*Love Anniversary*

1


 学院から車を走らせていると、とても懐かしい場所に出た。
 かつて愛しい少女を車に乗せて、送ってやった場所だ。
 彼女に恋をして、愛して…。
 あれがターニングポイントになり、様々な人生の喜びがやってきた。
 少女に初めて素直な気持ちを打ち明けたのは、コンミスを賭け、理事たちを集めたアンサンブルコンサート の前日。
 あの時から、更に恋の病は進行している。
 あれからどれぐらい経ったのだろうか。
 甘くて切ない感情に支配される。
 ふと脳裏に浮かんだ笑顔が、吉羅を幸せな気分にかせてくれた。
 らしくなく、車をゆっくりと走らせていると、見覚えのある紅い髪を見つけた。
 吉羅は思わず、クラクションを鳴した。
 立ち止まって振り返る姿は、まるで銀幕に幻想の影を宿す女優のように、とても美しかった。
 吉羅が車を停めた瞬間、花が咲いたような笑顔になる。
「こんにちは! 理事長」
 相変わらず歌を歌うような弾む声に、吉羅はフッと微笑んでしまう。
 本当に香穂子は愛らしい。いつまでも見つめていたい笑顔だ。
「乗らないかね?」
「はい、喜んで」
 吉羅は頷くと、車を降りて、香穂子をエスコートするために、助手席のドアを開けてやった。
「有り難うございます。とても嬉しいです…」
 香穂子ははにかんだ嬉しそうな笑顔を浮かべながら、車に乗り込んだ。
「…海岸線でもドライブをしようか…?」
「嬉しいです!」
 香穂子は頬を薔薇色に赤らめながら、眩しいほどの笑顔を吉羅に向けてくれた。
 本当に可愛らしい。
「急にミーティングがキャンセルになってね。時間が出来たから、ドライブをしようと運転したらこの道に入ってね。かつて君を送っていったことを思い出しながらこの道を走っていると、君を見つけた」
「嬉しいです」
 香穂子は本当に可愛くてしょうがない笑顔になる。
 いつまでも見つめていたい笑顔だと、吉羅は思った。
 折角、こうして逢えたのだから、今日はずっと独占していたい。
 香穂子をずっと自分のものにしておきたかった。
「ドライブだけでは…、もったいないね。折角、こうして逢えたから、食事にでもいかないかね?」
「嬉しいです。こうして本格的に理事長と一緒にいるのは久し振りですから」
「確かにそうだね」
 お互いに忙しくなり過ぎて、こうして一緒にいることが、最近では少なくなっている。
 香穂子ももう高校生ではないのだから当然だ。
 少し本格的なディナーがしたくなる。
 吉羅は、進路を変えることにした。
「行き先は変更だ。本格的なディナーをしよう」
「あ、有り難うございます」
「何か不都合はあるかね?」
「大丈夫です」
 香穂子が迷うことなく即答をしてくれたのが、吉羅には嬉しかった。
 吉羅は、車の進路を変えると、かつて香穂子を連れていったことがある、高級サロンへと向かう。
 香穂子と、じっくりとした良質な時間を持ちたかった。
 吉羅がサロンの前に車を停めると、香穂子はほんの一瞬、驚くように息を飲んだ。
「サロン…ですか…?」
「本格的なディナーをしたいと思ってね」
 吉羅はわざとクールに言うと、香穂子を見た。
「しっかりと綺麗にして貰ってきなさい。…香穂子」
 熱い想いを込めてその名前を呼べば、香穂子ははにかむように笑って頷いた。
 香穂子がサロンで美しくなっている間、吉羅は近くのフラワーショップに出掛けた。
 綺麗な薔薇の花をプレゼントしたい。
 今日という日を、人生の中でも幸せで輝く日にしたかったから。

