中編
香穂子は吉羅が待っているパーティ会場へと向かう。 妻として一緒にお客様をお出迎えをするのだ。 香穂子が向かうと、既に吉羅と衛藤が待ち構えていた。 「遅くなってごめんなさい」 香穂子がすまない気持ちで言うと、吉羅はフッと微笑む。 「出迎えが辛くなったら、いつでも言いなさい」 「大丈夫ですよ」 香穂子は愛するひとのお手伝いをすることが出来ることに喜びを感じながら、その横に立った。 「小日向さんと話をしました。有り難うございます、とても嬉しかったです。本当に可愛らしくて。きっと、恋をしているのかもしれないですね」 「そうだね…」 吉羅は香穂子の手をそっと握り締める。 「さあ、皆さんを出迎えようか。間も無くアンサンブルメンバーもやってくるだろうから」 「はい」 香穂子が笑顔で幸せそうに頷くと、衛藤は宛てられたとばかりの顔をした。 「暁彦さんも香穂子さんも、仲が良いね。挨拶の時は手を繋がないほうが良いよ。あのクールな吉羅暁彦が妻にはかたなしだなんて、知られたくないだろ」 「別に知られても構わない」 吉羅はあっさりと言うと、衛藤を見た。 「しょうがないね。熱過ぎる。俺はスタンバイしてくるよ。じゃあ」 衛藤は苦笑いを浮かべながら、スタンバイにいった。 「あ、アンサンブルのメンバーが来たようですよ」 香穂子が声を掛けると、吉羅は頷いた。 会場の入口が見えてきた。 スーツを見事に着こなしている、クールな雰囲気の大人の男性がいる。 その男性と、日野香穂子が親しそうに話しているのが見えた。 それに衛藤桐也が加わっている。三人はリラックスしていて、本当に仲が良いように見えた。 「大地先輩、日野さんとお話をしているスーツ姿の男のひとはどなたですか?」 「ひなちゃん、理事長を見たことがないの? あれは理事長だよ」 大地の説明を聞きながら、今更ながらに星奏学院理事長は完璧な男性だということが解った。 「ナマ理事長を初めて見ました。だから衛藤桐也さんや日野香穂子さんと仲が良いんですね。お二人とも学院の卒業生だから。日野さんは、菩提樹寮のことも気にかけて下さったし、卒業生と理事長は強い絆があるんですね」 かなでが納得するように頷くと、大地はくすりと笑った。 「どうしたのですか?」 「そりゃあの三人は絆があるよ」 「え?」 「理事長と衛藤さんは従兄弟同士だよ」 「えー!」 かなでは知らなくて、思わず声を上げた。 「…ひなちゃん、もっと驚くかもしれないけれど…、日野香穂子さんの今の本名は、吉羅香穂子さん」 「…きら…かほこ…?」 何処かで聞いたことがあると思いながら、かなでは小首を傾げた。 「理事長の名前は?」 「…吉羅…暁彦…あっ!」 流石にここまでいくと気が付く。 「日野さんは理事長の奥様なんですか?」 「その通り。だから三人はあんなに仲が良いんだよ」 「なるほど…。菩提樹寮のことも気にかけられる筈ですね…」 かなでが感心するように頷くと、大地はフッと微笑んだ。 かなでたちが入口に向かうと、日野香穂子と吉羅暁彦がやってきた。 「今日の演奏を精一杯頑張ってくれたまえ。学院の教育が素晴らしいことを、世に示すチャンスだ」 吉羅はあくまでビジネスライクに言う。 「皆さん、優勝おめでとう。頑張って下さいね」 香穂子の優しい笑顔に誰もが頷く。 ふたりは本当にバランスが取れているのだと、かなでは思った。 「ではスタンバイをしてきます」 「頑張ってね」 律を先頭に、メンバーたちが向かう。 かなでは、仲が良さそうな理事長夫妻をうっとりと見つめながら、幸せな気分になった。 いつかこのようになれたら良いのに。 その相手が、となりにいてくれるひとなら良いのにと、思わずにはいられなかった。 理事長の挨拶の後、かなでたちアンサンブルの出番になる。 錚々たるパーティ参加メンバーに、かなでたちは緊張する。 だが、晴れやかな気持ちでもある。 かなでが脚を震わせながらスタンバイしていると、大地が手を握り締めてきた。 「大丈夫。俺も一緒にいるから。頑張ろう」 「はい、頑張りましょう!」 大地に手をしっかりと握り締めて貰うと、甘い幸せに満たされる。 かなでは安心して、ステージに立てるような気がした。 ステージに立つと、自然に落ち着いた。 大地がそばにいて支えてくれるから、きっと大丈夫だ。 かなでは深呼吸をすると、ヴァイオリンに集中した。 このアンサンブルメンバーで、ファーストヴァイオリンでいられることが嬉しい。 このような機会は、恐らくはもう得られないだろうから。 かなでは心を込めてヴァイオリンを奏でる。 こんなに素敵なアンサンブルで心をひとつにすることが出来るのは、これが最後だから。 かなでは大切に大切にヴァイオリンを奏でた。 香穂子は椅子に腰掛けながら、かなでたちのアンサンブルに聞き入る。 なんて綺麗で、泣きそうになるぐらいに切なくて温かい音色なのだろうか。 五人の心がひとつになっているのが、直ぐに解った。 香穂子が涙ぐんでいると、吉羅がそっと手を握り締めてくる。 香穂子が感動していることに気付いたのだろう。 ただ包み込むように手を握り締めて、そばにいてくれた。 かなでたちは、これがこのメンバーでの最後のアンサンブルであることに気付いているのだろう。 だからこそかけがえのない素晴らしい演奏をしてくれているのだ。 アンサンブルメンバーの想いを感じて、香穂子は感動に心を震わせた。 演奏が終わり誰もが惜しみない拍手をする。 「次は君が代彼らの演奏に応えなければならない番だね」 「はい」 香穂子は吉羅にエスコートされると、スタンバイにいった。 終わった…。 かなでは感動と喪失の寂しさで、一瞬、空っぽになったような気分になった。 胸がつかえるぐらいに痛いのに、何処か清々しい達成感があった。 隣りにいる大地を見ると、やりきった者だけが見せる笑顔を浮かべている。 他のメンバーもそうだ。 誰もが感動しているようで、涙を滲ませている。 特に理事長夫妻が熱い拍手をしてくれた。 直ぐにスタンバイをしなければならないからか、理事長夫妻が一番にやってきてくれた。 「みんな素晴らしかった」 「素晴らしい演奏をどうも有り難う」 特に香穂子が涙ぐんで称賛してくれている。それが何よりも嬉しかった。 理事長夫妻は手をつなぎあっている。 その仲の良さが、かなでには憧れだった。 「ではスタンバイしてきますね。皆さんにお礼の演奏をしますね」 香穂子は笑顔で言うと、スタンバイにいく。 それを見守っている理事長のまなざしが愛情に満ち溢れていて、かなではうっとりとしてしまい、つい羨望の溜め息を吐いてしまった。 「どうしたんだ、ひなちゃん」 「理事長と日野香穂子さんのご夫婦は理想的だあって思っていました。将来、私もあのようになりたいって思ってしまいました」 かなでがうっとりとしていると、大地はスッと甘く目を細める。 「…そうだね…。いつか俺たちも…」 大地の甘いテノールの言葉に、かなでの心臓は大きく跳ね上がる。 いつか。 |