*あなたに護られて*

15


 今のはプロポーズだろうか?
 いつも大人の素敵な女性と一緒にいた吉羅が、まさか自分にプロポーズをするなんて信じられない。
 同棲生活をしようと言っているのかもしれない。
「…暁彦さん…。それは一緒に住もうということですか…?」
「勿論、君と一緒に住もうと言っているが…、そるは短期間じゃない。決してね。私は…、永続的に君と一緒にいたいと言っている…。君以上に、私を理解してくれる女性は他にはいないからね…。そして愛することが出来る女性も…」
「暁彦さん…」
 吉羅は更にギュッと抱き締めて、甘く囁いてくる。
「…君にプロポーズをしているんだよ…。君と結婚したいと言っているんだ…」
「暁彦さん…」
 吉羅にプロポーズをされている。
 これ以上に幸せな事はないと、香穂子は思わずにはいられなかった。
「…返事は…いますぐは難しいかな?」
「…嬉しくて…。本当に嬉しいんです…。あなたがいるからこそ、私はここまで頑張ってこれたんですよ? 本当にどうも有り難うございます。…暁彦さん…、私も…、あなたとずっと一緒にいたいです。私もあなたと結婚したいです…」
 涙声のせいで途中でグチャグチャになる。
「…有り難う…香穂子…」
 吉羅は名前を呼んでくれると、左手を取った。
「プレゼントしたいものがあるんだ。受け取って欲しい…」
「はい」
 吉羅は抱擁を解くと、香穂子の手をしっかりと握り締めて寝室へと向かう。
 広いダブルベッドに香穂子に腰をかけるように促すと、吉羅はヴェルヴェットのジュエリーケースを持って、跪いた。
「…暁彦さん…」
 吉羅はジュエリーケースを開けると、そこから恭しく指環を取り出した。
 香穂子の左手をそっと取ると、薬指にリングをはめてくれた。
 婚約指環であるそれは、とても可憐なダイヤモンドリングだった。
「…明日のリサイタルにも着けてくれたまえ。御守り代わりにしてくれ」
「有り難うございます…。これであなたとずっと一緒にいられる気分になれますから、明日は着けて行きますね」
「…ああ」
 香穂子は幸せ過ぎてどう表現したら良いかが解らないぐらいに、幸せだ。
 吉羅ににっこりと笑みを浮かべると、強く抱き締められた。
「愛している、香穂子」
「私も愛しています…。暁彦さん…」
 吉羅は香穂子をベッドに寝かせると、そのまま躰を重ねてくる。
 そこからは本当に幸せな愛の時間が始まりを告げた。

 翌朝、香穂子はいつもよりもかなり早い時間に目が覚めた。
 窓辺に立ち、美しく輝く朝日を眺める。
 いよいよリサイタル当日だ。
 緊張をすると同時に、不安な部分はある。
 誰にも危害が加えられることなく、無事にリサイタルを終えたら良いのにと思わずにはいられなかった。
「…香穂子…」
 ベッドから起き出したことに気付いたのだろう。吉羅が背後から抱き締めてくる。
 こうして愛する男性に包まれるのが何よりも幸せだ。
 香穂子は前に回された吉羅の手を握り締める。
「…今日、頑張りますね。暁彦さんにも、リサイタルに来て下さる皆さんにも楽しんで貰えるように。私自身もヴァイオリンを弾く事を楽しんで出来るように、頑張ります」
「ああ。私も楽しませて貰うよ」
「はい」
 吉羅に背後から抱きしめられていると、本当の意味でのやる気や力が漲ってくる。
 香穂子は愛するひとに沢山の勇気を貰ったような気がした。
「…リサイタルが終わったら、ふたりでお祝いをしよう。後は、このままふたりで一緒になることを、君のご両親に認めて貰わなければならないね」
「そうですね」
 香穂子は頷くと笑顔になる。
 乗り切られない困難など待ち受けてはいないから。
 きっと大丈夫。
 良い方向に頑張っていけるはずだ。
 香穂子はそれだけを想い、朝日を見つめていた。

