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リムジンに乗っていると、赤い鳥居が見えて来た。 朱色の鳥居は、神戸の街をずっと見守っているように、かなでには見える。 「あの鳥居は?」 「あれ? 生田さんの鳥居やわ」 「生田さん? ひと?」 土岐の言葉にかなでがとんちんかんに答えると、東金が喉を鳴らしてくつくつと笑う。 「関西では、神社仏閣には“さん”を付けるんだよ。生田神社だから、生田さん。例えば清水寺なら清水さんって具合にな」 「へえ」 かなでは妙に感心しながら、面白いとすら思った。 「何だか色々あって楽しいですね」 かなではニコニコと笑いながら、車窓を眺める。 神戸は不思議な街だ。 立派な神社が街を見守っているかと思えば、近代的なビル群もあり、古くからの洋館が残るロマンティックな町並もある。 何処となく横浜に似ている。 「神戸って横浜に雰囲気が似ていますね」 「やっぱり、明治以降の街が出来た課程が同じだからだろうな。同じように開港して、同じように大都市に隣接した港町だからな。だが、俺は神戸のほうがより明治モダンというのが残っていると思うぜ。横浜も良い街だが、開発がされ過ぎて、良い部分が消えていっている気がするけれどな。…ま、あくまでも俺の主観」 東金は淡々と言いながらも、神戸への愛情を滲ませていた。 横浜も神戸も、かなでにはとても好ましい街には違いない。 同時に音楽が似合う場所だと思った。 「あっちが三宮や。小日向ちゃん、神戸は迷った時も分かりやすい街やで。東西南北が解りやすいんや。六甲があるほうが北、海があるほうが南。そう思っといたら間違いはないわ」 「はい」 土岐に良いことを訊いたと思いながら、かなでは神戸観光に思いを馳せていた。 車は山手へと向かう坂を上がっていく。 ロマンティックな異国情緒のあるところで、リムジンは停まった。 「ホテルにチェックインの前に、腹ごしらえをしないとな。ここは結婚式場とレストランを兼ねているところだ。なかなか雰囲気が良いから、ランチには最適だ。今日は貸切りだ。至誠館の奴等も来ているはずだ。中に入ろう」 かなではリムジンから、ときめきを胸に抱いてレストランの建物を見た。 流石に結婚式場を兼ねているだけあり、ロマンティックなモダンが漂っている。 横浜にも同じようにヨーロッパの香りがするレストランがあるが、ここもまた素敵な雰囲気が漂っていた。 リムジンから降りようとすると、先に降りた大地が手を差し延べてくれる。 「どうぞひなちゃん」 「あ、有り難うございます」 ロマンティックなレストランに、ロマンティックなエスコート。 全く夢見心地だ。 しかも、エスコートをしてくれるのは、かなでが大好きな王子様ときている。 まるでお姫様にでもなったような気分だった。 大地の手を取ると、ときめきがマックスになる。 うっとりとした気分でリムジンから降りると、大地はそのまま手を握り締めてくれた。 「小日向ちゃんの王子様の登場か。ほんまお熱いことやね」 土岐にからかうように言われて、かなでは真っ赤になってしまった。 横にいる大地を見ると涼しい顔をしている。 流石だとかなでは思わずにはいられなかった。 レストランに入ると、ここは神戸ではなくて、ヨーロッパの都市のように思えてくる。 ヨーロッパでもフランスではなく、ドイツやオーストリアの雰囲気だ。 かなでたちが入っていくと、既に至誠館のメンバーたちがいた。 八木沢以外は落ち着かない様子で、何処かちぐはぐな感じもする。 「かなでちゃーん!」 およそヨーロピアンな雰囲気からはかけ離れている新が、熱烈歓迎をしてくれた。 「至誠館のみんな!」 かなでもつい懐かしくて、笑顔で駆けてしまう。 場の雰囲気にそぐわないのは解っていたが、それでも再会は嬉しいものだった。 「じゃあお昼食べよか? 皆も席ついて」 土岐が仕切るなか、かなでたちは席に着いた。 その途端にびっくりする。 本格的なフレンチスタイルだ。 これには驚いてしまった。 