後編
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香穂子としてはそれは本意ではない。 お互いに忙しくしているせいか、どうしても会う時間が取れなくなる。 そのような生活は覚悟をしているものの、いざ、ずっと続けていると、切なくて苦しい。 ふたりでじっくり話したのは、いったい何時だったのだろうかと、つい香穂子は考えてしまう。 逢うと、お互いを求める気持ちを抑えることが出来なくて、身体で愛しあうことを、つい優先させてしまう。 今夜もまた、こうして愛し合って、お互いに滲んだ不安を、愛の熱によって溶かしていった。 とても幸せな気持ちだ。 だが、幸せであると同時に、切ない気分にもなる。 いつになったら、お互いにたっぷり時間が取れるようになるのだろうかと。 香穂子がぼんやりと考えていると、吉羅が強く抱き締めてきた。 「……あ……」 「どうした?」 「……暁彦さんと、いつになったらのんびりとした時間を取ることが出来るのかと、ぼんやり考えていただけです。ワガママですけれどね……。私の……」 香穂子が泣きそうになっていると、吉羅は更に強く抱き締めてきた。 「……私もそう思っているよ。このすれ違いは、近いうちにどうにかしなければならないとね」 吉羅は香穂子を抱き締めて、柔らかくキスをしてくれる。 「……こういったふたりきりの時間をしっかりと取っていきたいと思っているよ。私はね……」 吉羅は香穂子の滑らかな肌をなぞりながら、愛しげに呟いた。 また、気分が悪くなってしまう。 香穂子は口を手で覆うと、洗面所へと向かった。 気持ちが悪くて、もう吐けないのに吐いた後、香穂子は洗面台の前でぐったりとしてしまった。 「香穂子、大丈夫かね?」 吉羅が心配をして、直ぐに駆けつけてくれた。 「……何とか……」 香穂子が笑って見せようとすると、吉羅は直ぐに抱き上げてくれる。 「ゆっくりと休みなさい。香穂子」 「はい、ありがとうございます」 香穂子はベッドに運ばれて、そのまま丁寧に寝かされる。 吉羅は心配そうに何度も香穂子を見つめてくれた。 「明日はゆっくりして、病院にいこう。君はかなり具合が悪そうだからね」 「大丈夫てすよ」 いくら香穂子が笑顔で言っても、吉羅は納得できないとばかりの表情をしていた。 「……駄目だ。先程から、本当に具合が悪そうではないか。ずっと気持ち悪そうにしているからね、君は。これで何もないとは、言わせないよ」 吉羅の言葉は、香穂子を心配する余りに、厳しくなっている。 それが苦しくて堪らなかった。 「大丈夫ですよ。大したことはありません」 「その楽観視が駄目なんだ。明日は病院に行くよ」 一度決めたら吉羅は頑固になる。 香穂子は、素直に受け入れることにした。 朝までしっかりと抱き締められて、香穂子は眠りに落ちた。 安心していたからか、香穂子は朝までのんびりと眠ることが出来た。 翌朝は茶粥が出た。 香穂子の調子の悪さに、吉羅が心配をしてくれたからだ。 身体自体はそれほど辛くはない。 香穂子は清々しい気分になり、笑顔になった。 「暁彦さん、もう大丈夫ですよ。本当に」 「念のためにといったところだよ」 吉羅はあくまで慎重にいることを崩さない。 香穂子は受け入れるしかないと想い、受け入れた。 「分かりました」 「後、今日から君の家はここになるから、そのつもりで。君の荷物もかなりあるから。生活には支障を来さないだろうからね」 吉羅が余りに淡々とさらりと言ったものだから、香穂子は一瞬、聞き流しそうになった。 「……え?それは……」 香穂子がしっかりと確かめたくて、吉羅に聞き直した。 「今日からここで一緒に暮らそうということだよ」 吉羅は、相変わらずクールに呟くだけだ。 香穂子はドキドキしながら、吉羅の言葉を聞く。 「……ということは、暁彦さんと私が一緒に暮らすということですか……。それって、同棲ですか?」 香穂子は、まさかこのような展開になるとは思ってはいなくて、ドキドキしてしまう。 ドキドキし過ぎて、どうして良いかがわからなくなってしまう。 「香穂子、最初はそうなるかもしれないが、あくまで結婚を前提にした同棲であることを忘れないで欲しい」 吉羅は、物凄く重要なことを、いとも簡単に言ってしまう。 それには香穂子も驚いてしまった。 「もう、すれ違いは嫌だからね。君とは毎日会って、色々と話をして、温かな時間を過ごしたいと思っているからね。だから、うちに来なさい」 吉羅は何処か幸せに充ち溢れた笑顔を剥けてくれると、香穂子を真っ直ぐ見つめてくれた。 「……はい。では、吉羅さんの仰るように、ここにいます。これから、よろしくお願いします」 香穂子は頭を下げて、吉羅にきちんと挨拶をする。 これですれ違うことはない。 それに毎日逢えるのだから。 香穂子はそう思うと、心がほっこりて暖かくなるのを感じる。 香穂子は真っ直ぐ吉羅を見つめながら、泣きそうになりながら頷いた。 愛している。 だから毎日一緒にいたい。 それが、こんなにも早く叶うなんて、思ってもみなかった。 「君のご両親にもきちんと話をしなければならないね。結婚を前提にした同棲であることを伝えなければならないからね。同棲と言っても、結婚の準備が整うまでだけれどね」 吉羅は本当に、心臓に悪いロマンティックなことを、何でもないことのように言うのだからたちが悪い。 香穂子は、ロマンティックなようで、とてもリアリストでロマンティックでない吉羅らしいとも思う。 だが、リアリストとして、クールにロマンティックなことをするからこそ、吉羅は誰よりもロマンティストなのだろうと思う。 香穂子は笑みを浮かべながら、吉羅を見上げる。 「ありがとうございます。嬉しいです」 「プロポーズはきちんとするから、そのつもりで」 「ありがとうございます」 香穂子はロマンティックなプロポーズを夢想しながら、幸せな笑顔を浮かべた。 病院を出て、ふたりは幸せの笑顔を向けあう。 「私の予想通りだね。同棲期間は今日だけになったね。明日からはきちんと夫婦だ。もうすれ違いはないよ」 香穂子の手をしっかりと握り締めながら、吉羅は幸せそうに呟く。 ふたりの絆を更に深めるように、子供が出来ていることがわかった。 もうすれ違わない。 心も身体も。 吉羅も香穂子は幸せな奇跡を噛み締めていた。 |