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吉羅と結ばれる。 香穂子がずっと夢見ていたこと。 それゆえに、ドキドキがマックスのゲージまで跳ね上がっている。 今夜、吉羅と結ばれる。 嬉しくて、幸せで、ほんのりと怖い感覚がある。 それゆえに、香穂子は落ち着かなくなっていた。 素敵なレストラン。 シチュエーションとしては、とてもロマンティックなのに、香穂子はそれを楽しむことが、出来なかった。 食事はとても美味しい筈なのに、全く味を感じられなかった。 緊張し過ぎている。 それも吉羅は気付いているようで、苦笑いを浮かべながら香穂子を見つめた。 「緊張し過ぎだよ。君は」 吉羅はくすりと笑いながら、香穂子を見つめてくる。 「吉羅さんのように、経験値は高くありませんから……」 香穂子が拗ねるように言うと、吉羅は余計に愉快そうに笑った。 「そう見えるのかね?」 吉羅は困ったように笑うと、香穂子の瞳を覗き込んできた。 「そうですけれど……」 「私も君と同じように、いや、君以上に緊張していると言ったら?」 吉羅は低い声で魅惑的に囁いてくる。 香穂子の甘い緊張ゲージは、更に高ぶってしまい、息が出来なくなるぐらいにドキドキする。 こんなにドキドキするなんて、本当に思ってもみないことだった。 緊張し過ぎて、香穂子は耳まで真っ赤にさせてしまう。 「……同じだから、そこまで緊張しなくても良いから。それとも、早いほうが良いかな?」 吉羅のからかうような余裕のある問いに、香穂子は首を横に振ることしか出来なかった。 同じだなんて嘘だと、香穂子は思わずにはいられない。 吉羅は全く余裕だ。 「食事をしようか。きちんとね。本来、デートというのはそういうものだからね」 吉羅は、食事を余裕で進める。 緊張しても、今はしょうがない。 それは解ってはいても、香穂子のドキドキは止まらなかった。 「日野くん、いつものように美味しそうに食べないのかね?食は楽しむものだからね」 「はい」 甘い緊張の爆弾が幾つも爆発した後だと、食欲なんて涌かないというのに、吉羅は何を考えているのだろうかと、香穂子は思う。 甘い想いでお腹がいっぱいになってしまって、これ以上は何も食べられないというのに。 香穂子は胸までいっぱいになって、大きな溜め息を吐くしかなかった。 「美味しいとは思いますが、味を感じることが出来ないんです」 「しょうがないね。君は。だが、その様なところが、君らしいとも言えるのかもしれないけれどね」 吉羅はフッと色が滲んだ笑みを浮かべる。それが、デザートなんて立ち向かえないぐらいに、甘い。 香穂子は益々うっとしとしてしまう。 「日野くん、甘いデザートならば、美味しく感じるのかもしれないね」 それよりも甘いものを、今まさに見せつけられているから、香穂子はどのような食べ物が来ても勝てないと思ってしまう。 「さあ、食べてしまおう。ここにはまた連れてくるから、安心しなさい」 「ありがとうございます……」 香穂子は次ならば、美味しいと感じるかもしれないとは思う。 だが、今の香穂子には、全く余裕なんてなかった。 食事の後、デザートが出てくる。アップルパイとアイスクリームに蜂蜜がかかったものだ。 とても甘そうだが、美味しそうだと、香穂子は思った。 一口食べると本当に甘くて美味しい。特にアイスクリームが絶品だ。 「甘くて美味しいです」 「それは良かった」 吉羅は言いながら、微笑んで見つめてくる。 アイスクリームよりも甘い微笑みだ。 「君の緊張も甘いものの前では、形無しだね」 吉羅に笑われて恥ずかしくなった。 だが、本当に美味しかったのだ。 「本当に甘くて素敵な味だったんですよ」 「食事もそれと同じぐらいに美味しかったよ」 吉羅に微笑まれて、香穂子は恥ずかしくなってしまった。 ドキドキし過ぎて、何だか落ち着かない気分になってしまう。 「日野くん、そろそろ、行こうか?」 吉羅は何気なく言ったのだろうが、香穂子にはひどく官能的に聴こえた。 ドキリとし過ぎて、香穂子は思わず指先を震わせてしまう。 緊張し過ぎて、喉がからからになってしまう。 「さあ、日野くん、いや、香穂子……」 吉羅は香穂子に手をさしのべてくれる。それがとても官能的で、思わず生唾を飲み込んでしまいそうになった。 それほどに吉羅は香穂子をドキドキさせる。 香穂子はお腹の奥がきゅんとなるぐらいに甘い緊張に支配されながら、吉羅の手を取った。 いよいよなのだ。 吉羅に抱かれるのだ。 緊張し過ぎて、香穂子は何度か浅い呼吸を繰り返した。 だが、横にいる吉羅は全く平気なようだった。 いつものようにクールで安定している。 本当に素敵だ。 このように余裕が持てたら良いのにと、香穂子は思わずにはいられない。 吉羅が会計を済ませた後、そのまま手を引かれて、駐車場へと向かう。 ドキドキし過ぎて、香穂子は俯くことしか出来ない。 本当に緊張してしまう。 吉羅の大きな手のひらに手をしっかりと包み込まれて、香穂子はうっとりとドキドキのどちらも経験する。 ロマンティックなのに、浸れないぐらいに緊張していた。 車に乗り込んでからも、香穂子の緊張は続いてしまう。 「シートベルトだ、香穂子」 「あ、は、はいっ!」 吉羅に言われて、香穂子は初めて自分がシートベルトをまだ装着していないことに、気がついた。 だが、いつものようにスムーズにはいかない。 つい、つい、もたついてしまう。 香穂子は何度も深呼吸をしながら、シートベルトをしようとする。 だが、余りにももたついてしまっていたからか、吉羅がその手をいきなり握り締めてきた。 「……香穂子、私に抱かれるのが嫌ならば、ハッキリ言いなさい」 吉羅は優しいトーンで話してくれ、決して怒ってはいないようだった。 だが、香穂子にはショックだった。 吉羅にそう思わせてしまったのだから。 嫌じゃない。 むしろ、本当は、吉羅に抱かれたいのに。 ただ、初めてで、緊張し過ぎているだけなのに。 この複雑な気持ちをどのように表現して良いかが分からなくて、香穂子は無意識に吉羅をしっかりと抱き締めた。 すると、吉羅は驚いたように香穂子を抱き留めた。 「嫌じゃありません……。吉羅さんと、本当の意味で、恋人同士になりたいと思っています。……だけど、初めてで、緊張して、吉羅さんががっかりしたらどうしようだとか思ったら、余計に緊張してしまって……」 香穂子は泣きそうになりながら、素直に自分の複雑な感情を伝える。すると吉羅は髪を愛しそうに撫でてくれた。 「……香穂子……」 吉羅は香穂子に柔らかいキスをくれる。 「……君を私のものにする。何も心配しなくても良いから」 「……はい」 吉羅は手早く香穂子のシートベルトをすると、直ぐに車を発車させる。 愛の時間が始まりを告げた。
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