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香穂子は、吉羅が言っている言葉の意味が解らない。 だが、相手とはかなりの信頼関係にあるということなのだろうか。 「お相手の方とは、かなり信頼関係があるということなんですね…」 香穂子は何でもないことのように言おうとしたが、上手くいかなかった。 つい俯いて声を揺らしてしまう。 「そうだね。私は彼女を信頼しているよ」 吉羅は愛情が滲んだ声で呟くと、香穂子を優しい瞳で捕らえた。 そんな優しい瞳をしないで欲しい。 その女性が、いかに吉羅の中で大きい存在であるということが、解ってしまうから。 こんなに辛いことが香穂子にはないということを、吉羅は知っているのだろうかと思った。 「…吉羅さんはその方に告白はされないんですか?」 香穂子はビクビクしながら訊いてみる。 ひょっとしてもう告白は済んでいるのかもしれない。 吉羅に告白されるなんて、どんなに幸せな女性なのだろうか。 恐らくは大人で美しく、その上、聡明なのだろう。 とても太刀打ち出来ないと、香穂子は思った。 「いや、まだ、きちんと告白をしていないんだ。私も色々と思うことがあるからね」 吉羅が告白出来ない女性なんて、一体、どれぐらい素晴らしい女性なのだろうか。 きっと素晴らし過ぎて、しょうがないのだろう。 それとも、何か後暗い理由であるというのだろうか。 「…その方がご結婚されたりして、他に愛する方がいるから…ですか?」 香穂子は慎重に言葉を選びながら訊いてみる。 本当はこんなことを訊いては不躾であることぐらい、香穂子は充分に承知をしている。 それでも知りたいのは、やはり吉羅が愛している女性がどのような人なのかを知りたいぐらいに、愛していたからだ。 「まさか。私は不倫なんかはしないよ」 吉羅は何処か軽蔑をするように言うと、香穂子を見た。 呆れているのだろう。当然だ。 かなり失礼なことを訊いたのだから。 「…吉羅さん、だったらどうして告白をされないんですか? 吉羅さんならばどのような女性でも、受け入れてくれると思いますけれど…」 素直にそう思う。 「そうだと思うのかね?」 吉羅は訝しげに呟いてくる。 「…そう思います…」 香穂子は若干自信なく言ったが、少なくとも自分はそうだと思った。 「…だったら、君を相手に予行演習をしても良いかね?」 吉羅は顎の前で指を組むと、香穂子をじっと見つめて来た。 こんなにもクールなまなざしで見つめられると、香穂子は緊張して喉がからからになった。 こんなまなざしで見つめられると、一溜まりもないと香穂子は思う。 「私もフラれてさまうかもしれないからね」 吉羅はさらりと言うと、香穂子を確認するようにもう一度見る。 「練習相手になってくれるかね?」 吉羅の言葉に、香穂子は変な意味で緊張してしまう。 練習とはいえ、吉羅に愛の告白をして貰えるのは嬉しい。 だが、それが誰か他の人のために発せられた告白だと思うと、胸が張り裂けて千切れてしまうのではないかと思うぐらいに、辛かった。 「…日野君」 艶のある声で名前を呼ばれると、承諾するしかない。 それぐらいに香穂子は吉羅に弱かった。 「解りました…あくまで練習ですよ」 「ああ」 吉羅は静かに頷いてくれると、柔らかく微笑んだ。 「日野君、ではドライブをしながら練習をさせて貰おうか」 「はい」 ドライブなんてロマンティックなシチュエーション過ぎる。 それがただの練習だなんて、認めたくはなかった。 「では、食事をしようか」 「はい」 香穂子は落ち着かない気分でいたが、暫くして、食事をする。 勿論、味なんて全く感じなかった。 いよいよ吉羅と一緒に、形だけではあるが、ドライブデートを楽しむことにする。 これが本当であったならば良かったのにと思わずにはいられなかった。 車が静かに闇を走る。 このまま夜を楽しむことが出来たら良いのにと思わずにはいられない。 「日野君、緊張しているのかね?」 「少しだけ」 「練習だから緊張しなくても構わないんだよ」 吉羅はあくまで優しいトーンで言ってくれる。 香穂子を宥めるためなのだろう。 「この先までいくと、素晴らしい夜景が見える。君も気に入ると思うよ」 「はい」 いよいよ告白の練習をするのだ。 夜景を見ながらの告白だなんて、ロマンティックを通り過ぎている。 素晴らしい何かがあると、花は思わずにはいられない。 香穂子が緊張していることを察してか、吉羅はさり気なくそっと手を握り締めた。 これではまるでデートだ。 こんなにも甘いデートは他にはないのではないかと思うぐらいだ。 車はゆっくりと夜景が美しい高台で停まった。 「日野君、いかがかな? 私は素晴らしい夜景だと思うけれどね」 「はい、確かに素晴らしいです」 いくら緊張しているといと言っても、美しいものは美しいのだ。 香穂子は思わず見惚れた。 こんな素敵な夜景を見ながら告白されるなんて、香穂子は相手の女性がかなり羨まし過ぎた。 「こんなにも美しい夜景を見ながら、告白を受けるなんて、とても幸せだと思います。羨ましいですよ。その方が」 香穂子が羨むように言うと、不意に吉羅に手を取られた。 思い切り手を握られて、花は緊張せずにはいられない。 これが練習であるということは、すっかり忘れ去っていた。 本当に告白して貰っているのではないかと、香穂子は錯覚してしまう。 「…日野君…」 吉羅は香穂子を真摯で甘い瞳で真直ぐ見つめる。 見つめられるだけで、香穂子は胸がいっぱいになった。 ただうっとりと吉羅を見つめる。まるで夢の中にいるかのようだ。 「…日野君…、私はずっと君だけを愛している。私と結婚を前提にした付き合いをして貰えないだろうか?」 手をギュッと握り締められて、真直ぐ目を見ながら、香穂子に語りかけてくる。 その姿は真摯そのものだ。 香穂子は胸がいっぱいになるのを感じながら、何処か虚しさも感じていた。 これはリアルじゃない。 あくまで吉羅の練習台に過ぎないのだ。 胸を締め付けられる想いが胸から溢れてきて、瞳を涙で潤ませた。 吉羅はこれが予行演習だとは思えないほどに、香穂子の目を見たまま囁いてくる。 それが辛い。 いつか現実でこうなりたいと思っていたのに、それが叶わないような気がして堪らなくなる。 叶わない想いを抱くのがどれ程辛いかは、香穂子が一番よく解っているのだから。 「…日野君、私は本気だ。君にきちんとした返事を貰いたい。素直な気持ちを伝えてはくれないだろうか?」 吉羅はストレートに言う。 そこに真摯さが感じられれば、感じられる程に、香穂子の想いは苦しさを増してきた。 泣きそうになりながらも、なんとか吉羅に想いを伝えようとする。 私ならこう答えると。 香穂子は何とか微笑むと、吉羅の手を握り締めた。 「…私で良ければ。嬉しいです。吉羅さんが大好きだから…」 月並みだとは思ったが、香穂子は素直な気持ちを伝えた。 「…日野君…。私は芝居ではなく、君の素直な気持ちが、本当の気持ちが訊きたいのだが…。今の言葉は本音だと受け取っても構わないのかね?」 吉羅からの意外過ぎる言葉に、香穂子は目を見開く。 「それは…?」 「私は本気で君を口説いたのだがね…?」 吉羅の言葉に、香穂子は信じられないと思いながら、素直に涙を零す。 どう反応して良いのかが分からなかった。 |