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息が出来ないぐらいに吉羅に抱き締められると、香穂子はその逞しさに、くらくらしそうになった。 吉羅の逞しい胸を意識せずにはいられない。 抱きしめられているだけで、幸せで溢れてくる。 こうして抱き締められていると、付き合っていると感じられる。 今まで付き合っている恋人同士らしいことなんてなかったから、こうして抱き締められるのが嬉しかった。 香穂子は、吉羅の胸に顔を埋めると、そのまま静かに目を閉じた。 とても幸せな気持ちになる。 「君に会いたかった」 吉羅は香穂子への思慕を率直に認めると、更に深く抱き込んだ。 ふわりと吉羅のムスクの香りが官能的に、香穂子をときめかせてくれた。 「……私も会いたかったですよ。連絡して下さらないので、私のことを嫌いになったのかと思いました」 香穂子は苦い笑みを浮かべながら、吉羅を真っ直ぐ見つめた。 「……君こそどうなのかね?」 吉羅は香穂子に応えるように、真っ直ぐ視線を向けてくる。 「……拗ねた気持ちにはなりましたよ。当然。もう、お誘いとかはないと思って、今日みたいにカジュアルで、どうしようもない格好をしましたよ」 香穂子はわざと拗ねた声で言う。すると、吉羅は目をスッと神経質に細めた。 「こんな格好をしている時に限って、吉羅さんからのお誘いがあるなんて、何だか残念な気分です。昨日まではちゃんとワンピースとか着て、これでも小綺麗にしていたんですよ」 「君はバカなのかね?本当に気付かないね」 吉羅は呆れるように呟くと、溜め息を吐いた。 「え?」 香穂子は訳が分からないまま、吉羅を見た。 「君は自分を解っていないよ」 「え……?」 「さっきから、それしか言っていないね」 吉羅は何時ものように笑うことなく、香穂子を真っ直ぐ見据えた。 吉羅が何を考えているのか、香穂子には全く分からなかった。 ただ目を丸くして吉羅を見つめることしか出来ない。 「吉羅さん……」 「今日の君は……、いや、どのような格好をしようとも、君はとても魅力的で男を誘う存在であることを、忘れないほうが良い」 吉羅は冷たいぐらいに低い声で囁く。 こんなにも恐い吉羅は初めてだった。 恐いのに信頼していて、恐いのに華やいだときめきがある。 吉羅をそれだけ男として意識しているからだろうと、香穂子は思った。 これ程までに誰かを意識したことはないのかもしれない。 ドキドキし過ぎて、香穂子にはどうして良いのかが分からなかった。 「……私以外の男に関心を持つな……」 吉羅には珍しく、命令口調だ。 「君が同年代と一緒にいて、楽しいことも分かる。それは良いことだろうからね……。だけど私はね……、君と同じように大学生にはもうなれないんだよ。だから、君が同年代の男と、楽しそうにして、綺麗に笑っていると、正直……」 それ以上言うとプライドが許さないのか、吉羅は黙りこんでしまった。 これには香穂子もドキリとする。 吉羅が可愛いと思ってときめいてしまう。 こんなにもときめくなんて思ってもみなかった。 香穂子が頬を薔薇色に染め上げながら、吉羅を見上げると、いきなり強く抱きすくめられてしまう。 息が出来ないぐらいにしっかりと抱き締められるなんて、香穂子は思ってもみなかった。 「……吉羅さんも悪いです……。私を放っておくんですから……。それが辛いって、あなたは考えて……、あっ!?」 香穂子が言葉を紡ぐ前に、吉羅は唇を荒々しく塞いできた。 生々しいぐらいに荒々しいキスに、香穂子は恋に墜落して行くような、気持ちになる。 吉羅に総てを支配されているような、そんな気分になってしまう。 座っているにも関わらず、香穂子は自分の身体を上手く保つことが出来なくて、ついふらふらとしてしまう。 吉羅が、身体を支えるように更にしっかりと抱き締めてくれた。 お互いにしっかりと抱き合って、何度も何度もキスをする。 キスをすると、不思議なことに、お互いの想いが、熱に蕩けて伝わって行く。 こうしているだけで、お互いの想いが感じられた。 キスをしても、キスをしてもお互いの想いが溢れだしてきて、全く足りない。 何度も何度もキスをするのに。 呼吸も、唾液も奪いつくしたところで、ふたりの唇がようやく離れた。 お互いに濡れたような情熱的で、見つめあう。 「……香穂子、連絡しなかったのは、謝る……」 「……ずっと待っていました……。本当に吉羅さんと恋人同士なのかと、不安になったこともあったんですよ」 「ああ。これからは、君を不安にさせないようにする……」 吉羅は真っ直ぐ香穂子の瞳だけを見つめて呟く。そこには、誓うような想いが込められていた。 「有り難うございます」 吉羅はもう一度しっかりと香穂子を抱き締めてくれた。 蕩けるような気持ちになり、香穂子は目を閉じた。 「香穂子、私は君を恋人だと思っている。誰よりも大切なね……。君を不安にさせないようにするには、本当の意味で、君を恋人にする必要があるのかもしれないね……」 本当の意味での恋人。 流石の香穂子にもその意味は十分に分かる。 香穂子はいつもよりも鼓動が激しく刻んで、息が速くなる。 「……香穂子、君が欲しい……」 吉羅の官能的な声に、香穂子は魂の総てを絡め取られる。 頷くしかなかった。 「……私を吉羅さんの本当の恋人にしてください……」 吉羅は香穂子よりもずっと年上で、付き合うということは、どのようなことにはなるかは、分からないわけではない。 吉羅だから大丈夫。 香穂子は強く思いながらもう一度しっかりと頷いた。 自分の意思で。 「……じゃあ行こうか……。でもその前に、軽く食事に行こうか。今夜は君を離す気はないからね……」 吉羅の官能的な言葉に、香穂子の心は甘くざわついた。 不安もある。 だが、それ以上に期待する華やいだ想いが大きかった。 ロマンティックが溢れる時間が始まる、とっておきの予感で、一杯になっていた。 素晴らしい幸せが溢れる。 不安やネガティブな気持ちは、想いの強さで吹き飛んでしまっていた。 再び車が走り出す。 身体が甘い緊張で一杯になる。 蜜よりも甘くて危険な時間が始まろうとしていた。 吉羅とふたりだけの、大人のロマンティックが溢れた時間が。 もう誰にも止められやしないと、香穂子は思っていた。
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