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車が到着したのは、みなとみらいホールと同じぐらいの立派な場所だった。 少し古くはあるが、圧倒される。 かなでたち星奏のメンバーも、至誠館のメンバーも、一気に気持ちが引き締まった。 東金は楽屋や、ステージを順に案内をしてくれる。 「うちの祖父さんが道楽に建てたホールだ。音響自体も悪くはないはずだ」 まさか東金の家がホールまで持っているとは思わなかった。 かなでは、余りにものスケールの大きさに驚くしかない。 「小日向、ステージのセンターに立ってみろよ」 「う、うん」 かなではステージのセンターに恐る恐る立つ。 センターに立った後、ソロリサイタルの場面が思い浮かぶ。 そうなれば良いと思わずにはいられなかった。いつか、この規模のホールを、ソロリサイタルでいっぱいにしたいと、かなでは深く思った。 かなでは真直ぐ一番後ろの観客に向かって見つめた。 「東金さん、ヴァイオリンをここで少し弾いても良いですか?」 「いいぜ。弾いてみろよ。お前が全国大会の後にどれぐらい成長したのか、俺も見てみたいからな」 「有り難う」 ヴァイオリンケースだけは、かなでは大切に持ち運びをしていた。 かなではヴァイオリンをケースから取り出すと、構えた。 何だかヴォカリーズが弾きたい気分だ。 かなでは神経を集中させると、ヴァイオリンを奏でた。 気持ちが良いぐらいにヴァイオリンの音色がよく響く。 いつもよしも美しい音色を出していることが出来ているのではないかと、かなでは上機嫌になっていた。 ヴァイオリンを奏で終わると、東金はこちらを見ている。 「…なかなかだろ? ここは」 「音が綺麗に響くのが素晴らしいです」 かなでが笑顔で言うと、東金は満足をしたかのように頷いた。 かなでの後も、何人かが楽器演奏をして、感触を確かめている。 「こんなホールで演奏が出来るのは嬉しいです」 「それは良かった。確かにこのホールは綺麗に響くね」 大地はホールを見つめながら、 頷いていた。 ホールの下見が一通り済んだところで、かなでたちはホテルへと向かった。 時計を見ると、もう夕方だ。 「明日はのんびりと観光を楽しむと良い。横浜も見どころがいっぱいあるが、神戸も色々とあるからな。中華街も横浜ほどではないが、美味い店が沢山あるしな」 東金の言葉に、かなでは幸せそうに頷いた。 明日は自由時間。 大地とどれぐらい名所を回れるのだろうかと、かなではぼんやりと考えていた。 ホテルまで帰ってくる。 東金たちとはここで別れると、かなでは思っていた。 だが、東金たちも一緒にチェックインをした。 「後であんたらに神戸のええとこ教えるわ。ええとこぎょうさんあるから」 「有り難う」 神戸の観光がのんびりと出来るなんて、幸せなプレゼントだと思わずにはいられない。 「中華街の豚マンも美味しいし、後は長田のそばめしもええね。後は、ケーキの美味しいとこ、ぎょうさんあるから」 土岐は食べ物を中心に色々と話してくれる。 「ホンマに美味しいから」 「楽しみです。沢山、神戸の名物を食べたい」 「ひなちゃんにかかったら、神戸の名物を全部制覇出来そうだ」 大地は笑いながら、かなでを包み込むように見つめてくれる。 大好き。 その想いで満たされてしまう。 「だけど本当に美味しそう…」 かなでがうっとりとしていると、大地たちはまた笑った。 それぞれ部屋へと向かう。 かなではのんびりとした楽しい気分で、部屋へと向かった。 案内された部屋に驚く。 女子がひとりであるということもあり、かなではダブルルームをあてがわれた。 部屋の雰囲気が優雅過ぎて、しばし、かなでは呆然と見つめていた。 こんな部屋に泊まるなんて初めてだから、かなではドキドキしてしまう。 しがない高校生には、分不相応ではないかと、思わずにはいられなかった。 「…流石は…神南かあ…」 かなではキョロキョロと辺りを見回した後、ベッドの上にダイビングしてみた。 「一度やりたかったんだよね」 ベッドの上で手足をバタバタさせた後、かなでは窓の外を眺めた。 「わあ…」 神戸の街が一望出来る。 明石海峡に沈む静かなオレンジ色の夕陽が、かなでの心を動かした。 本当に綺麗でずっと見つめていたい。 横には大好きな大地がいれば良いのにと、思わずにはいられなかった。 不意に携帯電話が鳴り響き、かなでは素早く出た。 「はい、小日向です」 「榊だよ。ひなちゃん、夕食に出るらしいよ。支度してロビーに集合だそうだ」 「はい、分かりました」 かなでが髪を整えてロビーに向かうと、そこにはメンバー全員が勢揃いしていた。 「じゃあ食べに行くか。芦屋方面に向かう。蓬生の祖父さんが贔屓にしている和食処だ」 東金はやはり仕切り屋なのだと思いながら、かなでは次に何が出て来るかわくわくした。 「小日向ちゃん、損はさせへん。ほな行こか」 土岐に着いてホテルを出ると、またリムジンがやってきた。 「本当に熱烈歓迎だね」 大地は溜め息を吐きながら、かなでをエスコートしてくれた。 リムジンに乗りながら、かなでは東金に訊く。 「何だかここまでして貰って申し訳ないです」 「まあ出演料代わりだと思って、遠慮なく受け取ってくれ」 「はあ」 横浜や仙台からわざわざ来てくれたのだからと東金は言うが、かなではかなり申し訳なく思った。 「蓬生さんのお祖父さまは、和風がお好きだってイメージがあります」 「…蓬生の祖父さんは、灘で造り酒屋をしているからな。今や灘の生一本な酒を作っている酒蔵メーカーは珍しいからな。昔ながらにこだわりがあるんじゃないか」 酒蔵メーカー。 かなでは世界が違い過ぎると思わずにはいられない。 大地にしても家庭環境が良いし、やはりそのような者たちが多いのだろうかと思った。 リムジンは静かに芦屋の山手へと向かう。 とても静かで、神戸からほど近いところなんて信じられなかった。 格式の高い料亭の雰囲気がある店で、昼と違った緊張を感じた。 「中華街やったら明日の自由時間に行って食べられるやろうから、今日は和食や」 昼間にフレンチを食べたから、もたれた胃にはちょうど良いとかなでは思った。 こんなにも豪華な食事が続くなんて、かなでには考えられない。 「本当に良くして下さって有り難うごさいます」 「小日向ちゃんやから歓迎するんやで」 土岐の言葉に、かなでは嬉しく思い、ほんのりと頬を染めた。 神戸組が熱烈に歓迎してくれている。 それは大地にとっても有り難いことではあるが、それと同時に受けいられないこともある。 明らかにかなでの為にやっていることが分かるからだ。 ふたりがかなでに特別な感情を抱いていることは、薄々解ってはいる。 だが、どんなことがあっても、かなでを離す気なんてなかった。 誰にも渡さない。 大地はそれを強く感じた。 かなでが常にちょこんと自分の横に座ってくれていることは嬉しい。 かなでにとって、この位置が自分の位置であると、感じて欲しくもあった。 食事は上品で美味しかった。 土岐の祖父は有名酒蔵メーカーの社長で、いずれは孫を継がせたいと思っていると、聞いたことがある。 だからこそこの店なのだろう。 ふと、かなでが痛そうな表情をした。 「ひなちゃん、どうかしたのかい?」 「足が痺れちゃいました」 舌を出すかなでが可愛くて、大地は微笑む。 癒してくれるような笑みが、大地には嬉しかった。
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