*Sweet Party*

前編


 全国大会優勝の祝賀会が、老舗高級ホテルで開催される。

 朝からかなではドキドキしながら、準備をする。

 田舎から持ってきたドレスを持って、ホテルへと向かう。

 大地やハルが菩提樹寮に迎えにきてくれた。

「のんびり歩いてゆけるホテルだからね。ゆっくり行こうか」

 大会が終わってから、大地と並んで歩くことが多くなった。

 それが今はとても心地好い。

「何だか緊張します。憧れの日野香穂子さんや、衛藤桐也さんがパーティに出席されると聞いたので…」

 かなでは憧れのひとたちの前でヴァイオリンを弾くだけで、ドキドキしてしまう。

「理事長の顔で財界の有名な方々も来られるらしいよ」

 大地はさらりと何でもないことのように言ったが、かなでは余計に躰を硬くした。

「そ、そうですか…」

 かなでは躰を硬くしながら、大地を見上げる。

「大丈夫だ。いつものひなちゃんでいれば。笑顔でいたら良いんだから」

 大地の太陽のように眩しい笑顔を見ているだけで、かなでは元気が出て来た。

 真直ぐ明るい気分でいられる。

「有り難うございます」

「うん、頑張ろう!」

 かなでは大地と一緒にいれば笑顔で頑張れると思い、強く頷くことが出来た。

 

