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Vネックの黒のカットソーも、シンプルなのにとても似合っていた。 完全にプライベートなのだろう。 「理事長、お仕事帰り、ではないようですね」 「少しは仕事をしたがね。まあ。今日は、スーツでは肩苦しいような気がしたからね」 吉羅も、スーツは肩苦しいと思っているのだというのが、香穂子には驚きだった。 「……日野くん、ドライブに行かないかね?」 吉羅の誘いが嬉しくて、香穂子の心には喜びが込み上げてくる。 「嬉しいです!」 吉羅とドライブが出来るなんて、まるでデートをするような気分になる。 香穂子は嬉しくて満面の笑みを浮かべてしまう。 今、ヴァイオリンを弾けと言われたら、きっと踊りながらでもヴァイオリンが弾ける。 香穂子は、すっかり表情を崩してしまっていた。 「では、すぐに行こうか」 「はい」 吉羅の後をちょこまかとついて行く。 もう何度、吉羅の車に乗っただろうか。 吉羅の車に乗るのは本当に嬉しくて、その時間だけは、宝石箱の中にいるように、キラキラしていた。 輝いている時間に、香穂子は瞳をいつもキラキラと輝かせる。 吉羅と摩天楼の合間を走り抜けるのも良いし、海のそばで爽快に走り抜けるのも、素敵だった。 気持ちが良い、とても素敵な時間を過ごせるのが、香穂子には嬉しかった。 「ランチをした後、少し、私の気分転換に付き合って貰えるかね?」 「勿論です!」 少しでも吉羅と一緒にいたいから、香穂子は力強く呟いた。 吉羅は柔らかく微笑んで、頷いてくれる。その笑みが魅力的で、香穂子はついうっとりと見惚れてしまった。 「さあ、食事に行こうか。鎌倉方面に行きたいが、如何かな?」 「はい。嬉しいです。海が見たかったので」 「そうか。それは良かった」 吉羅は頷くと、駐車場へと歩いてゆく。 香穂子はその後を歩きながら、吉羅の背中を見つめる。 このひととずっと一緒にいたい。 だが、それは儚い夢だと、香穂子は感じずにはいられなかった。 吉羅の車に乗り込み、シートベルトをする。 もう何度も吉羅の車に乗り込んでいるから、シートベルトをするのも手慣れてしまった。 初めて吉羅の車を乗った頃のことを思えば、随分と親しくはなった。 だがそれは、友人でもなければ、恋人でもない。師弟関係でもなければ、パトロンと芸術家というのでもなかった。 ふたりの関係を表すのに適切なものはなかった。 香穂子は、鎌倉方面に向かって爽快に走る、吉羅の車を心地好く思いながら、車窓を眺める。 ドライブをするのに最高だ。 海が見えて、青い空と繋がって綺麗だ。 心も身体も解放されたような気分になる。 香穂子は、運転に集中している吉羅の横顔をじっと見つめる。 整いすぎている吉羅を見つめるだけでも、幸せだ。 香穂子は、いつまでも吉羅を見つめていたいと思いながら、その横顔を夢中になって見つめていた。 車は鎌倉の海鮮が美味しい店にたどり着いた。 「ここのしらす丼は最高だと思っているけれどね」 吉羅のお勧めは美味しいと相場が決まっている。 香穂子は楽しみにしながら、しらす丼を食べた。 「美味しいです!私、丼って大好きなんですよ。こうやって大胆に食べられるのが好きです」 「私も丼は好きだね。短時間で食事を済ませることが出来るからね。合理的だ」 吉羅らしい意見に、香穂子は思わず笑った。 ゆったりとディナーを食べる印象はあっても、平日にランチを優雅に食べる印象はない。 香穂子をランチに誘ってくれている時は、ゆったりと時間を取ってくれるが、それ以外は立ち食いそばを食べているイメージしかない。 ゆったりと丼を食べ終わった後、吉羅は鎌倉から車を出す。 「しらす丼の為だけに、ここに来たようなものなんだけれどね」 吉羅は苦笑する。 「だけど海辺のドライブが出来たのは嬉しかったですよ」 「それは良かった。では、ここから都内にドライブをして、デザートというのは、如何かな?」 「はい!嬉しいです!有り難うございます!」 香穂子は思わず声を楽しげにあげた。 「それは良かった。私もドライブをしていると、ストレスが発散されるからね」 吉羅は楽しそうに言うと、車に乗り込んだ。 吉羅とのドライブは本当に楽しい。 車は鎌倉から都内に向かって、快適なスピードを上げて走る。 「君はドライブのパートナーでは最高だね。私も気持ちよくドライブが出来るよ」 吉羅に褒められるのが嬉しい。 「吉羅さんこそ、最高のドライブに連れていって下さる方です」 香穂子は笑顔でこころから思っていることを口にした。 「この道は走りやすいんだ。一気に都心まで走ることが出来るからね」 吉羅はハンドルを握り締めながら、ご機嫌に呟いた。 ずっと、ずっと、こうして吉羅のドライブに一緒にいられたらと、香穂子は思わずにはいられなかった。 「ずっとドライブをしていたい気分ですよ」 「そうだね。また、是非、一緒にドライブをしよう」 「はい」 吉羅とまたドライブがしたい。 そして、この時間が止まれば良いのにと、思った。 柔らかな陽射しが吉羅の横顔を照らし始める 本当に何度もうっとりしても足りないぐらいに吉羅は完璧だった。 私服だから、いつもよりも少しだけ身近な存在に見える。 香穂子はじっと吉羅を見つめた。 吉羅を見ているだけで、香穂子は幸せだった。 「何を見ているのかね?」 「吉羅さんとずっと一緒にいられるのが嬉しいなあって思っていました。吉羅さんがいつもと違う私服だから、何だか新鮮で見てしまいます」 「私にはスーツのイメージしかないのかな」 「そうですね。だから、今日のような私服を拝見するのは嬉しいです」 「そうかね。私服だろうがスーツだろうが、私には余り代わり映えはしないがね」 吉羅はさらりと言う。 「だが、また、こういう機会を持つのは良いね」 「そうですね。もっと吉羅さんの私服姿が見たいです」 「見たいのなら、将来的にはいつでも……。大学に入った頃には、ね」 「後、半年後ですか……?」 「そうだ。半年後だね。君は既に大学進学も決まっているが、半年後、だね」 「はあ」 吉羅の言葉の意味が、香穂子には解らなくて、目をきょろんとする。 その意味が解ったのは、大学に入り、吉羅と正式に付き合うようになってからだった。 |