*あなたに護られて*

14


 吉羅や周りの仲間たちの計らいで、リサイタルの準備が着々と進む。
 リサイタル用のポスターは、天羽がわざわざ撮影をしてくれ、その上、加工までしてくれた。
 仲間たちが本当に協力してくれている。
 なんて幸せなのだろうかと思わずにはいられない。
 感謝してもしきれない。
 音楽監督は、金澤が引き受けてくれたのも嬉しいことだった。
 嬉しいことがある反面、やはり燻っているところもある。
 未だに香穂子への殺害予告のようなものが、インターネットの掲示板に掲載されていることだ。
 警察は目星をつけてはいるらしく、逮捕は時間の問題だと聞いている。
 警察に任せておけば大丈夫だと思いながらも、何も出来ない自分が嫌でしょうがない。
 香穂子は切ないジレンマらにジリジリと苦しめられていた。
 吉羅を仲間を危険にさらしているのに、何もすることが出来ない。
 こんなにも切ないことは他にはないのではないかと思った。

 いよいよリサイタルが明日に迫った。
 朝、目覚めた時から、忙しい時間がスタートする。
 吉羅と顔を合わせて食事を取りながらも、いつもより緊張が走る。
「香穂子、リサイタルが終われば総てが解決をする。後少しだ」
「はい」
 後少し。
 それは、吉羅との愛に満ちた生活が終わることを示している。
 事件が解決をするのは嬉しいが、何処か切ない気分になる。
 香穂子は、事件が解決をしてもこうして吉羅と一緒に暮らせたらと、思わずにはいられなかった。
 一緒に暮らしたい。
 だが、その明確な理由がないことも、香穂子は充分に解っている。
 事件が解決してしまったら、吉羅から香穂子への保護欲がなくなってしまって、棄てられてしまうのではないかと思ってしまう。
 保護欲から、こうして愛していると錯覚されているのではないかと、不安になってしまう。
「…香穂子、どうしたのかね?」
「…あ…。何でもありません…。大丈夫ですから」
 香穂子はわざと笑うと、食事に集中する。
「不安があるかもしれませんが…、大丈夫だと信じています」
「そうだ。君には私も警察も仲間もみんな着いているのだからね。安心するんだ」
「はい。有り難うございます」
 心強い仲間たちがいるのは、本当に有り難いことだと思う。
 香穂子は吉羅に深く頷いた。
 心配していることはただひとつ。
 吉羅を失ってしまうのではないかということだけ。
 本当に身勝手な想いだというのは解ってはいるが、そう思う恋心があった。

 吉羅とふたりで学院に向かう。
 今日はいよいよリハーサルだ。
 警察や警備会社が護衛の準備をしているせいか、いつも以上に慌ただしい雰囲気が漂っていた。
 香穂子は伴奏をしてくれる土浦や森とリハーサルに臨む。
 ふたりの伴奏が結局のところ一番弾きやすい。
 香穂子のことを最も解ってくれている伴奏者だからだ。
 何時音合わせをして、金澤を交えた最終チェックに入る。
 本当にごくごく少数の関係者以外はシャットアウトして、リハーサルは行われた。
「後は当日通りにランスルーをしてみるか。音は完成しているが、更に良いものが当日に出来るだろうとは思うからな」
「はい」
 金澤の嬉しい一言に、香穂子はようやく笑顔になった。
 手作りの温かなリサイタル。
 今回のリサイタルはかなり強い想い出として残ることだろう。
 仲間たちや様々な人々への感謝しか、今は無かった。

