*Venus Trip*

前編


 もうすぐ大好きな男性に逢える。

 新幹線での二時間半がとても長く感じる。

 西へ、西へ。

 学院メンバーと富士山を見て感動をしたり、みんなでわいわいするのも楽しい。

 だが、大好きなひとに逢えるワクワク感には勝てない。

 いよいよ京都。

 後少し、後少ししたら、大好きな男性に逢えるから。

 からかうようでいて、本当は優しい笑みを見せてくれるのだろうか。

 あの笑顔に逢えると思うだけで、かなでの胸は幸せでいっぱいになった。

 新大阪を過ぎれば、本当に後少し。

 新神戸とアナウンスされた瞬間、かなでは慌てて荷物を取った。

 大好きな男性は、和菓子が大好きだから、元町の和菓子屋でお土産も買って来たのだ。

 新神戸のホームに降り立つと、気持ちが引き締まると同時に、いよいよ大好きな男性と再会出来る嬉しさが込み上げてきた。

 かなでは改札までドキドキしながら歩いて行く。

 余り慌てて行ってしまったら、きっとみんなに笑われてしまうから。

 何とかそれだけは抑えた。

「かなでちゃん!」

 少しのんびりとしたスピードの神戸独特のイントネーションが響いて、かなではにんまりと笑った。

 ずっとこの視界に焼き付けたかったシルエットが見えて、かなでは嬉しくて泣きそうになった。

「蓬生さん!」

 横に千秋がいることなんて視界に入らず、かなでは蓬生に真直ぐ向かった。

「久し振りやね。ようこそ神戸へ」

「お招き頂いて嬉しいです」

 かなでと蓬生がじっと見つめあっていると、千秋や星奏の仲間たちが苦笑いを浮かべたのは言うまでもなかった。

「先ずはランチに行ってからゆっくりと話そうか。ここから近い北野のレストランに予約を取っている。至誠館の連中もそこで合流することになっているから」

「はい」

 千秋らしくリムジンが用意されている。

 流石は神南といったところだろうか。

「かなでちゃん、あんたはこっちや」

 一台だけスポーツカータイプの外車が停まっている。

 直ぐに蓬生の愛車であることは解った。

 かなでは嬉しさと恥ずかしさにはにかみながらも、蓬生の車に乗り込んだ。

「今から行くとこは、神戸の町並みが一目で見られる見晴らしのええとこや。かなでちゃんも気に入ると思うわ」

「有り難う」

 かなでは初めて来る神戸の街を眺めながら、幸せな気分になる。

 ふと視界に立派な赤い鳥居が見えた。

「立派な赤い鳥居…」

「ああ。あれは生田さんの鳥居」

「生田さん?」

「生田神社。結婚やら恋を司る神さんなんやで。恋する女の子らは皆、行っとう」

 恋を司る神様。

 何だか行ってみたい。

 蓬生と一緒に行くことが出来たら、嬉しいのに。

 かなでが夢見るようなまなざしで神社を見ていると、蓬生はくすりと笑った。

「かなでちゃんは行きたそうやね」

 バレてしまったことがほんのりと恥ずかしい。

「生田さんよりももっととっておきの場所があるから、連れてってあげるわ」

「有り難う」

 生田神社よりも恋に効くとっておきの場所とは何処なのだろうか。

 かなでは楽しみにしながら頷いた。

 

