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明るくも気持ちが良い陽射しに導かれて、香穂子はゆっくりと目を開けた。 瑞々しい躍動感が溢れる光に、思わず目をすがめてしまう。 視界が緩やかに安定してくると、見慣れない場所であることに気付く。 香穂子の記憶が徐々に戻ってきて、昨夜の情熱と官能が混じりあった濃密な時間を思い出してしまった。 昨夜、香穂子は吉羅に抱かれて女にされた。 めくるめく夜に、香穂子は全身まで真っ赤になって顔を上掛けで隠した。 どうやって吉羅と顔を合わせて良いかが解らないほどに、恥ずかしくてドキドキする。 「香穂子、起きたのか」 吉羅の艶やかな声が響いたかと思うと、隙のない姿を現した。 白いカッターシャツにスーツのスラックスを穿いているだけだというのに、うっとりとしてしまうほどに素敵で、野性味のある蠱惑的な甘い表情を浮かべている。 香穂子はもぞもぞと起き上がる。じんわりと幸せな鈍い痛みが下腹部に走り抜け、香穂子は顔をしかめた。 「シャワーを浴びて来ると良い。バスローブを羽織りなさい」 吉羅は肌触りが良いタオル地で出来たバスローブを手渡してくれ、香穂子はそれを受け取った。 「有り難うございます」 香穂子はバスローブを受け取ると、それをギュッと抱き締めた。 「君がシャワーを浴びている間に、ここに朝食を持ってくれるように頼んでおく」 「有り難うございます」 香穂子は吉羅に礼を言うと、ゴソゴソと上掛けのなかでバスローブを着る。 それを吉羅は愉快そうに豪快に笑った。 「そんなことをしなくても良いだろう? 別段、私なら見られても構わないだろ?」 吉羅がくつくつと喉を鳴らして笑うのが、香穂子は少し気に入らなかった。 「…だって…吉羅さんだから、恥ずかしいんです…」 「…見られる以上のことをしただろう?」 「そ、それとこれとはまた話が違うんです」 香穂子が慌てるように言うのが、吉羅には愉快で堪らないらしい。からかうような瞳に、拗ねてしまいそうになる。 香穂子は憤慨しながらも、微笑みを浮かべてしまった。 バスローブを何とか着て、香穂子がベッドを出ようとすると、吉羅はいきなり抱き上げてきた。 「ちょっ! 吉羅さんっ」 「このまま君が歩いてバスルームに行っても躓くだけだろう? だから抱いて行く」 「そ、そんなことはないかと…思いますが…」 「昨日はかなり無理をさせたからね。君がまともに歩けないと、私には思えるけれどね。それに顔をしかめただろう?あれは私が刻み付けた痛みのせいだろう?」 吉羅が満足そうに言う姿に、香穂子は益々恥ずかしくなる。こんなに機嫌が良い吉羅を見るのは、初めてだった。 パウダールームで下ろされると、そこには既に香穂子の下着や服が用意してある。 「ゆったりとしたまえ、香穂子」 「有り難うございます」 吉羅はただ落ち着いた笑みを零すと、パウダールームから出て行く。 吉羅がいなくなると、香穂子は大きく息を吐きだした。 甘い緊張にひたひたに満たされて、思わずギュッと自分の躰を抱き締める。 幸せで幸せでしょうがない。 バスローブを脱いだ姿が鏡に映り、香穂子は息を呑む。 吉羅につけられた所有の紅い花が、白い肌に咲き乱れていた。 胸元にも腹部にも乳房にも。吉羅にどれだけ深く求められて、どれだけ激しく抱かれたが解り、香穂子は真っ赤になってしまった。 首筋にまで痕がくっきりとつけられて、香穂子は親にどのように言い訳をすれば良いのかと、考えてしまう。 「…吉羅さんの馬鹿…」 香穂子は恨めしく呟いた。 香穂子が身仕度を終えると、吉羅は朝食を手配してくれた。 ホテルの朝食はとても豪華で美味しそうで、香穂子は歓声を上げる。 