 いよいよリサイタル本番だ。
 香穂子は紅いスリムなノースリーブのドレスを着て、髪を高らかに結い上げる。
 ドレスは吉羅が用意してくれたものだ。
 今までならば決して似合うことはなかった深紅のドレス。
 だが、吉羅と愛し合うようになってからは、きちんと着こなすことが出来るようになっていた。
 愛する素晴らしい男に愛されることほど、女を輝かせることは他にないのではないかと思う。
 鏡に映る自分自身を見つめながら、香穂子はそう思った。
「香穂! 準備は出来た?」
「うん!」
 一緒に出演してくれる森と天羽が楽屋を訪ねてきてくれた。
「凄く大人っぽく見えるよ! 今日の香穂は最高に綺麗だよ!」
 天羽は感嘆の声を上げて言ってくれる。
 それが香穂子には嬉しくてしょうがなかった。
「…本当に綺麗だよ。びっくりするぐらい」
 森も香穂子を見つめて、うっとりと呟いてくれている。
「有り難う…。そう思って貰えて凄く嬉しいよ」
「やっぱり大人の男に愛されるというのは、スペシャルなことなんだろうね」
 関心するように言われて、香穂子は真っ赤になるしかない。
「理事長なんてセレブを、何の欲もなくてゲットしてしまうなんて、香穂らしいなあって思うよ。無欲の勝利だね」
 天羽の言葉に、香穂子は困ってしまう。
「…ただ暁彦さんが好きだってことだけだよ…」
 本当にそれだけなのだ。
 香穂子が恥ずかしい気分で呟くと、友人たちは微笑ましいとばかりに笑った。
「満員札止めだからね。香穂、思い切っり良い演奏を聴かせてね」
 天羽はしっかりと手を握り締めて香穂子を激励してくれる。
「…有り難う! 本当に精一杯頑張るよ! 宜しくね」
 三人は手を合わせて、このリサイタルの成功を祈った。
「日野! 準備は出来ているか?」
 金澤と共に土浦も楽屋にやってきてくれる。
「はい。皆さんのお陰で良いリサイタルになりそうです。有り難うございます」
 香穂子が深々と頭を下げると、誰もが良いものを作りたいというところで一致団結する。
 ここにいる人々は、香穂子にとっては、かけがえのない人々だ。
 このひとたちがいたからこそ、困難な状況を乗り越えることが出来た。
 ノックが静かに響き渡り、吉羅が楽屋に入ってくる。
 警察や警備会社との打ち合わせを終えたようだった。
「日野君、準備は整ったかね?」
 今日の吉羅は英国製のオーダーメイドのスーツをそつなく着こなしている。
 隙ない素敵さに、香穂子は思わずうっとりと見つめてしまう。
 今朝も見ているはずなのに、つい見とれてしまった。
「日野君?」
 吉羅を見つめ過ぎてしまい、香穂子はきちんと答えていないことに、ハッとする。
「あ、あの…、準備は万端です」
「それは良かった」
 ふたりが見つめあって瞳で会話をしていることに気付いたのか、そこにいる仲間たちが微笑ましいとばかりの表情をする。
「あ、俺、スタンバイ準備があるから」
「私も!」
「カメラのセットをしなくっちゃ」
「俺はステージチェック!」
 誰もが理由をつけてバタバタと出ていってしまう。
 その様子に、香穂子と吉羅は顔を見合わせてくすりと笑った。
 ふたりきりになり、吉羅に抱き寄せられる。
「しっかりと頑張ってきたまえ。君を見守っているから」
「有り難うございます」
 吉羅はフッと笑って香穂子の頬にキスをすると、静かに離れる。
「頑張ってきたまえ」
「有り難うございます」
 香穂子は吉羅の後ろ姿を見つめながら、笑顔を浮かべる。
 どのようなことがあってもこのリサイタルは成功させなければならない。
 そう誓った。



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