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まさか天羽菜美に見られるとは思わなかった。 一番見られてはならない相手のような気がする。 堂々と出来ないのが、苦しくてしょうがなかった。 友達に幸せなことが話せないなんて、こんなに苦しいことはないと、香穂子は思った。 近いうちに話をしたい。 天羽に上手く話せば、恐らくは味方になってくれるだろうから。 香穂子は、それを吉羅に確認しなければならないと思った。 香穂子がロイヤルミルクティーを飲んでいると、吉羅がやってきた。 その顔を見ていると、こちらも笑顔になる。 「ご苦労様です」 「君こそご苦労様だったね」 「いいえ」 香穂子が笑顔で言うと、吉羅もまた笑みになった。 「先ほど、駐車場近くで天羽君に逢ったよ」 吉羅が苦笑いでつぶやくのを見て、香穂子は驚く。 「私もさっきこの近くで逢ったんですよ」 「そうだったのか。見られては拙い相手ではあると私は思ったものでね。君は如何かな?」 「報道サークルの天羽菜美ならば厳しいですが、私の友達としてならば問題はないです」 香穂子はハッキリと言ったが、苦しくなるのも確かだった。 「…ただ…、こうして友人にも嘘を吐くと言うのが、私にはかなり心苦しいんですよ…」 香穂子は複雑で苦々しい自分の気持ちを素直に吐露した。 「…それはそうだね。確かに…」 吉羅は苦しげに言うと、香穂子の手をテーブルの下でそっと握り締めてくれたわ 「私が理事長で…、君は付き合っているからということだけで、苦しい想いをしているのは、本当に心苦しい…。私たちは、理事長と生徒の前に男女なのだけれどね…」 吉羅も苦しいのだろう。 それは話を聞いていて直ぐに解った。 自分だけではないのだ。 苦しいのは。 そう思うと、ほんの少しだけでも救われたような気がした。 香穂子は、吉羅に笑顔を向けると、頷いた。 「行きましょうか」 香穂子はほんのりと冷めたミルクティーを飲むと笑う。 すると吉羅もくすりと笑った。 「香穂子、唇の回りにミルクティーが白く着いているよ」 「…あ…」 まるで小さな女の子のようなことをしてしまい、香穂子は恥ずかしくてしょうがなかった。 「…恥ずかしいです…」 「行こうか。君らしくて良いよ」 吉羅は落ち着いた声で呟くと、香穂子の髪をそっと撫で付けてくれた。 吉羅はいつもよりも密着してくれる。 学院にこんなにも近くて、誰かに見られてしまうかもしれないのに、何も気にはしていないという感じだ。 吉羅は香穂子の手をしっかりと握り締めたままで、大きなストライドで歩いていく。 香穂子はそれにふらふらと着いていった。 誰かに見られやしないかと本当にドキドキしてしまう。 だがそれは、決して後ろ暗いドキドキではなかった。 むしろ清々しいドキドキであるのには、間違いはなかった。 結局は誰にも見られないままで、吉羅の車に乗り込むことが出来た。 堂々とすることで、甘いスリルを味わったのは事実だ。 このスリルがとても心地好い。 吉羅とこうして堂々としていても良いのではないかと、香穂子は思わずにはいられなかった。 吉羅が連れていってくれたのは、とても素敵な鉄板焼の店だった。 そこで食事を楽しみながら、香穂子はのんびりとした楽しさを味わう。 本当に素敵だと思わずにはいられない。 「香穂子、そろそろ私たちも考えなければならないね」 「何を…ですか?」 香穂子はきょとんとしながら吉羅を見た。 「…私たちは男と女で、君は成人している。理事長と生徒である前に、私たちは、自由に恋をして良い資格がある。恋愛してはいけないルールはない。だからこそ、きちんとしないといけないと思うよ」 「…暁彦さん…」 吉羅が何とかしなければならないと思ってくれているのが、香穂子には嬉しくてしょうがない。 本当に笑顔で堂々と付き合いたい。 コソコソしていることは、もうこれ以上、耐えられなくなっているのだから。 香穂子は、吉羅の言葉が嬉しくて、つい笑みになる。 こんなにも優しくて嬉しい言葉は他にはないと思う。 「有り難うございます。私もコソコソとしたくはありません」 吉羅のことが本当に好きだ。 だからこそコソコソなんてしたくないのだ。 愛する男性とは、堂々と付き合いたかった。 香穂子が涙ぐむと、吉羅は困ったように笑う。 それが嬉しかった。 夕食を食べた後、清々しい気分で、吉羅とドライブがてら、自宅へと向かった。 夜景が美しいポイントで車を停めて、のんびりとふたりで眺める。 「香穂子、もう隠すのは止めよう」 吉羅が真摯な声で呟くと、ギュッと抱き締めて来る。 嬉しくて、言葉に出来ないぐらいに嬉しくて、香穂子は思わず涙を零してしまった。 吉羅とは既に両親からは公認の仲だと御墨付きを貰っているから、心苦しいことなんて何もない。 だから堂々としていれば良い。 香穂子は強く思った。 近々、堂々と香穂子は自分のものだということを宣言しよう。 吉羅は強くそう思いながら、今日も仕事に精を出す。 香穂子は生涯に渡ってのパートナー出会って欲しいからこそ、吉羅は強く思っていた。 誰にも渡したくはない。 香穂子は自分だけのものだ。 吉羅はそう強く意識をしながら、香穂子と付き合っていることをもう隠すのは止めようと決めていた。 香穂子は天羽に話すことを決めていた。 信頼している友人には、一足早く話さなければならないと思っていたからだ。 「菜美、話があるんだけれど良いかな」 誰にも見られないような場所を選んで、香穂子は天羽と向き合った。 ドキドキしていて、なかなかちゃんと話す事が出来ない。 「…あ、あのさ、菜美…」 「何…?」 「えっとね…」 なかなか言い出すことが出来なくて、自分を焦れったく感じた。 「…私ね…、吉羅理事長と…、ちゃんと付き合っているんだ…。菜美にはちゃんと話しておかなくっちゃって思って…」 香穂子の言葉に、天羽は全く動じてはいなかった。 それどころか、優しい微笑みすら浮かべている。 「知ってるよ」 にっこりと微笑みながら柔らかく言われて、逆に香穂子のほうが驚いてしまった。 「…えっ…!?」 「気付いていたよ。香穂からいつちゃんと話してくれるのかなあって、待っていたんだよ。だって、香穂と理事長のことだから、かなり慎重になりすぎて、ごくごく近い人達にも、なかなか言い出せないんだろうなって思っていたから。だってね、理事長と生徒という関係だから、お互いのためを思って、ずっと言えなかったんだろうなって思ってたよ」 菜美の気遣いに泣きそうになる。 「ごめんね、言えなくて…。ずっと言おうと思ってたんだけれど…」 香穂子は瞳から涙がポロポロと出て来てしまう。 それぐらい切なかった。 「…大丈夫だよ…。しょうがないよ、理事長が相手なんだしね…言えないよ…」 天羽がそっと抱き寄せてくれるのが嬉しい。 ホッとして笑おうとしても、泣けてきた。 「もう、ほら、泣かないんだよ」 「うん、有り難う」 天羽の声も躰も温かくて、香穂子がホッとしたのは事実だった。 「ずっと香穂は理事長が好きだったもんね」 「うん…。気付いていた?」 「もちろんだよ。一番近いところにいたんだから」 「そうだね。有り難う…」 香穂子はフッと笑うと、天羽に甘える。 「結婚のスクープだけは貰うかな」 「そうだね。スクープにならないかもしれないけれど」 もっと早く言えば良かったと思いながら。 |