まるで葬式のような鐘が鳴る。 いや、ある意味桐也にとっては、葬式の鐘なのかもしれない。 ずっと好きでたまらなかった女性が結婚してしまうのだから当然だ。 しかも、桐也が尊敬して止まない年上の従兄が相手なのだから。 従兄は、桐也とほぼ同時に彼女と出会ったというのに、数ヶ月後には恋仲になっていた。 お互いの立場があるからか、ふたりは恋人になるまでは時間を要した。 その間に誰かが何度も割って入ろうとしたが、出来なかった。 桐也もまたそんな一人だったが、誰よりも香穂子が吉羅を愛し、また吉羅が誰よりも香穂子を愛していることを知っていた。 いつも香穂子は、吉羅の前では輝き、本当に綺麗だ。 吉羅に見せる笑顔が、香穂子の最高に美しい笑顔であることを、桐也は十二分過ぎるぐらいに解っていた。 これもふたりのどちらにも近かった故だ。 こうなることは薄々解ってはいたが、それでもまだ一縷の希望は捨てられずにいた。 一旦、恋人になってしまってからは、結婚まではそれほど時間がかからなかった。 ふたりが愛を育んでいる間、一番近くで見つめていた。 切なくて、苦しくてどうしようもなくて、桐也は何度も泣きそうになった。 だが、自分が大好きなふたりが結ばれるのは、ほろ苦い喜びもあった。 吉羅からプロポーズをされた以降の香穂子は、驚くほどに綺麗だ。 見つめているだけで本当にドキドキするのを感じた。 香穂子を綺麗にしているのは、悔しいけれど年上の従兄だ。 彼の前にいる香穂子は、本当に素晴らしい。 ふたりから婚約をしたことを伝えられた時、桐也はこのまま胸が麻痺をしてどうにかなってしまうかと思った。 「桐也、この六月に、私たちは結婚することになった」 いつもクールな吉羅が、この時は本当に幸せな笑みを浮かべていた。 桐也はその幸せがどれ程のものかは、解っている。 香穂子と一緒になる。 それは、何よりも得難い幸せだ。 それを恐らく香穂子は気付いてはいないだろう。 香穂子を多くの男が愛して、その一番になりたいと誰よりも願っていた。だがそれは多くの男達には叶わないことだった。 桐也には充分に解っている。 香穂子を愛している男はだれもが素晴らしい男だ。 誰が相手であったとしても、香穂子を誰よりも幸せにするのは間違いない。 だが、香穂子が選んだのは、かつて対立していた男だった。 誰にも見向きすることなく、ただ真っ直ぐ吉羅だけを愛していた。 「好き」 所謂、ライクならば、香穂子を得たかった男達は総て手に入れていただろう。 だが、ラヴは手に入れられなかった。吉羅暁彦を除いては。 桐也は溜め息を吐くと、青空を眺めた。 本当に大好きなふたりが結婚するには相応しい天気だ。 美しくてキラキラしている。こんなにも美しく麗しい日にふたりは永遠の愛に結ばれるのだ。 それが何よりも素晴らしく、哀しかった。 香穂子と吉羅が婚約を告げた時、桐也は手放しには喜べなかった。 今も何処か燻っている。 いつもふたりが待ち合わせに使っていたカフェで告げられた時は、暫く言葉を失ったのだから。 「…あ、あの暁彦さん、香穂子さんと結婚…するんだ…」 「私、衛藤君の義理の従姉になるんだね。すごく嬉しいよ!」 屈託ない笑顔で言われても、桐也は上手く返事をすることが出来なかった。 香穂子が永遠に手に入らなくなる。 その事実が、桐也をかなり動揺させていた。 「…あ、う、うん…」 動揺する余りに、きちんと言葉を紡ぐ事が出来ない桐也を、吉羅がクールなまなざしで見つめていた。 恐らくはどうしてなのかを解っているのだろう。 吉羅はただ黙って桐也を見つめていた。 