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吉羅と夕暮れの海岸線をドライブするのは、とてもロマンティックだ。 本当は、リアリストは最もロマンティストではないだろうかと、香穂子は思わずにはいられなかった。 「ヴァイオリンの調子は良いようだね。きみにはもっと高みを目指して貰いたいからね」 「有り難うございます。もっと高みを目指すことが出来るように精一杯、頑張りますね。理事長がこうしてサポートして下さるから、高みを目指すことが出来るんですよ」 「私も君が素晴らしいヴァイオリニストになるために、精一杯のサポートをしようと思っている」 吉羅はそこまで言った後、フッと寂しそうに微笑む。 「君は、音楽の祝福を受けている…。…私や…、姉が成し遂げることが出来なかったことも…、君ならば出来るような気がするからね…。それを是非成し遂げて欲しい…」 吉羅は、かつてヴァイオリンを頑張っていた青春時代に想いを馳せるように、フッと懐かしそうに微笑んだ。 そのまなざしはとても柔らかくて、何処か切なかった。 吉羅姉弟の夢を引き継ぐ、 香穂子にとってはかけがえのない引き継ぎであることを、恐らく吉羅は気付いてはいないだろう。 本当にそう思っている。 「私、頑張りますね。今や私達三人の夢ですから」 香穂子は秋空のような澄み渡った明るい笑みを浮かべると、夢見る力強い声で語った。 「…有り難う…」 吉羅のステアリングを握っていない手が、香穂子の手をギュッと握り締めてくれる。 胸が切ないほど幸せな気分になる。 吉羅から夢への想いを受け止めた気分だった。 夕暮れの美しい茜色に染め上げられた吉羅の横顔は、とても魅力的で、香穂子は思わずうっとりと見つめてしまう。 本当に美しくて、いつまでも見つめていたいと思った。 香穂子が夢を引き継いでくれることで、吉羅と姉の夢は、更にパワーアップして、大きくなったように思える。 夢を託せる相手に出会えて良かった。 しみじみと思う。 吉羅と姉が目指した高みを引き継いで昇っていくにはぴったりだと思う。 ずっとその様子を、一番近いところで見ていられたらと、吉羅は思わずにはいられなかった。 ちらりと香穂子の横顔を見つめる。 秋の澄み渡った茜色に染まる香穂子は、純粋に美しかった。 いつまでも見ていたいと思うほどに。 日に日に、香穂子は美しくなっていく。 1日逢わないと、既にかなり綺麗になっているのだ。 吉羅は離せないと思った。 強く離したくないと思った。 香穂子を捕らえたまま、絶対に離す気などはなかった。 そっと手を握り締める。 何処にも行って欲しくはないから、こうして捕まえておくしかないのだ。 「…君の成長を…、いつまでもそばで見守りたいと思っているよ…」 「…是非、見守って下さい」 香穂子は頬を赤らめながら、少しだけ控え目に呟く。 それがまた可愛かった。 車を、レストランへと走らせる。 豊富な魚介を使った美味しいイタリアンが食べられるレストラン。 香穂子を是非連れて行きたいレストランだった。 吉羅は車を駐車場に停めると、先に降りて、香穂子のために助手席のドアを開けてやる。 「…どうぞ、私のお嬢さん…」 「有り難うございます」 本格的にエスコートしてやると、香穂子はうっとりとした微笑みを見せてくれた。 なんて綺麗だ。 この微笑みを、ずっと見つめていたい。ずっと守りたかった。 吉羅はきちんと香穂子をエスコートして、レストランへと入っていく。 香穂子は幾分か緊張しているようだったが、それがまた可愛かった。 「香穂子…、完全にプライベートだから、“理事長”とは、呼ばないように…」 「…はい」 少し照れ臭そうにする香穂子が可愛くてしょうがない。 吉羅は、思わず微笑んでしまった。 レストランは夢のようなところだった。 海と夕陽が見られるなんて、ロマンティックが散らばめられている。 香穂子はうっとりとせずにはいられなかった。 運ばれてきた料理は、前菜からしてとても美味しかった。 「有り難うございます。何だかボーナスでも貰った気分ですよ」 「君は日頃頑張っているからね、たまにはこれぐらいのご褒美は必要だろう…?」 「有り難うございます」 本当に嬉しくて、ロマンティックがあちこちに溢れている。 香穂子にはうっとりとするようなひとことだった。 食事を進めていると、素晴らしいタンゴの演奏が始まった。 うっとりと聞き入ってしまう素晴らしい演奏だ。 ダンスをしている客もいる。 かなり情熱的なダンスだ。 だが品もある。 香穂子はダンスをするカップルを、楽しげな気分で見つめていた。 「香穂子、タンゴに興味があるのかね?」 「皆さん、素晴らしくダンスが上手いなあって、思っていたんですよ」 「確かにとても情熱的だとは思うがね」 吉羅はちらりと見た後で、香穂子を見つめた。 吉羅にじっと見つめられるだけで、喉がからからになり緊張してしまう。 「…踊るかね…?」 「…え…?」 香穂子は心臓が跳ね上がるのを感じる。 こんなにもドキドキするのは、初めてかもしれない。 吉羅とあんなに密着するなんて、何だか恥ずかしい。 だが、近くで触れていたいとも思った。 「…どうするかね…? 私のお嬢さん…?」 「…あ、あの…」 吉羅が美しい手を差し出してくれる。 夢見るようにうっとりとしたシチュエーションだ。 確かに吉羅とダンスがしたい。 吉羅と情熱的なダンスが出来たら、映画のヒロインよりもロマンティックな気分になれるに違いない。 「…あ、あの…、お願いします…」 香穂子は勇気を持って吉羅の手を取る。 緊張気味の香穂子の顔を見ると、吉羅はフッと甘く微笑んだ。 「…私がリードをするから、心配しないように…」 「有り難うございます」 吉羅はスマートに立ち上がると、香穂子をエスコートてして、ダンスフロアへと向かう。 日本では先ずは有り得ないようなロマンティックな展開。 まるで銀幕の中に入り込んでしまったような気分だ。 ふたりがダンスフロアに来ると、新しい曲が流れ始める。 甘くて激しい愛を表した素晴らしいメロディだ。 吉羅は、香穂子の手を取ると、かなり密着した状態で踊り始めた。 ぎこちない脚捌きの香穂子を、上手くリードしてくれる。 そのお陰で、香穂子は何とか形だけでもダンスをすることが出来た。 ドキドキする。 吉羅が相手でなければ、こんな風にダンスは出来ない。 音楽が盛り上がってくると、吉羅は香穂子の華奢な背中をしっかりと支えて、躰を綺麗に反らせてくる。 吉羅に反らされると、綺麗に反りかえるから不思議だ。 吉羅になら安心して躰を預けることが出来た。 何度目かの背中ののけ反りの時、吉羅の顔がかなり近付いて来た、 それこそ唇が触れてしまうのではないかと思うほどの距離だ。 そのまま唇は、香穂子の唇にしっとりと重ねられてくる。 触れるだけなのに、全身が燃えてしまいそうになるほどのキス。 まさにタンゴに相応しいキスだった。 タンゴに、吉羅にうっとりとしてしまう。 本当にヒロインになったような気分。 香穂子はダンスが終わるまで、うっとりとするほどのロマンティックに浸っていた。 ダンスが終わった後、吉羅に腰を抱かれる。 「テーブルに戻ろうか。私のお嬢さん…」 「はい…」 こんなにもうっとりとする瞬間は他にないと、香穂子は思った。 |