かなではまだ高校生であるから、こんなにもきちんとしたフレンチを食べたことはなかった。 緊張しながら、綺麗に並べられたカトラリーを見ていると、大地が優しく微笑みかけてくれた。 「…ひなちゃん、カトラリーは外側から対に並んでいるから順番に使ったら良いよ。分からなかったら、俺の真似をして?」 「はい」 大地がそばにいてくれてホッとする。 かなでは気を取り直して、食事をすることにした。 至誠館のメンバーも些か緊張しているようだったが、そこは部長である八木沢がフォローをしてくれていた。 料理は最高級フレンチで、かなでは緊張しながらめ美味しく食べる。 味は美味しいが、緊張が大きかった。 大地の様子を見ながら、フレンチを楽しむ。 「演奏会場だが、ハーバーランドにあるホールで行なう予定だ。後で下見に案内をしよう」 「有り難う、東金さん」 神戸のホールなんて初めてだからドキドキする。だが、悪い緊張ではなく、むしろ期待の大きい緊張だ。 関西の観客にはどう思われるのか。 それを考えるだけでかなでは緊張した。 「大阪や西宮北口まで足を伸ばせば、クラシック専門のホールはまだある。音響はピカイチだと俺は思っているけれどな」 東金の話に熱心に耳を傾けながら、かなではいつか、クラシック専門ホールを観客でいっぱいにするコンサートツアーが出来るソリストになりたいと思った。 かなでが未来への決意強く固めていると、大地が見守るようなまなざしを向けてくれた。 「ひなちゃんは本当にヴァイオリンに夢中だね」 大地の柔らかくて甘い声に、かなでは希望に満ちた笑顔を向ける。 「本当に、ヴァイオリンを勉強するために決意して、全国大会に出て良かったと思っています」 「それは良かった」 かなでは頷くと、神戸にいる間に、更にステップアップ出来るようにと、願わずにはいられなかった。 デザートは、流石は洋菓子の神戸と呼ばれるぐらいあり、蕩けるぐらいに美味しかった。 「何だかスウィーツが幸せな味がします」 かなではついうっとりしながら、甘いお菓子を堪能した。 「神戸は洋菓子が美味しいからね。和菓子も美味しいとこしっとうよ。小日向ちゃん、丹波の黒豆を使こうた美味しいおまんがあるから、一緒に行こか?」 土岐はずっとこちらを見ている。色のある表情で見つめられると、かなではドキドキしてしまう。 「是非、俺にも教えて貰おうかな、その店」 大地がふたりに割り込むように言う。 するとまた、土岐がからかうように大地を見つめた。 このふたりは、本当にこうして対峙をするのが好きなようだ。 だが、根本的なところでは、分かりあえているのではないかと、かなでは思わずにはいられなかった。 「小日向、まだ時間があるからここの庭を散策したらどうだ? 今日は晴れてるから、神戸の街や、大阪湾、淡路島や四国が見渡せるぜ」 東金の誘いにかなでは目を輝かせる。 海が見える景色は大好きなのだ。 「是非!大地先輩、行きましょう!」 「ああ」 とっておきの風景は、やはり大好きなひととみたいからな。かなでは、大地と一緒に、うきうきしながら、レストランの庭へと向かった。 庭に出た途端、かなでは言葉を失う。 神戸の青い透き通った空の向こうには、現代と明治が交差した神戸のエキゾティックな町並が見え、更にその向こうには鈍色にキラキラと輝く大阪湾、明石海峡大橋までもが見えた。 かなでは圧巻され、たたただ見つめる。 横浜とよく似てはいるが、横浜に比べて建物がすっきりとしているせいか、神戸の景色は開放的に見えた。 「小日向ちゃん、あれが垂水からかかっとう明石海峡大橋、淡路島までいっとう。東に見えるんが大阪、で、あれが異人館通り。異人館は震災で3割なくなってしもうたらしい。俺は小さ過ぎて覚えてへんけど」 土岐の解説に耳を傾けながら、ロマンティックと切なさで泣きそうになる、 大地を見ると、かなでの気持ちを察したのか、優しい笑みを向けてくれた。
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