18
吉羅が愛してくれている。 香穂子はこれ以上のプレゼントはないのではないかと思う。 吉羅が愛していてくれさえすれば、香穂子は本当に何も要らなかった。 ふたりで抱き合いながら、香穂子は吉羅をしっかりと見つめる。 今がチャンスかもしれない。 訊きたいことを訊くのは。 吉羅にきちんと訊いておかなければならない、とても重要なことだからだ。 今までは切なくて怖くて訊けなかったことも、愛し合っていると分かれば訊くことが出来る。 ためらいなく香穂子は訊きたかった。 「…暁彦さん、訊きたいことがあります…」 「…ああ」 吉羅は静かに頷いてくれる。 「そうだね。今まで私たちが持っていた蟠りは、ここできちんと解消しておかなければならないだろうからね」 「はい」 香穂子は頷くと、深呼吸をした。 「…暁彦さん…、愛しているから結婚したと聞いた時に、物凄く嬉しかったです。…なら、愛して下さっていたのなら…、…どうして…、私を妻として扱ってはくれなかったのですか? いつも表面上の妻としての扱いだけで…、私を本当の意味で妻にしては下さらなかった…。いつも…、私を妻としてではなくて、忌々しい相手のように扱っておられたのは…、どうしてですか?」 話しているうちに、香穂子は当時のことを思い出して息が詰まりそうになる。 「…私は…、あなたと…本当の意味で夫婦になりたかった…。表面上ではないあなたの妻になりたかった…」 声が震える。 吉羅とはずっとずっと愛し合う夫婦になりたいと、香穂子は切なくも祈ってきた。 吉羅は静かに話を訊いてくれている。 とても穏やかな表情で、香穂子の想いを受け止めてくれている。 吉羅にはいつもの刺々しい冷たさはなく、優しく香穂子を包み込んでくれるような優しさだけがあった。 「…暁彦さん…」 吉羅は解ったとばかりに香穂子を抱き締めてくれた後、その髪を撫でてくれた。 「…怖かったんだよ…」 「え…!?」 冷徹な吉羅暁彦に恐ろしいものがあるなんて、香穂子には驚くべきことだった。 いつも自信に満ち溢れている男性なのに。 香穂子が驚いたように見つめていると、吉羅はフッと寂しげに微笑んだ。 「…私は…君を失うことが怖かったんだよ…」 「…暁彦さん…」 「君が私と結婚したのは、愛しているからではなく、ご両親のためにそうしたのだと思っていたからね…。君は政略結婚をさせられたと思っているのだとばかり、私は思っていた…。…だから、これ以上は君を傷つけたくはなかった…」 吉羅は掠れた声で言うと、香穂子を柔らかく抱き寄せる。 「…君を本当の意味で妻にしたかった…。私だけのものにしたかった…。だがそうすれば、君が傷つくと思い出来なかった…。だから、君を本当の意味で妻に出来なかった。君をこれ以上拗ねさせてしまったら…、それこそ君が私の前から消えてしまうと思っていたから…。それだけは耐えられなかった。どのような状況であったとしても…、私は君をそばに置いておきたかったから…」 吉羅の掠れた低い声から、その苦悩ぶりが伝わってくる。 吉羅も香穂子と同じように。いや、それ以上に苦しんでいたのだ。 香穂子は、吉羅の切なさを感じ取って涙が零れる。 吉羅を、香穂子以上に苦しませていたのは自分なのだ。 「…だから…君をこの手に抱くことがかなわないならば…、避けて通るしかないと、私は勝手に考えてしまっていたんだよ…。君の意思などは関係なくね…。君がそばにいてさえくれたら…、いつかどうなき出来るかもしれないと思っていたから、何とか踏ん張らなければならないとも思っていた…」 「…それを知っていたら…」 香穂子は後悔の念に苛まれる。 吉羅の気持ちに全く気付かずに、自分だけが被害者のような気持ちになってしまっていた。 なんて罪深いのだろうか。 愛は、裏切ることよりも、そばにいて気付かないことのほうが罪深いのかもしれない。 香穂子は涙が溢れてしかたがない。 吉羅がさり気なく優しく宥めてくれる。 思えば、吉羅はいつもさり気なく香穂子には優しさを見せてくれていた。 それを今まで気付かないなんて。 「…暁彦さん…ごめんなさい…。私が子供であなたの本当の心に気付かなかったから…」 「…私も悪いよ…。君が不安になるのは当然だ。私はいつも君に対してはかなり冷たかった。君が不安になり萎縮してしまうほどにね…。…私は、君と近付き過ぎたらどうなるかが解っていたから、避けるよう心掛けていたんだよ。君を力づくでも本当の意味での妻にしてしまうだろうからね。それぐらいに君が欲しかった。君だけが欲しかった…」 「暁彦さん…!」 香穂子は吉羅への愛が溢れてどうしようもないと感じながら、逞しい躰を力強く抱き締めた。 「…君を失うのが怖いばかりにこのようなことになってしまった…。もっと早く…君を愛していると、言えば良かったね…」 「私こそ…、あなたを愛しているということを、もっと素直に伝えられてさえいたら…」 香穂子は吉羅に甘えるように顔を埋める。 「長くかかったかもしれないが、遅過ぎるということはない…。こうしてお互いに愛情を確かめ合うことが出来たのだからね…。私たちはこれからだ…」 「はい」 本当にそうだ。 まだスタートラインに立ったばかりなのだ。 愛はこれから育んで行けばよい。 「…愛しているよ…。君をずっとね…」 「私も暁彦さんをずっと愛しています…」 香穂子がにっこりと微笑むと、吉羅は柔らかくて優しい天使の羽根のようなキスをしてくれた。 「…君は私を何時ぐらいから愛してくれていたのかね?」 甘い笑みを浮かべながら、吉羅はからかうような幸せを滲ませて訊いてくる。 「…あなたと出会ったほんの小さな子供の頃からです…。ナマイキですね」 香穂子がくすくすと笑うと、吉羅も同意をするように頷いた。 「そうだね。だけど私はナマイキが大好きだけれどね」 吉羅は本当に幸せそうな優しい笑みをくれる。 「だったら、暁彦さん、あなたは何時から私のことを好きでいて下さったのですか?」 香穂子が甘いまなざしでいたずらっ子のように訊くと、吉羅はフッと笑う。 「…香穂子、君と出会った時は、君はまだ小さくて、可愛くてしょうがない妹のような存在だったよ。見守るのがとても楽しみだったが…、それが、いつの間にか、私にとってはかけがえのない女性に成長してくれていた。君に結婚を申込んだ時には、君を誰にも渡したくないと…、私はかなり強く思っていたんだよ…。本当にどうしようもないぐらいにね…」 吉羅は苦笑いを浮かべると、香穂子に甘いキスの雨を降らせた。 「君を愛しているよ…。これからもそれは永遠に変わらないから…」 「…暁彦さん…」 これからも永遠に愛し合っていける。 これには香穂子も自信がある。 ふたりはその証をお互いに示すために、熱く抱き合って、愛し合った。 愛し合った後、ふたりは今までにない幸福感に包まれる。 「愛しているよ。君以外の女性はもういらない…」 「私も暁彦さんだけですから…」 お互いに微笑みあった後で、ふたりはしっかりと抱き合う。 こんなにも幸せなことは他にはないよ。 心細かった17歳の花嫁は、愛する男性に愛されて、自信を持った輝きのある女性へと脱皮する。 愛されているから。 愛しているから。 この自信が香穂子を素晴らしいステップへと押し上げた。 |