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心地好い闇のなかで新しい光に導かれるように、香穂子は目を開けた。 最初に視界に飛び込んで来たのは、美しい愛しいひと。 何度「好き」と言っても足りないのではないかと思ってしまうほどに、大好きで堪らないひとだ。 香穂子を気遣うような優しいまなざしで見つめ、吉羅は柔らかいヴェルヴェットのように包み込んでくれる。 「…すまなかったね…。無理をさせたようだ…」 「大丈夫です」 香穂子はにっこりと満たされた笑みを浮かべると、吉羅に抱きついた。 どうしたらこの喜びを表現出来るだろうか。 「…吉羅さんとこうなることが出来て、凄く嬉しいんです。…だって、私、吉羅さんのことが大好きです。本当に大好きです…。何か言葉にしても足りないぐらいに、大好きです」 「香穂子…」 ギュッと吉羅の逞しい躰を抱き締めながら、温かくてこの上なく素敵な想いを伝える。 「私も、君を愛しているよ。誰よりもね…。君の最初で最後の男になりたいと思っているからね」 吉羅の男らしい魅惑的な声で直球に胸に響く言葉を囁かれて、呼吸が出来ないぐらいに蕩けてしまいそうになった。 「…私は吉羅さんの最後の女になりたいです」 香穂子は持ち前の前向きで凜とした輝きを瞳に宿して、意志の強さを言葉に込める。 吉羅は目をスッと細めて穏やかに微笑むと、香穂子の鼻にキスをした。 「是非、君を私の最後の女性にしたいね」 吉羅のスマートでいて落ち着いた愛の感じられる声を聴くと、香穂子は嬉しさの余りに泣きそうになる。 「…嬉しいです…。ずっと吉羅さんにはただの子供だと思われていると思っていたから。吉羅さんは私のことを何とも思っていないのかと思っていましたから…。だから、凄く嬉しい…」 香穂子は吉羅の胸に甘えて頬を寄せながら、半分泣き声で呟いた。 「…君のことをちゃんと女として見ていたよ。最初からね…。だけど私は、君には君の夢を叶えて欲しかった。私のせいでヴァイオリニストになる夢を、中途半端には終わらせたくなかった…。だから距離を置こうとしたが、無理だったね。どうも私は君に関しては、大人にはなりきられないらしい…」 夢を見守るほど、大きな愛はないというのに。吉羅ほど大人の愛をくれたひとはいないというのに。 香穂子はただ涙ぐむ。 「…私は君が思う程に、大人の男ではないんだよ」 吉羅は自嘲ぎみに笑うと、むき出しの香穂子の華奢で滑らかな背中を撫でて来た。 吉羅の指のリズムは躰の奥が熱く潤み出すほどに気持ちが良くて、香穂子は甘い吐息を上げる。 「その声を聴いてしまったら、私はまた我慢が出来なくなってしまうよ…?」 「あ…」 香穂子が真っ赤になりながら唇を強く瞑ると、吉羅は薄く笑った。 「…君は可愛いね、本当に」 「何だか、子供っぽいと言われているみたいで…」 拗ねるように言うと、吉羅もまた楽しそうに笑う。 「そいつはすまなかったね。だが、大人の女性にとっても“可愛い”は褒め言葉だよ」 吉羅のセクシィな声の響きに、香穂子は降参したとばかりに俯いた。 「…そうですね」 吉羅は香穂子を腕のなかで抱き込むと、その首筋に顔を埋める。 「…香穂子、私は君が一人前のヴァイオリニストになるまでは待とうと思っていたんだよ。君をこうして抱いてしまったら、がんじがらめに束縛してしまうのは目に見えていたからね。だけど、実際には束縛出来ないほどに大切になってしまったよ…。香穂子、私のせいで夢を諦めるとかは考えないで欲しい…」 吉羅の大きくて本当に優しい愛情に、香穂子は泣きそうになる。 香穂子は吉羅の髪を撫でると、優しく語りかけた。 「吉羅さん」 香穂子の呼び掛けに、吉羅は顔を上げる。 