 香穂子はサロンで髪や肌を整えて貰いながら、幸せなドキドキに包まれていた。
 まさかあの様なところで吉羅に出会えるとは、思いもよらなかった。
 最近、吉羅がかなり忙しいことを香穂子は知っていたからだ。
 それだけでも華やいだ気分になる。
 その大きな優しさに気付いた時から、ずっと大好きなひと。
 意地悪なことも多いけれど、それ以上に優しくて温かい。
 意地の悪いことを言っていても、それは隠し立てをしないことだったり、香穂子のために言ってくれていることばかりだ。
 それを解っているからこそ、いつも笑顔でいられるのだ。
 髪をアップにしてセットして貰う。
 香穂子はまるでシンデレラにでもなったような気分になる。
 ドレスを用意して貰い、それに袖を通す。
 本格的なフォーマルな装いに、香穂子は胸が激しくときめくのを感じていた。
 こんなにも素敵なときめきは他にはない。
 吉羅が掛けてくれる魔法はいつも素晴らしい。
 香穂子をうっとりとさせてくれる。
 こんなにも素晴らしい魔法は他にないのではないかと思う。
 いつもよりも華やいだ美しさを引き出してくれるのは、吉羅と一緒にいるからだと香穂子は思った。
「さあ出来上がりましたよ。前回、こちらで変身された時よりもかなり綺麗ですよ。あの時も綺麗だったけれど…、私はあの時よりもあなたはうんと美しくなっていると思いますよ。やはり、愛されているのは違うのね」
 サロンの女性スタッフににっこりと笑いながら言われ、香穂子は恥ずかしくなった。
 吉羅に愛されているから。
 本当にそれを実感出来たら嬉しいのに、なかなか出来ない。
 香穂子は綺麗に変身した姿で、吉羅の待つロビーへと向かった。
 吉羅は似合うと言ってくれるだろうか。
 紅いドレスを。
 紅は、大人の女性の象徴のように思えたから。
「お待たせ致しました、理事長」
 吉羅に声を掛けると、ゆっくりと立ち上がる。
 じっくりと見つめられて、耳朶まで熱くなる。
 吉羅のクールなまなざしで見つめられるだけで、香穂子は息が止まりそうになった。
「悪くはない…」
 吉羅は静かに言うと、まなざしをスッと細める。
「…ただ…」
 吉羅はそこまで言うと、香穂子の手を引いて、柱の影に向かった。
 誰にも見られない死角の部分に連れていかれると、いきなり指で顎を持ち上げられる。
「…あ…」
「ルージュが少しばかり濃い…」
 香穂子が息を飲む間もなく、唇がしっとりと塞がれる。
 唇からルージュを拭うかのように、吉羅は香穂子に深いキスをした。
 ひとりでは立っていられなくなる。
 香穂子は吉羅に思わずしがみついてしまった。
 キスが終わる頃には、香穂子は頭がぼんやりとしてしまうほどに、くらくらした。
「理事長…」
「ここからは理事長と呼ばないでくれ…。…暁彦と呼ぶんだ…」
「暁彦さん…」
 香穂子が掠れた声で名前を呼ぶと、吉羅はよく出来たとばかりに頬を撫でてくれた。
「さあ、行こうか。お嬢さん…」
「…はい…」
 香穂子がうっとりと返事をすると、吉羅は頷いてエスコートをしてくれた。
 本当に夢を見ているのかと錯覚をしてしまいたくなるほどに、香穂子はきらめきを感じた。
 エスコートをされて車に乗り込んだ後で、吉羅は静かに車を出してくれた。
「ドライブをしよう。とても眺めが素晴らしいレストランがあるからそちらに行こうか。タンゴの生演奏も聴けるから、勉強になるだろう」
「有り難うございます」
 こうして吉羅が色々と気を遣ってくれるのが、香穂子には何よりも嬉しかった。
 車は横浜方面に向かって再び走り始め、香穂子は鼓動を高めながら、胸がキュンと縮まるほどに幸せだった。
「…随分と陽も短くなって来ましたね…」
「そうだね。これからはもっと短くなるね。私は夜が長いほうが有り難いと思うがね…」
 吉羅は静かに言うと、香穂子に微笑む。
 香穂子もまた同じだった。



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