あの時は、結局、笑顔できちんと「おめでとう」と言うことが出来なかった。 それが胸を燻っている。 桐也は、今日こそと思いながらも、香穂子の美しさや柔らかさに嫉妬して、きちんと祝辞を言えないでいる。 大好きなふたりが結ばれるのだ。 どうして心から祝うことが出来ないのか。 桐也にとってはそれが辛かった。 「桐也」 低い魅惑的な声で名前を呼ばれて振り返る。 そこにいるのは吉羅だ。 結婚式用のブルーグレーのタキシードを見事に着こなし、シルクハットを手にしている。 「…暁彦さん…」 「今日は有り難う」 「う、うん」 まだ素直に「おめでとう」が言えない。 燻る感情が、桐也に苦い想いを抱かせる。 「…香穂子が逢いたいと行っている。挨拶に来てくれないか?」 「解ったよ、暁彦さん」 桐也は唇を軽く噛むと、そのまま吉羅に着いていった。 「今日は慌ただしくて、親族の顔合わせの時も話せないからとね」 「うん、そうだね」 吉羅の背中を見ながら、桐也は胸がキリキリと痛んだ。 もし相手が吉羅でなければ、どんなことをしても止めさせるのに。 それは出来ない。 吉羅が花嫁控室をノックすると、香穂子の親友である天羽がドアを開けてくれた。 後輩のクラリネット奏者の冬海もいる。 「香穂子、桐也を連れてきた」 「有り難うございます、暁彦さん」 香穂子は弾んだ声で言うと、ゆっくりと振り返る。 本当に綺麗だ。 まるでクラシックムービーの中で輝いている女優のように、香穂子は美しかった。 今までで一番綺麗だと言っても良い。 そして誰よりも綺麗だ。 香穂子は本当に幸せそうに吉羅に向かって微笑んだ後、ゆっくりと立ち上がって桐也を見た。 「本当に今日は来てくれて有り難う。衛藤君」 香穂子は心から嬉しそうに笑うと、その手を取って握り締めてくれた。 そこにあるのは友愛。 家族として、友人として、ライバルとしての感情だ。 香穂子からの想いを感じ、桐也はじんわりと燻っていた心が癒されていくのを感じた。 香穂子は何度も吉羅を見て、桐也を見て、幸せそうだ。 本当に、吉羅が好きで好きでしょうがないのだろう。 そして、香穂子の最高に綺麗な笑顔は、吉羅への想いがオーラきなって現れているのだ。 吉羅との愛が、香穂子を最高に幸せにしているのだ。 それが香穂子を見つめているだけで、香穂子とこうして触れ合っているだけで解った。 吉羅に愛されている。 それが香穂子にとっては何よりもの幸福なのだ。 これ以上ないほどの。 愛するひとの不幸を望む人間なんていない。 本当に心から愛することが出来ているのであれば、自分のエゴよりも相手の幸福なのに。 どうしてそれが解らなかったのだろうか。 もし、自分が仮に香穂子を奪えたとしても、幸せにはなれないだろう。 そのことで、相手を充分過ぎるぐらいに苦しめてしまうのだから。 恐らくは桐也の目の前で、世界は崩れ落ちるに違いない。 そんなことは出来ないし、したくもない。 桐也は、ようやく自分がいる立場が正しい事を知る。 吉羅と香穂子が幸せならば、自分自身も幸せではないか。 大好きなふたりが幸せなんて素晴らしいことだ。 「では、俺は教会で待っていますから」 「ああ」 笑顔のふたりを見つめながら、桐也は控室を後にした。 いよいよ結婚式が始まる。 香穂子は最高の美しさを披露しながら、真っ直ぐ祭壇へと歩いていく。 吉羅とふたりで祭壇の前で、愛を永遠に誓う。 誓いのキスをするふたりを見守りながら、桐也は清々しい気分になる。 その瞬間、ふたりは新しいステージへ。 桐也もまた新しいステージへと歩み始めた。 |