 ホテルに着いて、かなでは控え室に向かう。その途中で、お腹の大きな女性と遭遇した。

 明らかにヴァイオリンとドレスケースを持っていて大変そうだ。

「あ、手伝います」

 かなでが駆け付けていくと、赤毛が美しい女性が振り返った。

「…あ…!」

 振り返ったのは、かなでが憬れているヴァイオリニスト、日野香穂子だった。

「…日野香穂子さん…!」

「ええ、こんにちは。小日向かなでさん」

 香穂子が自分の名前を言ったものだから、かなでは驚いてしまった。

「日野さん、どうして」

「噂はかねがね聞いていますよ、小日向さん」

 にっこりと微笑む香穂子は、なんて綺麗なのだろうかと思う。

 思わずうっとりと見つめてしまう。

「今日は同じ控え室なのよ。女性は私たちだけだから。よろしくね」

「はい…」

  かなでは憧れのヴァイオリニストが想像通りに優しかったことが嬉しくて、踊出したくなった。

「日野さん、お荷物を持ちます」

「有り難う。だけど大変じゃないかな?」

「大丈夫です」

 かなでは香穂子の荷物を持つ。

「日野さんは、ご結婚されていたんですね…。知りませんでした…」

「そうなの。大学四年生の秋に結婚したのよ。だから3年になるわ」

 まさか日野香穂子が結婚しているなんて、かなでは思いもよらなかった。

 最近はコンサートよりもCDでの活動が多いのはそのせいなのだろう。

 日野香穂子が、控え室のドアを開けてくれて、かなでは中に入った。

「今日はご一緒出来て嬉しいわ。あなたたちのアンサンブルを楽しみにしているわね」

「日野さんに聞いて頂くなんて光栄です」

「私も学院にいる時は、アンサンブルを演奏していたから、とても懐かしいわ」

「そうなんですか」

 憧れのヴァイオリニストと同じことを同じ学校でしている。

 かなでにはそれが嬉しかった。

 かなではドレスに素早く着替える。

 日野香穂子は、美貌のヴァイオリニストとして取り上げられることが多いため、とても綺麗だ。

 妊娠しているから余計に綺麗なのかもしれない。

 きらきらと輝いていて、本当に幸せなのだろうと、かなでは思った。

 そこもまた、かなでの憧れになる。

 本当にここまで綺麗なヴァイオリニストはいないのではないかと思った。

 日野香穂子は美しくドレスアップし、化粧を綺麗に直している。

 かなではお化粧をしないので、そのまま横顔を魅入っていた。

 こんなにも綺麗で素敵なひとはいないのではないかと思う。

 自分もいつかこうなりたいと、かなでは思っていた。

「小日向さん、菩提樹寮の住み心地はいかがかしら?」

「え? あ、クラシカルな外国の洋館がロマンティックで私は好きです」

「有り難う。あの寮は、国と横浜市から文化財に指定されているから、なかなか改装するのも難しいのよ。だから不便かもしれないけれど、我慢してね」

「私は大好きですよ」

「それは良かった」

 香穂子はにっこりと笑うと、かなでをじっと見た。

「小日向さん、まだ時間があるから、少しお化粧をしてみない? 私が軽くメイクをするから」

 日野香穂子はにっこりと笑ってかなでを見る。

 日野香穂子のように綺麗になれるのであれば、喜んでメイクをしたい。

「お願いしても良いですか?」

「勿論!」

 香穂子は嬉しそうに言うと、かなでをドレッサーの前に座らせてくれ、早速、メイクにかかってくれた。

 やはり手慣れているからか動きが素早い。

 かなでは鏡の前で、自分がどんどん変わってくるのを見るのが、新鮮な驚きだった。

「あなたは高校生だから、少し控え目にお化粧をするわね。唇はほんのりとアプリコットピーチのルージュを塗れば綺麗だから」

「有り難うございます」

 手早く香穂子がしてくれたメイクは、本当に綺麗で、見違えるほどだ。

 香穂子はふと甘く微笑む。

「小日向さん、あなたもアンサンブルを通して素敵なひとが見つかったのかしら」

 香穂子の言葉に、かなでは思わず真っ赤になってしまう。

「やっぱりね。私もそうだから分かるわ」

「え? 日野さんも? ひょっとして…、旦那様はその時に?」

「そうよ。学院の分裂騒動や、アンサンブルコンサートを通じてね」

 なんてロマンティックなのだろうと、かなでは思う。

 うっとりと話を聞いていると、不意に香穂子の携帯電話の着信音を流れた。

 ロマンティックに“ジュ・トゥ・ヴ”だ。

「はい、香穂子です。暁彦さん!」

 暁彦。

 何処かで聞いたことがある名前だが、香穂子の夫の名前だろうか。

 そんなことをかなではぼんやりと考えていた。

 香穂子は携帯電話を切ると、かなでに向き直った。

「では私は行くわね。小日向さんもそろそろ集合時間ではない?」

 かなでは時計を見てハッとする。

 本当にそろそろ行かなければ、またハルに怒られてしまう。

 かなでも香穂子と一緒に控え室を出た。

「では後でね、小日向さん」

「はい! 日野さん」

 日野さんと呼ぶと、香穂子は何故か目を少し開いて笑った。

「遅れてごめんなさい」

 かなでが集合場所に行くと、既に他のメンバーたちは来ていた。

 誰もがじっと見つめるものだから、かなでは不思議に小首をひねった。

「では…、行こうか」

 いつもは冷静沈着な律までもが、何故か落ち着かない様子だった。

 大地がいつも部のしんがりを務めるものだから、かなでも同じように後ろを歩く。

 不意に手をギュッと握り締められて、かなでは思わず大地を見た。

 熱いまなざしで見つめられて、喉がからからになるぐらいにドキドキする。

「…ひなちゃん、今日は可愛いって言うよりは、綺麗だ…」

 大地の情熱を帯びた甘いテノールに、かなでは呼吸不全になりそうだ。

「日野香穂子さんと控え室が同じで、メイクをして下さったんですよ」

「そうだったんだ」

「日野さん、本当にお綺麗ですよ。更に憧れちゃいました!」

 かなでがうふふと笑うと、大地は更にギュッと手を握り締めてくる。

「…ひなちゃんのほうが可愛い、綺麗だ」

 大地はキッパリと言うと、かなでを熱いまなざしで見つめる。

「…有り難うございます…」

 かなでは耳まで真っ赤にしながら俯く。

 大地の言葉が嬉しくてしょうがなかった。



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