*母の日*

後編


 香穂子はシャワーを素早く浴びて、ずぐに支度をする。

 その間、暁慈は父親に呼ばれた。

「病院の近くのショッピングセンターに花屋があるのを覚えているか?」

「はい」

「そこで薔薇とカーネーションの花束を受け取ってきてくれ。先ほど手配しておいた」

 流石は父親だと思う。

 様々なことにぬかりはないのだ。

「解ったよ。暁愛と行ってくる」

「頼んだ」

 暁慈と暁愛が行こうとすると、一番下の暁美がシャツの裾を引っ張った。

「あきちゃんも!」

「解った。じゃあ行こうか」

 男兄弟でやはり行動したいらしい。

「お兄ちゃんたちいってらっしゃい。私たちはここにいるから」

「ああ」

 暁慈は弟ふたりを連れて、ショッピングセンターへと向かった。

 心地好い初夏の夜。

 少し歩くのにはちょうど良い。

 暁慈たちが花屋に行くと、既に花束が準備してあった。

「吉羅さんね? はい。これをお母さんに持っていってあげてね」

「有り難うございます」

 大きな花束を持って、暁慈は小さな弟の手を引いて、病院へと戻った。

 すると妹たちが迎えてくれる。

「ママとついでに、パパも分娩室に入ったから」

「解った」

 暁慈はあさひの横に腰を掛ける。

「お兄ちゃん、ちゃんと持ってきたよ。はい、ママへのチケットとカーネーション」

 もう一つの母の日のプレゼントは、肩叩き券とお手伝い券のセットに、兄弟の数のカーネーションだった。

「パパが立派な花束を用意してくれたけれど、こっちも喜んでくれるよね」

「ああ、もちろんだ」

「お母さんに音楽のプレゼントを渡せなかったのは残念だね」

 暁愛は残念そうに言う。

「そうだね。退院したらお祝いを兼ねて、母さんに音楽のプレゼントをしよう」

 暁慈が落ち着いた優しさで言うと、誰もが頷いた。

 また兄になる。

 幸せがまた増えるのだ。

 そう思うだけで、ワクワクする。

 小さな妹でも弟でも、健康であればどちらでも良いと思った。

 沢山兄弟がいる家族に生まれて良かったと思う。

 暁慈はこの家族に生まれて良かったと、心から思った。

「あきちゃん、とうとうお兄ちゃんになるんだよ。嬉しいね」

 あさひが明るく言うと、暁美は瞳を輝かせる。

「うれちぃ」

「弟か妹をしっかりと大事にしろよ」

 暁愛が頭を撫でながら声を掛けると、暁美は明るい声で元気良く返事をした。

「あいっ!」

「ゆうひね、妹が良いの。いっぱい教えてあげないと」

 ゆうひは自分よりも下の兄弟がふたりも増えたことが、とても嬉しそうで、ニコニコしていた。

 誰もが緊張と期待、そしてほんのりとした心配を抱えて、母親が出産するのを待っている。

 いつも父親が休みの日に、母親は子供を産んでいる。

 とても親孝行な子供たちなのだ。

 父親は誰よりも、母親の出産に立ち会いたいと思っているからだ。

 やがて、元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 元気過ぎる泣き声だ。

「男の子じゃないかなあ」

 あさひは幸せそうに呟く。

「だけどゆうひの時はかなり大きな声だったな」

 暁慈が言えばゆうひは真っ赤になる。

「そうだったよね。だったらどちらかは分からないよね」

「まあ、そうだよね」

 確かに泣き声だけでは判断がつかない。

「…何だか恥ずかしいよ」

 ゆうひは耳まで真っ赤にししている。

「だからいつもお転婆じゃないのか」

 暁愛がからかうように言うと、ゆうひは益々むくれてしまう。

「だから暁愛お兄ちゃんは嫌い」

 おませにもプイッと横を向かれてしまい、暁愛は困ったように笑った。

 分娩室から、父親が小さな子供を抱いて出て来た。

「みんな、女の子だ」

「わあ! 嬉しい!」

 暁慈を始めとして、誰もが吉羅を囲んで、産まれたばかりの妹を見つめる。