 吉羅は、警察と警備会社とで最終の警備の打ち合わせをしていた。
 香穂子に指一本触れさせやしない。
 危害を加えるものは、とことんまで追い込むつもりだ。
 警察が犯人を絞り込んでいる以上は、後は任せておけば良いのだろう。
 リサイタルが終われば、この騒動は決着がつくだろう。
 そうなれば香穂子は離れていくのではないだろうか。
 今の吉羅の気掛かりはまさにこれなのだ。
 香穂子がただ吉羅に頼る余りに、それを愛情だと勘違いをしてしまっていたとしたら?
 香穂子は確実に離れて行くだろう。
 それはあまりにも切なくて辛い。
 この騒動が終わっても、香穂子を離す気などは無かった。
 それどころか、このまま一緒に暮らしたいとすら思う。
 香穂子には内緒で指環も用意している。
 御守りのように着けて貰えたらという気持ちと、それ以上に吉羅との永続的な愛を感じて欲しいという想いを込めて、指環を準備したのだ。
 受け取ってくれるだろうか?
 そんなことばかりを考えてしまう。
 自分は恋をしても決して夢中にはならずに、溺れることもないと自負していたのに、そうではないことを思い知らされた。
 本物の恋には、身に着けたクールさなんてあてにはならないことを、吉羅は知ってしまったのだ。
 吉羅は祈る。
 万事丸く収まり、今回の事件が解決をすること。
 それに加えて、香穂子とずっと一緒にいられたらと思わずにはいられなかった。

 吉羅が昼食を取りにカフェテリアに入ると、ちょうど香穂子たちも入ってきた。
「君達も今から昼食かね?」
「はい。午後からの最終リハーサルに向けて、腹拵えです!」
 香穂子が明るく言うと、吉羅はフッと甘い微笑みを向けた。
「…私も午後から仕事が溜まっているからね。少し食べておかなければならないからね」
 つい見つめあって笑顔になってしまう。
 香穂子は照れたような甘い笑みを浮かべていた。
 吉羅と同じテーブルで食事をするが、少し離れた場所になってしまう。
「ねぇ、香穂」
 一緒に食べていた天羽と森に耳打ちをされて、香穂子は耳を傾ける。
「…香穂さ、理事長とラブラブなんでしょ?」
「……!!!」
 ズバリ天羽に指摘をされて、香穂子は真っ赤になってしまう。
「やっぱりねぇ。さっきさ、理事長と見つめあっていた時は、かなり熱かったものねえ」
「本当に!」
 森と天羽は、ふたりしてニヤニヤしている。
「…もうふたりとも…」
 香穂子はどう反応して良いかが分からなくて、真っ赤になって俯くだけだったわ
「別々のレーンに並んでいたくせに、同じものを頼んでいるし、益々、怪しいっ!」
 天羽の追及に、香穂子は苦笑いを浮かべるしか無かった。

 いよいよ最終リハーサルだ。
 吉羅は何とか間に合ってリハーサルの様子を見つめる。
 ステージに立ってヴァイオリンを奏でる香穂子は、かなり美しい。
 これ以上ないと思えるほどの美しさだ。
 吉羅はただ香穂子を見つめていた。
 本当にヴァイオリニストとして、女性として、類い稀な存在として成長した。
 吉羅を激しく引きつける唯一無二の存在だ。
 失いたくはない。
 守ってやりたい。
 吉羅は強く思いながら、香穂子の様子を見つめた。

 リハーサルが終わり、吉羅は香穂子と一緒に帰宅をする。
 明日が本番なのに、香穂子は何処か浮かない表情を浮かべている。
「どうしたのかね?」
「何でもありません…」
 香穂子は努めて明るく振る舞おうとしているのが解る。
 早く家に帰って抱き締めたかった。

 食事を終え、お風呂にも入り、後は眠るだけの状態のところで、香穂子は窓辺に立って六本木の夜景を見つめていた。
「どうしたのかね?」
「…ここで見る夜景も最後になるかと思うと、何だか切なくなります…」
 香穂子が泣きそうな気分で言うと、吉羅がゆっくりと近付いてくる。
「…香穂子…」
 吉羅は香穂子を背後から抱き締めると、腕に力を込めた。
「…事件が解決をしても、ここに住まないかね?」
 吉羅の言葉に香穂子は息を呑んだ。



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