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高校生ぐらいの“女の子”というのは、こちらがほんの一瞬でも目を離した隙に、大人になってしまう。 特に高校生から大学生へと向かう時期は、瞬く間に成長して行く。 それは、日野香穂子も同様だ。 出逢った頃は、本当に子供にしか思えなかった。 それが、今は大人の女性にかなり近づいている。 それも当然で、来年は香穂子も19なのだ。 姉が亡くなった年齢だ。 あの忌々しい年に近づいている。 香穂子も大人になるはずだ。 吉羅はしみじみと思う。 香穂子は来年は大学生なのだから。 香穂子を見ていると、ずっと見守っていたいのと同時に、早くこの腕に抱き締めて、自分のものにしてしまいたいとも思っている。 土曜日は休日出勤が常になってしまっている。 だが、最近はお楽しみがあるから、全く苦にはならない。 土曜日は日野香穂子とより近くで逢うことが出来るからだ。 土曜日は、午前中だけ仕事をするのが定番になっているから、それほどの時間はかからない。 吉羅は仕事を終えて、いつものように、臨海公園に向かう。 ここには、いつも日野香穂子が練習をしているから。 彼女らしい、温かくて柔らかな発展途上のヴァイオリンを聴くのが好きだ。 心から癒される。 香穂子の音色は、吉羅にとっては世界一だ。 勿論、それは本人には言わないけれども。 臨海公園の臨時駐車場に車を停めて、吉羅はゆっくりと公園に赴く。 やはり、香穂子がヴァイオリンを一所懸命に弾いていた。 真剣な眼差しはとても美しくて、綺麗だ。 横顔がドキリとさせられるぐらいに魅力的だ。 吉羅は思わず見惚れてしまう。 横顔を見ていると、香穂子が子供でないことを、吉羅は痛感させられる。 香穂子はひとりの女性として、吉羅に堂々と魅力を放っている。 白いパーカーに、レース使いのきなりのマキシスカート、それに白いスニーカーを合わせた、カジュアルでシンプルな装いなのに、とても魅力的で清らかな大人の女性に見える。 香穂子だからこそ、こんなにも清らかな大人っぽさを滲ませることが出来るのだろう。 吉羅は見いってしまう。 無造作に下ろされた髪も、とても綺麗で、吉羅を惑わせる。 いつまでも見つめていたい。 そう思わずにはいられなかった。 ヴァイオリンを奏で終わり、香穂子は吉羅を見つけるなり、笑顔を向けてくれた。 「吉羅理事長」 明るい伸びやかな声と笑顔は、香穂子が高校生だということを吉羅に思い出させてくれる。 だが、子供のような無邪気な表情からも、確実に大人の女性になっていることを思い起こさせてくる。 時折見せる、大人の女性の表情は、吉羅を本当の意味で夢中にさせるの他な相応しい。 綺麗だ。 心からそう思う。 こんなにも綺麗な女性は他には居ないかもしれないと、香穂子は思う。 「日野君、調子はいかがかね?」 「まあまあです。理事長には色々とサポートして頂いていますから、大学の音楽学部にも、推薦で行けるように、入試、頑張りますね」 「ああ。頑張ってくれたまえ。推薦入試は11月に入ったら、すぐだったね。かなり追い込みが必要ではないかね」 吉羅はわざとクールに呟くと、香穂子を切れるように怜悧な眼差しを向けた。 香穂子の明るい無邪気な眼差しが、途端に引き締まったものになる。 それには吉羅も笑みを滲ませる。 理事長に目をかけられているから、推薦入試もすんなりと合格したなんて、誰にも思わせたくはなかったから、香穂子の頑張りは、吉羅にとってはかなり好ましいものだった。 「進み具合の近況報告を聞かせて貰いたい。今から食事はいかがかね?」 「はい、ありがとうございます!嬉しいです!」 香穂子の笑顔を見つめているだけで、胸の高まりが押さえきられなくなる。 吉羅は胸が高まる余りに甘く苦しくなるのを感じた。 香穂子を見つめているだけで、苦しいぐらいの幸福が得られるなんて、どんなに好きすぎるのだろうかと、思わずにはいられなかった。 「さて、行こうか」 「はい」 香穂子の笑顔に吉羅は癒されながら、三歩前をスタスタと歩いて行く。 背中からも感じられる。 香穂子はにんまりと幸せそうに笑っているのだろう。とても愛らしい笑顔で。 吉羅は香穂子の表情を想像しながら、幸せな気分になっていた。 助手席に香穂子を乗せて、吉羅は車を出す。 清々しい秋の日には、やはりドライブをしたくなる。 吉羅にとって、香穂子とのドライブは最高に楽しめるもののひとつだった。 香穂子は本当に楽しそうに窓の景色と吉羅が運転する姿を交互に楽しんでいる。 その楽しげで幸せな表情が、どれ程可愛くて魅力的なのだろうかと、思わずにはいられない。 恐らくは本人は気づいてはいないだろう。 本当に魅力的だということを。 吉羅は香穂子の存在に癒されて、愛しいと思いながら、ドライブを続けていた。 食事は海辺のイタリアンレストランにした。 香穂子は格好がカジュアルだからと、随分と気にしていたようだが、誰よりも清らかで美しいと吉羅は思っている。 本当に美味しそうに嬉しそうにしている。 「吉羅理事長が連れてきて下さるお店は全部美味しいです。土曜日のお昼の楽しみになっていますよ。胃袋の」 「その成果は、ヴァイオリンに出して欲しいものだね」 「はい、頑張りますね」 香穂子は笑顔で呟きながら、清々しい眼差しを吉羅に向けてくれた。 食事のあとは、海岸に下りて香穂子は散歩を楽しむ。 無邪気な姿を見ていると、吉羅は幸せな気分になる。 香穂子を見つめるだけで幸せで、ずっとそばにいて離したくないと思わずにはいられない。 吉羅はこのまま抱き締められたら良いのにと、思わずにはいられなかった。 秋の日差しに輝く香穂子の笑顔に、吉羅は癒されて、魅了され、これ以上愛しい存在はいないと実感させられる。 「理事長!」 香穂子は楽しそうに手を振る。 不意に、香穂子がお約束にも砂浜に足を取られて転んでしまいそうになる。 吉羅は慌てて香穂子に手を伸ばして、その身体をしっかりと抱き留めた。 その瞬間、香穂子の身体が柔らかくて、女性らしくて、吉羅を夢中にさせずにはいられない。 抱き締めたい。このまま。 吉羅は思わず香穂子の身体を抱き締めた。 「……理事長……」 香穂子は一瞬息を呑んだが、真っ赤になって、甘い声で吉羅の名前を呼んだ。 吉羅は我に帰り、素早く香穂子から包容を解く。 「……君は、不注意にもほどがあるよ、日野君」 吉羅は何でもないことのように呟き、香穂子に背中を向ける。 一瞬、見えた香穂子の顔は切ないぐらいに暗いものだった。 |