美味しい食事というのは、なんて素敵なのだろうかと思った。 「いただきます」 「いただきます」 ふたりで顔を見合わせて、こうして朝食を食べることが出来ることを、ずっと夢見ていた。 嬉しいと思う反面、何処か恥ずかしくて仕方がない。 吉羅が食事をしている様子を見ていると、昨夜のことを思い出して真っ赤になってしまう。 食事とはこんなにもセクシャルだとは思わなかった。あの薄くて整った唇で愛されたかと思うと、恥ずかしくて堪らない。 今朝見つけた、どこかいたずらめいた首筋につけられた紅い花を思い出して、香穂子は上目遣いで甘く睨んだ。 「…吉羅さん」 「何だ?」 「首筋にいっぱい痕がついていて…、その…」 香穂子がはにかみを浮かべて俯くと、吉羅は満たされた笑みを浮かべる。その笑みが、どこか艶やかでこの上なく魅力的だ。 「君が私のものだという印をつけただけだよ」 平然と言う吉羅に、香穂子は益々真っ赤になってしまう。 「それに虫除けにもなるだろう?」 「あ、あの…、その…」 「私は君の虫を徹底的に駆除しなければならないと思っているからね。君のただひとりの男としてね」 吉羅はこちらがドキリとするようなことを平気で言うと、香穂子の肌を指先でなぞった。 何でもない仕草なのに、香穂子には官能的に感じて胸が突かれる。 香穂子はドキドキを止められないまま、食事を続けた。 ずっとそばにいたいが、吉羅に仕事があるので仕方がない。 我が儘を言えないほどに好きだから、せめてそばにいられる時間を楽しみたかった。 吉羅が部屋でチェックアウトをしている間、香穂子はどこか不安な気分になっていた。 自分とこうなったことで、吉羅の立場が厳しくなってしまうのではないかと考えてしまう。 チェックアウトが終わると、一緒にいられる時間は終わりを告げる。 その瞬間はやはり泣きそうになった。 「…吉羅さん、あの…、ご迷惑とかはないですよね? ホテルのひとにその…」 「君と一緒にいるところをしっかりと見られたことか?」 吉羅はクールに言った後、不安な香穂子をこころごと抱き締めてくれた。 「そんなことは一切気にはしない。君とのことも私は特に隠し立てはしない。私たちは日影で愛し合っているわけじゃない」 吉羅は淡々と言うと、香穂子の頬を両手で包み込み、自分を見つめさせる。 「私たちが付き合うことで、もし何か君を傷付けるような者がいるとしたら、私はそんなヤツは許さないし、そんな者から君を守る。だから心配しなくて良いんだ」 吉羅の口調は厳しくいつものようにどこか冷徹なものであったが、香穂子を見つめる瞳だけは、温かくて慈しみが溢れていた。 瞳には柔らかな光が差し込んで、とても綺麗に見える。 「はい。有り難うございます。だから私もめいいっぱい強くなりますね? 吉羅さんを全力で守ることが出来るように。どんなことがあっても、強くいられるように」 香穂子の力強い言葉に、吉羅はフッと優しい笑みをひとみに浮かべる。 「…ああ。守ってくれることを期待しているよ」 吉羅は囁きながら、香穂子の唇に甘いキスをくれた。 香穂子がフロントクロークで荷物を受け取った後、ふたりは仲良く手を繋いでホテルを出た。 何も疚しいことなんてしていないから、堂々としていれば良い。 堂々と自分達の仲を見せつけてやれば良い。 香穂子は満たされた想いの余り、清々しい幸福を感じる。 ふたりは今スタートラインに立った。これからは新たな気持ちで頑張っていけるだろう。 ヴァイオリニストとしての試練も待構えているかもしれない。 だがいつもそばにいて見守ってくれるひとがいるから、世界でただひとり、総てを知ってくれているひとがいるから。 頑張れる。 香穂子が唇に笑みを浮かべると、吉羅もまた笑みを零してくれた。 ふたりの新たな一歩が今始まる。 |