 まだしわしわだったが、顔が小さくて可愛いかった。

「…いもうちょっ!」

 暁美が興奮気味に言うものだから、吉羅は柔らかく微笑んでくれた。

「暁愛、お前の妹だ。大切に可愛がってやってくれ」

「あいっ!」

「皆も小さな妹を可愛がってくれ」

「はい」

 誰もが興奮しながら妹と初対面をした。

 助産師がやってくる。

「あかちゃんは、今夜一晩は新生児室で預かりますね」

「有り難うございます」

 吉羅は産まれたばかりの娘を助産師に託した。

「奥様も病室に移動して頂きますね」

「はい。有り難うございます」

 吉羅は子供たちを真直ぐ見つめると、優しく幸せそうに笑った。

「私も白衣を脱いでくるから、少しだけ待っていてくれ」

「はい」

 吉羅が着替えに行った後、兄弟たちは幸せな気分で息を吐いた。

「ママにおめでとうと有り難うを言わなければならないね」

 あさひは幸せに酔い痴れているようなうっとりとした表情を向けた。

 程なくして父親が戻ってきた。

「では皆、お母さんの病室に向かおうか」

「はい」

 家族皆でそろって母親の病室に向かう。

 わくわくして本当に幸せだ。

 ノックをした後にそっと病室に入る。

「母さん、具合はどう?」

 暁慈が声を掛けながらゆっくりとベッドに近付いていく。

 母親の顔が見える。

「暁慈、あさひ、暁愛、ゆうひ、暁美、みんな…」

「お母さん、母の日おめでとう、有り難う。そして、新しい家族を有り難う! おめでとう!」

 家族を代表して、暁慈が母親に、薔薇とカーネーションの花束を渡す。

 そして、あさひからは。

「これは私たち兄弟からの母の日のプレゼントだよ」

 あさひはみんなで作った、お手伝い券と、カーネーションを渡す。

 カーネーションは一人ずつ渡していく。

 母親は感動しながら涙ぐんでいた。

 子供を産んだ後の母親は、とても疲れていそうだったから、とても美しかった。

「…みんな、本当にどうも有り難う…。とても嬉しいわ。本当に有り難う…。あなたたちの母親であることが、私はとても嬉しいわ…」

 香穂子は美しく輝く表情で、子供たちを魅了していた。

「お前たち、また明日、みんなでお見舞いに来ようか…」

「そうだね。母さんも疲れてしまうだろうから」

 暁慈は父親の意図を汲んで頷く。

「明日は私たちは学校が休みだからゆっくりとお見舞いに来ようよ」

 あさひも姉らしく言ってくれるのが嬉しかった。

 

 香穂子は出産の感動と母の日の感動で、泣きそうになる。

 本当に子供たちを産んで良かった。

 神様からは最高の子供を授かったと、心から思わずにはいられない。

 皆を抱き締めてひとりひとりに礼を言いたかったが、上手くいかなかった。

 明日にでも抱き締めてお礼を言おう。

 これで最高に嬉しい母の日になった。

 母親になれたこと。

 そしてこんなにも素晴らしい夫や家族に恵まれたことが、香穂子には嬉しかった。

「…香穂子…、今夜はゆっくりと眠りなさい…。明日の朝は、特別に早くから面会に来ても良いと許可を取ったからね。明日の朝早くに、家族みんなで来るよ」

 吉羅は手をしっかりと握り締める。

「…有り難うございます…、暁彦さん…。皆も今日は本当に有り難う…。また明日…」

「うん!」

 暁美は母親の手を握り締めて、聞き分け良く頷いた。

 

 母親が眠った後、家族でうちに戻る。

 とても幸せな家路だ。

 母の日に家族が増えて、暁慈はまた妹を得た。

 幸せで素晴らしい母の日。

 暁慈は最高の母の日を過ごせたと、強く実感する。

 明日からまた吉羅家は新しくスタートする。

 より幸せになれたのは間違ない。

 更に幸せになれると、誰もが確信していた。



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