで同じものを目指したあの夏は、大地にとってはかけがえのない時間になったのだから。 あれ以上の夏はもう来ないのではないかと思ってさえいる。 本物の恋を覚えた夏でもあるから。 大地は懐かしさに甘酸っぱさを感じながら、ランチを楽しむことにした。 今はかなでの時間を独占することが出来るのは、自分だけなのだから。 食事の後、かなでと一緒にのんびりと春麗を楽しむ。 ふと旅行代理店の前にさしかかり、大型連休に向けたポスターを見つけた。 「ひなちゃん、ゴールデンウィークはどうするつもり?」 「田舎に帰るかもしれないですし、ラ・フォル・ジュルネにも行きたいですし」 かなではまだ決め兼ねているようで、迷うような口調になる。 「…ひなちゃん、ゴールデンウィークだけれど…、ずっと俺と一緒に過ごさないか?」 「…え…?」 かなではほんのりと嬉しそうな表情をすると、頬を紅に染め上げる。 その姿が本当に可愛い。 「…わ、私も…、それが嬉しいですけれど…」 甘い緊張をしているのか、声がうわずっている。 「だったら一緒に過ごそう」 「はい」 はにかむかなでが可愛い。 かなでは自分だけの女の子だから。 大地は強くそう思う。 「ゴールデンウィークの予定を立てようか」 「やっぱりラ・フォル・ジュルネに行きたいです。かなり遅い時間までやっていますが、遅い時間のプログラムまで堪能したいです」 かなでのまなざしがキラキラと輝いている。 久しぶりに音楽漬けになるのも楽しいかもしれない。 「そうだね。そうしようか」 大地の言葉に、かなでの表情は晴れ上がった。 |