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一瞬、香穂子は聞き違えたのではないかと思った。 まさか、吉羅にプロポーズまがいのことを言われるなんて、思ってもみないことだった。 香穂子は混乱して、上手く言葉がまとまらなかった。 どう言って良いのかが、正直言って、分からなかったのだ。 吉羅から、こんなにもストレートな言葉を貰えるなんて、思ってもみなかった。 香穂子が、どうして良いかが解らずに戸惑っていると、吉羅が不安そうな眼差しを向けてきた。 このような吉羅を見るのも、初めてかもしれない。 香穂子は吉羅を改めて見た。 「思ってもみないことを、吉羅さんが仰ったので……。それは、愛人ではなくても、恋人として、そばにいて良いということですか……?」 香穂子は声を震わせながら、吉羅を見た。 「勿論だ。君がもし、私を少しでも好きでいてくれるのならば……」 吉羅は、いつもの冷徹な眼差しではなく、香穂子を純粋な瞳で見つめてくれている。 香穂子は感激する余りに、泣きそうになった。 「……吉羅さん、私……、私は、吉羅さんのことが好きです。本当に嬉しいです。だから、とても嬉しいです……」 香穂子が涙を溢した瞬間に、吉羅に抱き締められた。 強く抱き締められて、息が出来ない。 「……香穂子、愛しているよ……」 吉羅が初めて、愛していると言ってくれている。 嬉しくて堪らなくて、香穂子は涙を大量に溢した。 胸がいっぱいで苦しくなるぐらいに、幸せだ。 吉羅を自らの力でしっかりと抱き締める。 香穂子は、これほど幸せを感じる抱擁はないと感じた。 「……私も吉羅さんのことが大好きです……」 「大好きだと、私は物足りないな」 吉羅は甘く笑う。 「吉羅さんのことが……」 愛しているというのは事実だが、それを面と向かっていうのは、恥ずかしくてしょうがない。 香穂子は、真っ赤になりながら、鼓動を速めながら、息を呑み込む。 「……吉羅さんのことを……、あ、愛しています」 つい声が上ずってしまう。 「よく出来ました」 吉羅は艶やかに呟くと、香穂子に顔を近付けてくる。 キスをされるだけなのに、ドキドキする。それ以上のことをしているというのに。 吉羅の唇がしっとりと重なる。 甘く口付けられて、香穂子はかなり緊張した。 しっとりとキスをされて、香穂子は溺れてゆく。こんなにも心臓が蕩けてしまうほどに甘いキスは経験したことがない。 本当に幸せなキスだ。 愛し合っていると分かったうえのキスはなんて素晴らしいのだろうか。 今までしたどのようなキスよりも、愛を本当の意味で分けあって、確かめあうキスは、素晴らしいと思った。 何度も吉羅と唇を重ねた後、ふたりはもう一度、お互いを確かめあうように、しっかりとキスをした。 何度も何度も繰り返してキスをするというのは、なんてロマンティックなのだろうかと、思わずにはいられない。 「……香穂子、改めて君が欲しい……」 「……はい……」 香穂子が、はにかんで返事をすると、吉羅は香穂子を抱き上げて、ベッドへと運んでくれた。 本当に愛されている。 解っている上で、吉羅に抱かれるというのは、なんて幸せなのだろうか。 初めての時も幸せだったが、それよりも今の方が充たされて幸せだ。 気持ちが通じあうというのは、なんて素晴らしいのだろうかと、香穂子は思った。 今度こそ、吉羅と一緒に、濃密な時間を重ね合える。 甘い時間を重ね、ふたりの気持ちも、身体も総てが重なりあって、蕩けてゆく感覚はなんて幸せなのだろうか。 吉羅にしっかりと抱かれ、愛され、愛しながら、香穂子は充たされていった。 愛し合った後、ふたりはその余韻につい笑顔になる。 本当の意味で結ばれたのだと思う。 心も身体もしっかりと結ばれたのだと、感じる。 「もう二度と離さないから覚悟をしておきたまえ」 「私も吉羅さんからは絶対に離れないですよ」 香穂子の言葉に、吉羅は嬉しそうに甘く笑った。 吉羅は、香穂子をしっかりと抱き寄せた後、唇に柔らかくキスをしてくれる。 「香穂子、私は、君とこうなりたかった……。君に、“愛人契約”を持ちかけたのは、君を誰よりもそばに置きたかったからだ……。誰にも、君を取られたくなかった……。誰よりも先に、君を私のものにしたかったから……」 吉羅から情熱的な言葉を言われて、香穂子は胸がいっぱいで、苦しくなってしまうぐらいだった。 「香穂子、私は、狡いだろう? 君を自分のものにしたくて、あんな契約を持ちかけたんだからね……。君が、ヴァイオリンで素晴らしい才能を持っていて、足りないのは技術だと知って、そのサポートを理由に、愛人にしてしまうなんて……。本当は、君が断っても、ヴァイオリニストとして、支援はしようと思っていた。ヴァイオリニストとしての君を買っていたからね」 「……吉羅さん……」 吉羅の情熱的で、愛と優しさが詰まった言葉に、香穂子は胸がいっぱいで、涙をこぼす。 こんなにロマンティックな告白は、他にはないのではないかと、香穂子は思った。 甘い、甘いロマンティックに、香穂子はつい泣き笑いを浮かべた。 「……私が、愛人契約を受け入れたのは、勿論、吉羅さんのことを愛していたからです。あのときには、もう好きになっていました」 吉羅が素直な気持ちを伝えてくれたので、香穂子はつい笑顔で真実を話した。 「……私たちは、お互いに言葉が足らなくて、遠回りをしていただけのようだね……」 「そうですね」 香穂子も笑顔で、素直に認めずにはいられない。 お互いに笑いあったあと、もう一度、しっかりと唇を重ねた。 「……香穂子、愛しているよ。私と、結婚してくれないか?」 吉羅は甘く低い声で囁くと、香穂子の手をしっかりと握り締めてくれる。 愛しか感じられないプロポーズ。 香穂子は嬉しさの余りに、泣くことしか出来ない。 それほど感動的なプロポーズだった。 胸がいっぱいで、息が浅くなる。 本当に近い場所にいる吉羅が歪んで見えた。 「はい、結婚します」 香穂子は泣き笑いで、だが、しっかりと宣言する。 「有り難う。もう、逃げられないからね。結婚式は手配済みだ」 まさか、このようなことが用意されているとは思えなくて、香穂子は思わず吉羅を見た。 「逃がさない」 吉羅はまるでハンターのように言うと、再び香穂子を愛し始める。 幸せな時間だった。
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