 車は、神戸らしい西洋風のクラシカルな建物の駐車場に停まった。

 解放感とロマンティックが同居するような、ロマンス溢れたヨーロッパ風の中庭が広がっている。

 神戸の街を一望出来るというのは、本当だ。

「じゃあゆっくりとランチを呼ばれた後で、庭の散歩をしよか?」

「はい」

 かなでは蓬生を見つめながら、笑顔で頷いた。

 レストランに入ると、既に至誠館のメンバーたちが到着していた。

 セレブリティな雰囲気であるからか、至誠館のメンバーは誰もが緊張している。

 かなでもまた、ほんのりと緊張していた。

 自分とは違う世界のように思えてしょうがなかった。

 食事はとても美味しかったが、食事をしている間は、蓬生が気になってしょうがなかった。

 デザートは神戸らしく、とっておきのスウィーツだった。

 甘くて美味しいスウィーツは、まるで恋の味がするように思えた。

「かなでちゃん、中庭に出よか」

「はい」

 蓬生にごく自然に連れられて、中庭へと入った。

「何か違う世界に来たみたいです」

「まあ、千秋はな。あいつんとこのスケールは違うから」

「蓬生さんも充分ですよ」

「うちの親父は公務員やで。ま、祖父さんは灘で酒作っとうけど」

 さらりと言った後、蓬生は甘くて優しいまなざしをかなでに向けてくれた。

「かなでちゃん、住む世界が違うなんてことはあらへん。距離は遠いかもしれへんけど、心は近いから」

「はい」

 蓬生の笑顔を見ていると、不思議とそう思えて来るのが不思議だ。

 かなではホッとした気分になり、笑顔になった。

「かなでちゃん、ここからは神戸が一望出来るわ。東側が大阪、南は淡路、西に光っとう橋が明石海峡大橋。であのあたりが異人館通り」

 蓬生に案内されるのを聞きながら、かなではその場所を視線で追っていく。

 見つめているだけで、神戸の街の優しさが解る。

 横浜とは雰囲気が似ている街ではあるけれど、神戸のほうが古き良き明治の香りが残っているような気がした。

「横浜と雰囲気が似ていますね、やっぱり」

「そうやね。同じように港町で、大きな街に近いからね。だけど俺は神戸が好きやで。何か神戸は温かい強さを感じるから。何回倒れても負けへん強さのある街や」

 蓬生はいつもよりも力が籠った声で言う。

 本当に神戸の街を愛しているのだということを、かなでは感じずにはいられなかった。

「俺は震災は知らへん世代やから、大層なことは言われへん、生まれてそんな経ってへんかったからね。大変やったて聞いただけや。ただ、祖父さんとうちの親が和解したんは、震災がきっかけやった。ある意味、あれで運命が変わったんや」

 蓬生はフッと微笑むと、かなでを見つめる。

「蓬生さんは神戸が大好きなんですね」

「何、言っとう。自分が生まれ育った街や。当たり前や。かなでちゃんも故郷や横浜が好きやろ? それと同じや」

「はい」

 ふたりで見つめ合いながらやはり笑顔になる。

 幸せな笑顔だ。

「かなでちゃん、俺が気に入っとう神戸のええとこ、いっぱい案内するわ。特にかなでちゃんが気になっとう恋愛スポットも」

「有り難うごさいます」

 どんなにとっておきのスポットなのだろうか。

 かなでは気になってしょうがない。

「楽しみです。蓬生さんのとっておきの場所」

「期待しといて。俺の気に入っとう最高の場所やから」

「はい」

 蓬生はさり気なく手をしっかりと握り締めてくれると、かなでは幸せな気分になる。

「俺が育った神戸をかなでちゃんには知って欲しい思ってるから」

 本当に知りたい。

 大好きな男性が生まれ育った街を。

 短い時間ではあるが、かなでは沢山のことを吸収しようと思っていた。

「かなでちゃん、これを上げるわ」

「え?」

 小さな紙袋を渡されて、かなでは目を丸くする。

「何ですか?」

「とっておきの豆餅。食べ」

「有り難う」

 何だかとっておきのものおやつをプレゼントして貰ったようで、かなでは嬉しかった。

「ナイショやから、こっそり食べや」

「はい、有り難う!」

 ふたりだけの秘密のような気がして、かなでは嬉しかった。

「楽しみです」

「ついでに神戸観光も楽しみにしときや」

「はい!」

 かなではにんまりと微笑みながら、この神戸の旅人忘れられないものになるだろうと思っていた。

 



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