前編
秋も深まってくると、いよいよロマンティックなシーズンに突入してくる。 点灯式、クリスマス、大晦日、お正月、そして大好きなひとのバースデー。 かなでにとっては、それこそ毎日がスペシャルな日々が続いてくる時期であるのだ。 準備をするだけでも本当に楽しいから、毎日が楽しくてしょうがなくなる。 この時期が、かなでには一番楽しみな時期だ。 かなではこの素晴らしいシーズンの幕開けが、クリスマスツリーの点灯式だというのが、とても嬉しい。 今年の点灯式のヴァイオリニストにかなでが選ばれた。 かなでは早速、点灯式に相応しい曲を探している。 クラシック、讃美歌、そして定番のクリスマスソングまで、様々な楽譜を見ながら検討している。 ロマンティックな点灯式ではあるから、かなでは盛り上がりに一役買いたいと思っていた。 大地とカフェで落合って、点灯式の楽曲について助言を求める。 「いよいよひなちゃんが今年の点灯式のヴァイオリニストか」 大地はコーヒーを口にしながら、しみじみと呟く。 「日野香穂子さんなどの歴代の有名ヴァイオリニストさんがされた役割なので緊張します」 かなでは、伝統があるが故のプレッシャーもひしひしと感じている。それを解ってくれているかのように、大地は頷いてくれた。 「そうだね。だけど、俺は、ひなちゃんらしいひなちゃんにしか出来ない素敵な点灯式になると思うよ」 「有り難うございます。是非、そうしたいと思っています。私にしか出来ない点灯式が出来るように頑張ります!」 かなでは大地の前だと、沢山の元気が出てきて、キッパリと宣言することが出来る。 「うん、君なら楽しくてロマンティックなクリスマスソングを奏でられると思うよ」 「有り難うございます。そう出来るように頑張りますね!」 大地といると不思議なぐらいに、かなではやる気が溢れてくるのを感じる。 だからこそ、何かがある時には、つい助言を求めてしまうのだ。 「最初は厳かに、次は楽しく、最後はロマンティックになるような曲で構成しようと思っています」 「そうだね。その方向で行くと、誰もが楽しんで貰えると思うよ」 「そうですね」 かなでは幾つかカ楽譜を出して、熱心に大地に相談した。 「後は衣装なんですよね。クリスマス前の厳かな雰囲気を出すために、やはり白にするのか、赤にするのか、それともエバーグリーンという観点から、グリーンにするのか…。難しいですよね…」 かなでがしみじみと呟くと、大地も頷いた。 「デザインにもよるんじゃないか? 点灯式はやはり厳かな儀式ではあるから、そこは考えないといけないね」 「そうですよね」 「どんなドレスかを見せてくれたら、俺も選びようがあるけれども…」 確かに、大地が言う通りに、色だけではドレスの雰囲気は推し量れない。そのあたりはかなり難しいところではあるのだ。 「そうですね…。大地先輩、これから時間はありますか?」 「あるよ。どうして?」 「だったら、候補にしているドレスを見て頂きたいんですが、構わないですか?」 「構わないよ」 「有り難うございます」 やはり見て貰うのが一番だと思い、かなでは大地を自分のアパートに呼ぶことにした。 菩提樹寮を出たのはつい最近。 かなでにとってはドキドキの一人暮らしではあるが、ただ、学院指定のアパートだから、寮に自炊出来るスペースがついた感覚だった。 実際に、かなでにとっては余り感覚的なことは変わらなかった。 理事長が運営しているアパートを、学生達に格安で提供して貰っているのだ。 勿論、音楽系の学校であるから、防音などは全くぬかりがない。 その辺りのメリットも大きかった。 「どうぞ入って下さい」 「お邪魔します」 恋人同士だとはいえ、ふたりはまだどこかで、“先輩と後輩”の感覚が残っている。 ついこうして硬い雰囲気になってしまうのだ。 「ドレスなんですが、この三枚で迷っているんですよ」 かなでは大地に、三枚のドレスを見せた。 大地はコーヒーを片手に、真剣に見てくれている。 「どれが雰囲気にあっているでしょうか…」 「そうだね…。うーん、やっぱり、着て貰ったほうが分かりやすいかもしれない。着て見せて貰っても構わないかな?」 「はい」 確かに大地が言うのには一理ある。 着ないと全体的な雰囲気が掴めないというのは、最もなところではある。 「じゃあ、着替えて来ますね」 「ああ」 かなでは大地のいる部屋で着替えるのは恥ずかしいと思いながらも、先ずは緑のドレスから着た。 こちらはベーシックなデザインで、無難だ。だが、無難過ぎて地味になりがちというところがある。 「そうだね…。クリスマスツリーと一体型になりそうだね」 「確かに」 大地の的確すぎるコメントに、かなではつい苦笑いを浮かべてしまう。 「かなでちゃん、次いこうか」 「はい」 大地の反応はイマイチだった。 これは恐らくは却下だろうと思いながら、かなでは着替えにいった。 続いては赤のドレスだ。色の主張がかなり激しいせいか、ドレスのデザインはいたってシンプルだ。 それゆえに、炎のように情熱的な色であるが故に、どちらかと言えば、艶やかさを演出している。 クリスマスローズがあしらわれているデザインが、かなでの熱情を更に駆り立てているようにも見えた。 「…そうだね…。とてもひなちゃんには似合っているけれど、官能的な雰囲気があり過ぎて、神聖なクリスマスツリーの点灯式には、何処かアンバランスかもしれないね」 「…確かにそうですよね…」 かなでは、まだまだ色気が足りなくて、ドレスに着られている雰囲気がある自分に溜め息を吐いた。 まだまだ深紅のドレスは早いのかもしれない。 十代のかなでには全く役不足といっても良かった。 「なかなか難しいですね…」 「まあ今回はシチュエーションがシチュエーションなだけに難しいと思うよ」 「そうですよねえ…」 かなではがっかりと溜め息を吐いてばかりではいられないと思い、思い切って、着替えることにした。 「…そうだよね…」 かなでは結局、第一候補だった白いドレスを着ることにした。 それが一番無難であるし、清楚に見える。 結局は、落ち着くところに落ち着いたといったところだろうか。 「これが言っていた白ですよ。如何ですか?」 かなでが緊張しながら大地の前に出ると、じっと見つめられてしまう。 こんなにも情熱的に見つめられると、緊張してしまう。 一瞬、大地の言葉が止まる。 何も言わないということは気に入らないのかもしれない。 言葉では上手く言い表すことが出来ない不安に、かなではちらりと大地を見た。 自分では、一番点灯式にあっていて、かつ似合っているのではないかと思っていただけに、ショックだった。 「…あ、あの…、気に入らなかった…ですか…?」 「いいや…。凄く似合っているよ…。誰にも見せたくはないぐらいに…」 大地は胸が詰まったように言うと、いきなりかなでを抱き締めてきた。 「誰にも君を見せたくはないと思うぐらいに、似合っていて、綺麗だよ…」 「大地先輩…」 かなでが自分のものだとばかりに、力強く抱き締めてくる。 息が出来ないほど抱き締められて、かなでは幸せが溢れてくるのを感じた。 「大地先輩にだけお見せしたいからこのドレスにします」 「ひなちゃん…」 かなでは大地を抱き締めながら、幸せな気分を味わっていた。 |