「…私は、吉羅さんがいつも見ていて下さったから、ここまで来れたんです。吉羅さんが見守って下さったから、私はヴァイオリンに没頭することが出来たんです…。だから、私は吉羅さんに見ていて貰わないと、ヴァイオリンをもう弾くことが出来ないんです」 香穂子は、吉羅と出会ってからのことを懐かしく思い出しながら、語りかける。 「…吉羅さんが、厳しくて優しく私を見守ってくれていたから…。だから私は吉羅さんから離れるなんて出来ないんです」 香穂子は吉羅の瞳を見つめながら言うと、感情が高ぶって熱いものが込み上げて来るのを感じていた。 「…香穂子…」 名前を呼ぶ吉羅の声は掠れていて、想いを受け止めてくれたことを感じる。 吉羅はもう離さないとばかりに香穂子を抱き締めてくれる。 「有り難う、香穂子…」 「お礼を言うのは私ですよ」 香穂子は洟を啜りながら笑うと、吉羅を潤んだ瞳でただ真っ直ぐと見つめた。 「私、恋も夢もどちらも手に入れたいんです」 香穂子がキッパリと言い切ると、吉羅は満たされた穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。 「では私は、君のそばにいて、夢が叶う様子を見させて貰おう…」 「ずっと見ていて下さいね」 「解った。君だけを見ているよ」 吉羅は香穂子に頷くと、再びベッドに組み敷く。 「…あっ…! 吉羅さ…」 「君を抱きたくなった」 吉羅のストレートな言葉に、香穂子は焦らずにはいられない。 強く抱き締められながら、おたおたとした。 「…吉羅さん、帰らないと…」 「今日はここで泊まれば良い」 「に、荷物を取り行かないとっ!」 「フロントクロークに、君の荷物は明日まで預かっているように指示をした」 吉羅は平然と言いながら、香穂子の躰をまさぐり始める。 先程達したばかりの滑らかな肌は、直ぐに吉羅の指先に反応してしまい、再び熱を帯びる。 「…香穂子…、ずっと見ているから…。心配しないでくれ」 「…あっ、吉羅さんっ…!」 香穂子がその名前を呼ぶと、吉羅はどこか苦笑いをした。 「君はいつまでたっても“吉羅さん”なんだね。私としては、“暁彦”と名前で呼んで貰いたいところだが」 「…だって…恥ずかしいです…」 香穂子がはにかんで恨めしそうに吉羅を睨むと、あくまで愉快そうに瞳を滲ませた。 「恥ずかしくはないだろう? 香穂子、いつもの負けん気はどうしたのかね?」 「…それとこれとは話が別ですよ」 香穂子は恨み節のように言ったが、吉羅は笑うことを止めなかった。 「…今夜はここで一緒にいよう…。君と私だけで…」 優しく語りかけられると、嫌だなんて言えるはずがない。 香穂子は吉羅を見つめると、そっと頷いた。 「…香穂子、君が欲しい…」 再び、ふたりは熱くて、激しい愛の嵐のなかに突入する。 それはとても幸せで、満たされた嵐だった。 香穂子を際限なく求め、ようやく解放する頃には、すっかりぐったりとなっていた。 吉羅の腕のなかで眠る香穂子の寝顔は何とも愛らしい。 あどけない寝顔は、吉羅を狂わせるたったひとりの女性にはとうてい見えなかった。 吉羅は、香穂子の寝顔を堪能しながら、自らもまたその肌に酔い痴れた。 こんなに気持ちが良いセックスは初めてだ。 セックスなんて、欲望のはけ口にしか思っていなかったというのに、それが愛する者を抱いた途端に、最高の快楽を満たしてくれる素晴らしいものになった。 ずっとそばにいてくれると。 吉羅のそばで夢を叶えると言ってくれたのだ。 香穂子には出来る限りのサポートをしたいと思う。 束縛出来ないほどに愛している。 吉羅は香穂子の額に唇を寄せると、その円やかな躰を抱き締めて眠りに落ちた。 |