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吉羅は最高のサプライズを用意してくれていた。 こんなにも素敵な驚きは、人生で経験したことはなかった。 「あ!」 ウェディングドレスの打ち合わせに行って、香穂子は驚く。 そこにいたのは、いつか吉羅と一緒にいた女性だった。 「……吉羅さん」 香穂子は不安になって泣きそうになる。 どうしてこのような場所に、吉羅の恋人がいるのだろうか。 プロポーズされたのにもかかわらず、結局はご破算ということなのだろうか。 香穂子の不安を察知したのか、吉羅はフッと柔らかい笑みを向けてくれた。 「香穂子、こちらの方は、ドレス専門のデザイナーだよ。演奏用のドレスはもちろんのこと、ウェディングドレスも手掛けていらっしゃる。君の演奏用のドレスを頼んでいたのだが、まさか、ウェディングドレスのほうが先になるとは思わなかったけれどね」 吉羅は苦笑いを浮かべる。 ならば、街で見かけたのは、ドレスの打ち合わせということなのだろうか。 「……以前、吉羅さんと一緒にいらっしゃるのを、お見かけしたことがあって……」 香穂子の言葉に、吉羅は直ぐに、どうして不安な表情を香穂子がしたのか理解したようで、ほんのりと苦笑いを浮かべる。だが、何処か嬉しそうにも見えた。 「演奏用のドレスの打ち合わせを吉羅様とさせて頂いたことがあって、その時かもしれませんね」 デザイナーはにっこりと微笑んでいる。 「写真を拝見していたので、直ぐに分かりましたよ」 デザイナーは頷きながら、香穂子を優しい眼差しで見守るように、見つめてくれた。 「演奏用のドレスもほぼ出来つつありますが、ウェディングドレスのほうが先ですね。採寸をしますね。写真だけでサイズはだいたい把握してはいるんですが、やはり、きちんと測らないと解らないこともございますから」 デザイナーはそう言って、テキパキと採寸を始める。 香穂子の鼻孔を、吉羅からかいだ香りと同じものが擽る。 一瞬、吉羅とはやはりそのような関係なのか、疑いが過った。 「吉羅様の採寸はさせて頂いたので大丈夫なんですけれどね。演奏用のドレスに合う、スーツを新調されたいと申されたので」 デザイナーの言葉に、香穂子の疑念は一気に消える。 採寸をするぐらいに近付いたら、当然のことながら、香りは移る。 香穂子は納得すると共に、なんて嫉妬深いのだろうかと、自分に反省をした。 「あなた様のウェディングドレスを作るのがとても楽しみです。シンプルだけれど、可愛さと美しさが出る、気品のあるドレスが良いかと思っていますが、いかがですか?」 香穂子がイメージをしている通りの提案に、思わず笑顔になった 「はい、そのイメージで御願いします」 「畏まりました」 デザイナーは本当に嬉しそうにハッキリと言った。 「宜しくお願いします」 「私からも宜しく頼みます。香穂子が最高に、更に綺麗になるように、お願いします」 吉羅が平然と頼むものだから、香穂子は恥ずかしいような嬉しいような、そんな気分になった。
ドレスの工房を出ると、香穂子は清々しい気分になっていた。 まるで背中に羽根が生えたような気持ちになり、香穂子は何処までも飛べるような気持ちにすらなった。 「……吉羅さんに謝らなければならないです」 香穂子は反省しきりに呟く。 「私とデザイナーの件かな?」 「……はい。街でお見かけして、とてもお似合いでいらっしゃたから、恋人同士だと思っていました。吉羅さんの身体には、よく女性の香水の残り香がついていて……。残り香がつく日は、決まって遅かったから……」 香穂子は話すだけで苦々しい気持ちになりながら、呟いた。 「確かに、デザイナーに採寸を頼んだときは、20時ぐらいから始めたからね。それで仕事が遅くなったこともあった。後は、彼女と財界パーティで会った時に、酔っぱらって、随分、触られたからね……」 吉羅は苦笑いを浮かべる。 「だから、あの方と同じ香水の匂いがしたんですか?」 「その通りだよ」 吉羅はフッと笑う。 「私って勘違いして嫉妬していたんですね……」 ますます恥ずかしくて、香穂子は思わず目を伏せた。 「それもまた、私は、可愛くて愛しいと思うよ?」 今までの吉羅からは考えられないほどの言葉に、香穂子は驚いて、思わず顔を上げる。 すると吉羅は、ただ甘く微笑んでくれていた。 それがとても素敵だ。 「こんなことを言うのは、君が相手だからだけれどね」 吉羅の言葉に、香穂子は幸せなドキドキで、つい顔を真っ赤にさせた。 「香穂子、これからも私限定の可愛い嫉妬なら、私も歓迎だよ」 「吉羅さん」 本当に恥ずかしい。 手をしっかりと繋ぎながら、香穂子は幸せな気持ちになる。 「それと、もう、吉羅さん、は、止めなさい。君も吉羅になるのだからね」 「は、はいっ」 吉羅香穂子になる。 それが現実になって、香穂子は更にドキドキが止まらなくなった。 「これからは、忙しくなるが、大丈夫かな?」 「はい」 香穂子の返事に、吉羅は満足をするかのように、しっかりと頷いた。 これからはふたりで様々な幸せに生きて行く。 「香穂子、これから役所に行かないか?」 「役所?」 「婚姻届を出そう。必要な書類は揃っているから」 「はい」 いきなり婚姻届を出すことになるなんて思ってもみなくて、香穂子は甘い驚きを覚えた。 「届を出したら、君は、私のことをちゃんと名前で呼ぶようになるだろうからね」 吉羅はフッと魅力的な笑みを浮かべると香穂子をそのまま、最寄りの役所に連れていってくれた。 役所で緊張しながら、婚姻届にサインをする。 これで香穂子は吉羅香穂子なのだ。 婚姻届を受理されて、ゆきは緊張の余りにぎこちない笑みを浮かべた。 「これで私たちは法的に夫婦だ。君を幸せにする、一生……」 「私も吉羅さん」 香穂子は、名字を言って、自分も吉羅だということに気付いて訂正する。 「……暁彦さんを、一生、幸せにします……」 香穂子は幸せに満ち溢れた気持ちになりながら、吉羅に堂々と宣言する。 なんてロマンティックなのだろうか。 ふたりはお互いに手を握り合う。 「行こうか、香穂子」 「はい!」 ふたりは手をしっかりと繋ぎ、歩き出す。 まるで新しい人生を始めるかのように。 ふたりの人生は、再び始まる。 愛人契約から始まった恋は、本当の愛にたどり着いた。 |