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ゴールデンウィークに大好きな大地と過ごす。 そう考えるだけで、かなではドキドキし過ぎてしまう。 喉がからからになってどうして良いか分からない。 今年は最高のゴールデンウィークになると、かなではわくわくしていた。 ラ・フォル・ジュルネに行くとなると、夜遅くまでクラシックコンサートを堪能出来るのが嬉しい。 近くのホテルを二日間取って、のんびり出来るだろう。 大地は、チケットやホテルを手配しながら、幸せな気分になれた。 ホテルはツインルームを選んだが、本当は愛するかなでを抱き締めて眠りたい。 かなでをもう離さないためにも、大地は自分だけのものにしたかった。 大地は、ゴールデンウィークの手配を済ませると、かなでに逢うことした。 かなでは愛らしい花柄のワンピースにカゴバッグという、とても可愛らしいスタイルだ。 愛らしい外見と内に秘めているひたむきな情熱。 どれも大地にとってはかけがえのないものだ。 誰にも渡したくはない。 自分だけの女の子だ。 大地が近付くと、一足先に八木沢がかなでに声を掛けた。 挨拶をして楽しそうに笑っている。 以前ならば普通にふたりに近付くことが出来たというのに、今はそれが上手くいかなかった。 嫉妬塗れになってしまい、自分自身がかなり不快な気分になる。 大地は苛立ちが極地になっているのを感じながら、ゆっくりと近付いた。 かなでを自分の近くに置き続けることに自信がないのだろうか。 大地は苦々しい想いを噛み締める。 こんなにも苦しくて甘い感情を抱くことになるなんて、思ってもみなかった。 「ひなちゃん」 大地が声を掛けると、かなではまるで向日葵のように爽やかで明るい笑顔を向けてくれる。 「大地先輩!」 頬を赤らめてこちらを見るかなでに、大地は刺々しい気持ちを中和して貰った気分になった。 「榊くんと待ち合わせだったんですね」 八木沢は何処か残念そうに言うと、ふたりに微笑みかけた。 「ではおふたりとも、また。小日向さん、また楽譜アレンジの相談をしますね」 「はい。お待ちしています」 かなでは、以前と同じように笑顔で八木沢に挨拶をして手を振る。 大地は、自分が知らないかなでを知っている八木沢が、羨ましく思っていた。 かなでが八木沢を見送った途端に、大地は華奢で小さな手を思い切り握り締める。 「ひなちゃん、行こうか」 「はい」 かなでは大地の手の力に驚いたようだが、直ぐに笑顔になった。 「ゴールデンウィークの手配、色々と終わったよ」 「有り難うごさいます。大地先輩のほうが色々と忙しいのに、総てをお任せしてしまって申し訳ないです」 「構わないよ。ひなちゃんが楽しめるのならそれでね」 ウィンクすると、かなではほんのりと頬を赤らめた。 「有り難う」 「じゃあ、色々とゴールデンウィークの打ち合わせをしようか」 「はい」 お互いに笑顔になると、ふたりで仲良くカフェへと入っていった。 大地がしっかりと力を込めて手を握り締めてくれる。 その強さにドキドキしながら、かなでもそっと握り返した。 最近、誰よりも大地に男を感じている。 大地は日に日に素敵な大人の男性になっているのに、自分は少しも成長していない。 これが今のかなでの一番の悩みだった。 何時まで経っても子供の自分に愛想を尽かされてしまうのではないかと不安になる。 もう二十歳なのだから、そろそろ大人の女性らしい立ち振るまいが出来てもおかしくはないというのに、なかなかそれが出来ない。 ヴァイオリニストは大人の女性というイメージがあるから、かなではもっと成長しなければならないと思ってはいる。 だが、いつまでも子供だ。 大地とバランスが取れるどころか、どんどん溝を明けられているような気がした。 カフェでいつものようにカフェオレを頼む。 このゴールデンウィークで少しは大人になれるのだろうかと思いながら、かなでは大地を見た。 大人の女性へのステップ。 それが何であるかは分からない。 だがそのステップは、大地が差し延べてくれる掌の中で眠っているような気がした。 大地は緊張しながら、かなでにプランを提示する。 「折角のラ・フォル・ジュルネだからね。夜遅い公演まで積極的に楽しもうと思ってね。ひなちゃん、これがチケット。ヴァイオリンとヴィオラ、ピアノあたりのものをチョイスしたよ」 「有り難う!」 かなでは本当に嬉しそうにまなざしをキラキラと輝かせている。 この瞳を見つめているだけで、大地の胸はキュンとときめく。 こんな甘酸っぱい感覚は女子にしかないと思っていたのに、しっかりと男子にもあるのだということを、初めて知った。 「これも、これも! 聴きたかったもの、見たかったものばかりです! 有り難うごさいます。本当に嬉しい!」 かなでは今直ぐにでも飛び上がりそうなぐらいに喜んでくれている。 大地にはそれが嬉しくてしょうがなかった。 かなでが喜んでくれるだけでも、至上の幸せだった。 「沢山ありますね! 本当に朝から晩まで音楽三昧で楽しそう!」 「俺も久し振りに音楽を聴きながらのんびりとしたかったからね。ひなちゃん、やっぱり音楽は良いから…。最近は忙しくて、なかなかきちんと音楽を聴く機会がなかったから、俺としては嬉しい。それに君と一緒に音楽が聴けることは最高に幸せなことだからね」 大地は、かなでの表情を見ているだけで幸せな気持ちになりながら、笑顔を浮かべた。 自分で計画をしたものではあるから楽しいには違いないのだが、余計に楽しみになった。 かなでと一緒に最高に輝く休日を過ごすことが出来るのではないかと、大地は思った。 「後、この時間だと電車に乗って帰るのも大変だし疲れるだろう? 丸の内から元町だから、それなりに距離もあるから…」 大地はさり気なく、ホテルの予約シートをかなでに差し出した。 かなでがどのような反応するのかが気になってしょうがない。 かなでがあからさまに嫌な表情をしないように。 そう祈りながら、大地は不安になっていた。 大地が示してくれたプランは最高だった。 見たい聴きたいと思っていたコンサートをチョイスしてくれていた。 かなでは嬉しくて、心からワクワクしながら、チケットを見つめた。 素晴らしい音楽を大好きなひとと聴くことが出来る。 かなでにとってはこれ以上に幸せなことはなかった。 大地が不意に、ホテルの予約票を差し出す。 その瞬間、心臓のボルテージが一気に上がった。 確かに大地が言う通りに、丸の内から元町まで帰るのはかなり大変だし、終電ギリギリだ。 ならば泊まるという選択が最も自然に思える。 付き合って三年近く。 今までふたりで同じ場所に泊まることはしたことがなかった。 それゆえにかなでは緊張してしまう。 大地のことを本当に愛しているし、いつかそういうことも起こるだろうとほんのり予測もしていた。 だからいつ起こっても準備が出来ると信じていたのに、いざ目の前になるとドキドキし過ぎて、緊張してしまう。 大地をちらりと見ると、珍しく緊張しているように見えた。 嫌じゃない。 むしろ待っていたところもあるから。 かなでは深呼吸をすると真直ぐ大地を見た。 「大地先輩、ゴールデンウィーク楽しみにしていますね。プチトリップみたいで楽しみです。音楽のこといっぱいお話しましょう…」 かなでがはにかみながらも返事をすると、大地は手を握り締めてくれた。 |