1
神南の東金と土岐の誘いで、神戸に向かうことになった。 アンサンブルを演奏するためだ。 かなでは前日からとても楽しみにしていた。 のぞみに乗って、新横浜から新神戸まで。 かけがえのないアンサンブルメンバーと一緒に神戸に向かえるなんて、思ってもみなかった。 合宿や修学旅行のノリだ。 しかも至誠館のメンバーも、伊丹空港を経由して新神戸に向かっているという。 かなではかなり楽しみにしていた。 切磋琢磨をしたかけがえのない仲間とも逢えるなんて、こんなに楽しいことはない。 ランチタイムに新神戸に着くため、少し朝が早いのが難点だった。 「全員揃ったね」 大地が点呼をした後、みんなで新幹線のホームに向かう。 律が統率して先頭を歩き、大地が後ろに着く。 いつも通りの態勢だ。 かなでもまた、大地と一緒に後ろからひょこひょこと着いていった。 さり気なく手を繋ぐが、誰もが気付いていないようだった。 全員で新幹線に乗り込み、そこからは修学旅行よりも大騒ぎになった。 「やっぱ、新幹線で定番なのは冷凍ミカンだろ?」 響也が言えば、 「やっぱりアイスクリームだよ」 と、かなでが返す。 わいわいみんなで楽しい時間を過ごす。 新幹線の車窓から見る景色は単純そうに見えても、実は面白かったりもする。 かなでは車窓を眺めながら、ワクワクする気持ちを抑えることが出来なかった。 みんなでガイドブックを見ながら、観光客気分になる。 「たまご焼き、明石焼きが食べたいなあ。後、やっぱりスウィーツかなあ? 神戸のスウィーツは有名だものね。あ、観音屋の喫茶室でチーズケーキが食べたいななあ」 「ひなちゃんは食べ物ばかりだね」 大地はくすりと笑いながら、一緒にガイドブックを覗き込んでくる。 「中華街の豚マン美味しそうだ。あ、このそばめしも良いな」 「大地先輩も食い気じゃないですか」 かなでが笑うと、大地も苦笑いを浮かべた。 「今回は東金財閥の招きだ。東金には感謝しなければなるまい」 律の言葉に誰もが神妙に頷いた。 「ホテルはこちらだと聞いているよ」 大地が見せてくれたパンフレットを見ると、かなでは驚いてしまった。 「世界一の朝食ってどんな朝食なんでしょうか?」 「神戸ではかなり有名らしいね。親父が言っていたよ」 大地はかなでを見て、微笑ましいとばかりの表情をしている。 「楽しみです」 「そうだね」 雑談をしていると、やがて車窓には見事な富士山が見える。 輝かしく美しい日本一の山に、かなではうっとりと見惚れていた。 「…本当に綺麗ですね…」 かなではうっとりと山を見つめる。 横浜からも晴れて空気が綺麗な日には富士山が見える。 いつもなんて綺麗なんだろうかと、かなでは思っている。 こんなにも身近に見ることが出来て、かなでは嬉しくてしょうがなかった。 新幹線は一路西へと向かう。 「神戸ってやはり横浜に似ていますね。同じように西洋に開放された港だからでしょうか」 「そうかもしれないね」 本当によく似ている。 どちらもかなでには好ましい雰囲気の街だ。 「夜景スポット…。ビーナスブリッジ…。名前からしてロマンティックですね」 「恋人たちの定番スポットらしいよ」 大地とふたりでガイドブックを見ていると、誰もが軽く咳払いをする。 しかし大地はクールに無視を決め込んでいた。 やがて富士山が見えなくなり静岡を過ぎて、名古屋に到着する。 「名古屋だったら、後一時間と少しだな」 律が時計を見て確かめる。 かなでたちは、益々楽しみが膨らんでいった。 本当に楽しみだ。 京都に入ると、東寺の五重塔でも歓声が上がる。 いよいよ東金や土岐の本拠地に乗り込むのだ。 楽しみと同時に気分が引き締まってきた。 全国大会優勝校であることを誇りに出来る演奏をしなければならない。 かなでは益々頑張らなければならないと思った。 新大阪を越えて、いよいよ新神戸だ。 かなでたちは気分を引き締めて、新神戸で降り立った。 ホームから改札に向かうにつれて、段々気持ちが引き締められてくる。 改札の前には、なんと東金と土岐が待ち構えていた。 「ようこそ、俺たちの庭へ」 「ほんま逢いたかったで、小日向ちゃん」 「土岐…、お前の挨拶はひなちゃん限定かよ」 大地がこめかみをひくつかせながら、ギリギリ感情を抑えて言う。 「悪い? 俺は小日向ちゃんを迎えに来ただけや」 いけしゃあしゃあと言ってのける土岐に、大地は怒りモードなる。 ふたりの仲は相変わらずだと、かなでは思った。 それはそれで、似た者同士だからなのだが。 「じゃあ先ずはホテルに案内しよう。北野にあるから、ここからは近い」 東金の後に着いていくと、なんとリムジンが待っていて驚いてしまった。 「至誠館は来ているのか?」 律が辺りを見回しながら言う。 「もうそろそろホテルに着いとるんやない?」 土岐はまるで興味がないとばかりの口調をしている。 「迎えには行かなかったのか?」 「小日向ちゃんを迎えに行くほうが大事や。だって、ヤローを迎えに行っても、おもろない」 「そうですか」 大地は面白くなさそうに、一語、一語に力を入れて言う。 かなではふたりの様子を見ながら、どのようにリアクションをして良いのかがわからなかった。 「じゃあ行こうか」 東金の合図でリムジンに乗り込んだものの、かなではオロオロとしてしまう。 こんなにも立派な車に乗り込んだのは、初めての経験だったから。 かなでが緊張していると、東金が苦笑いを浮かべた。 「いずれ馴れるさ。お前はリムジンを颯爽と乗りこなす、ヴァイオリニストになるんだからな」 東金は何処か確信めいたように言うと、その期待に溢れたまなざしをかなでに向ける。 ヴァイオリンソロ部門の覇者である東金に言われると、照れくさいが嬉しかった。 「…有り難う。そうなれるように頑張ります」 かなでが照れながら言うと、東金は自信を持った笑みを唇に浮かべる。 「お前ならやる。先ずは来年のコンクールのヴァイオリンソロ部門に優勝しろよ」 東金はけしかけるように言うが、そこにはかなでへの期待が満ち溢れている。 それは純粋に有り難くて、嬉しいことだった。 「そうなれるように頑張ります」 「それでこそ俺が見込んだ女だ」 東金はストレートに力強く言うと、何処か勝ち誇ったまなざしを大地に向けていた。 かなでと東金や土岐との会話を聞いていると、大地は苛々してくるのを感じた。 かなでが褒められるのは、恋人として嬉しいことではあるし、誇らしくもある。 だが、ふたりは本当に油断ならないと、大地は思った。 かなでは自分だけの恋人だ。 誰にも奪わせない。 大地は、自分がこんなにも嫉妬深い男だったなんて、改めて驚いてしまった。 「…榊君…。相変わらずクールなふりをした子供やね…」 土岐の穏やかに見えて鋭いまなざしが、大地を攻撃してくる。 こんな挑発には乗れない。 自分自身が一番ガキであることを解っているのだから。 「…何のことかな…」 大地はわざとクールなふりをして、落ち着きを払うように呟く。 「…さあ…? 一番あんたがよう解っとうやろ?」 全く神南のふたりは食えない。 ちらりと横にいるかなでを見る。 ある意味、かなでが一番大物なのではないかと、大地は思った。 リムジンは一路、ホテルへと向かった。 |