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途中でレストランに寄り夕食を取った後で、六本木にある吉羅の家へ行くのだと思っていた。 だが、車は横浜山手にある高級住宅街へと向かう。 「暁彦さん、どこへ行くの?」 「秘密だ。君へのクリスマスプレゼントだよ」 吉羅は含み笑いを浮かべると、闇に浮かび上がる立派な洋館へと車を入れる。 セキュリティもきっちりとされており、香穂子は驚いた。 「この家は元々吉羅の家が持っていたものだ。三年前から少しずつリフォームをして、全室防音にしたんだ。部屋のどこでヴァイオリンを弾いても大丈夫だよ」 「三年前から…」 吉羅の言葉に、香穂子は泣きそうになる。 吉羅はあの時にはちゃんと香穂子のことを考えてくれていたのだ。妊娠もきっと喜んでくれたに違いない。 あの時、もう少しだけ待っていれば、幸せは手に入ったのかもしれない。 鼻を啜ると、吉羅は困ったように笑った。 「君が出て行く直前からリフォームを始めたんだよ」 「暁彦さん…」 吉羅は涙ぐむ香穂子を抱き寄せた後、そっと抱きよせてくれた。 「…さてと行こうか。なかにはちょっとした志向があるよ」 吉羅は息子を抱き上げると、自宅のセキュリティを解除した。 香穂子たちを玄関先に待たせておいて、吉羅は走って部屋の奥に消える。 「さてと、お待たせしたね。どうぞ」 吉羅はふたりを導くように、リビングへと連れていってくれた。 リビングに入った瞬間、暁慈が歓声を上げる。 自然のもみの木を使ったクリスマスツリーには、沢山電飾が施されてきらきら輝いている。 ツリーの足下には、沢山のクリスマスプレゼントだ。 「凄く綺麗だわ。暁彦さん…」 「クリスマスプレゼントだよ。まあ、本当のプレゼントはこの家と、後は秘密だね」 吉羅は香穂子を思い切り抱きよせてくる。 「香穂子、君の喜ぶ顔を沢山見たいからね。私は」 「秘密って…?」 「ふたりだけの時間になったら教えよう」 吉羅の艶めいた囁きに、香穂子は笑顔を浮かべてしまう。 その笑みに、吉羅は目を細めた。 「クリスマスプレゼントに夢中ね」 暁慈は一生懸命箱を見ては、中に何が入っているのか考えているようだった。 「青いリボンが暁慈のだよ。お母さんのが赤い色」 吉羅は屈むと、暁慈の頭を撫でる。暁慈は暫く考えた後で、吉羅を不思議そうに見上げた。 「…パパのは?」 「パパのクリスマスプレゼントは君とママだよ。ふたりにはリボンをかけたいね。クリスマスは明後日だから、プレゼントはその時に開けよう」 吉羅は暁慈を抱き上げると、部屋の電気をつけた。 「さてと、おふたりにはこの家を案内しないとね。これからは家族三人でこの家で暮らして行くのだからね」 「…あい」 暁慈は笑いながら頷き、香穂子も寄り添って笑った。 「ここは家族のリビング、そしてその奥はダイニングキッチンだよ。ダイニングとキッチンは別だったがぶち抜いて貰った。私の書斎、客間、応接室、そしてバスルーム、パウダールーム、お手洗いと…、ヴァイオリン練習室」 吉羅が開けてくれた部屋は、開放的な大きい掃き出し窓が印象的な、美しい部屋だった。ピアノとヴァイオリンが置いてあり、楽譜を収納する棚もある。 「君のアトリエだよ、香穂子」 香穂子が寛げるようにと、オーディオ設備も充実しており、家具もロマンティックなデザインばかりだ。まさに香穂子の好みを集約したものだ。 「…有り難う…」 吉羅の愛情を、部屋のありとあらゆる場所に感じて、香穂子は涙ぐんでしまう。 洟を啜りながら笑っていると、吉羅が困ったように微笑んだ。 「君にはこんなことをしても足りないけれどね。二階に行こうか。暁慈の部屋も、これから沢山の子供たちが出来ても大丈夫な部屋があるよ」 吉羅は、かけがえのないふたりの愛しい者を連れて二階へと上がった。 「わあ! あきちゃんのベッロ!」 「そうだよ、ここが暁慈の部屋だ。君のベッドは六本木の家から持ってきたんだよ。後は、勉強机、本棚、おもちゃ入れ、クローゼットもあるね」 暁慈は自分だけの部屋だとかなり興奮してしまい、楽しそうに歓声を上げる。 香穂子は持って来た荷物を、吉羅と共にチェストに片付けた。 「さてと、後は私たちの寝室だけだね。案内するよ。暁慈、直ぐに戻るからここに待っていなさい」 吉羅は香穂子の手を握り締めると、廊下を隔てて斜め前にある部屋へと向かった。 ドアの前に来ると、吉羅は香穂子を抱き上げる。 「さてとこうするのが奥さんには礼儀だからね」 吉羅は香穂子を抱き上げたままで寝室のドアを開けると、まるで儀式を行なうように中へと入った。 「…素敵…!」 シンプルな寝室は、ベッドと香穂子の化粧台しかない。 「洋服は奥にウォークインクローゼットがあるからそこに入れると良い。後は、バスルームが小さいがあるから使っても構わないよ」 「素敵です…」 吉羅はフッと笑うと、香穂子を見つめる。 「お風呂にはお湯がはってある。ゆっくりと楽しんで綺麗になると良い。私は暁慈と一緒に下のバスルームを使うから。時間短縮だよ」 吉羅の艶めいた笑みに、香穂子は真っ赤になりながら頷いた。 バスルームでいつもよりも念入りに肌を研いた後、香穂子はバスローブ姿で髪を乾かしながら、吉羅を待ちわびる。 以前、パジャマが要らないと言われたことが蘇って、香穂子は真っ赤になる。 肌の手入れが総て終わった頃、吉羅が寝室に入ってきた。 「暁慈は寝たよ」 「有り難う」 香穂子が礼を言った瞬間、抱き上げられてベッドに運ばれる。 そのままベッドに組み敷かれてしまい、香穂子は肌を紅に染め上げた。 「暁彦さん…」 「君をたっぷりと堪能させて貰うよ。覚悟は出来ているね?」 「…はい…」 吉羅はもう我慢が出来ないとばかりに、香穂子に熱い唇を押しつけてくる。 その熱さに溺れながら、吉羅の扇情的で艶やかな愛撫を全身で受けた。 香穂子が躰を弛緩させて吉羅を強く求めるまで、何度も高められる。 もう限界だと思ったところで、欲しいものを力強く熱く胎内に与えられた。 今までの愛の行為の中で、最も香穂子を刺激し、快楽を与えてくれた。 何度も高みに上り詰めて、最後には安逸と愛情を手に入れ、香穂子は久しぶりに心地好い眠りを手に入れた。 吉羅に全身を慈しまれて、吉羅に激しい恋情を刻まれた。 もう手放さなくて良いと思うと、泣いてしまうほどに幸せを感じた。 翌朝、目が覚めると、吉羅にしっかりと抱き締められていた。 「…おはよう」 「…おはよう…」 吉羅は優しく声を掛けると、香穂子の唇に甘いキスをした。 「左手を見てくれないか?」 「左手…あっ!」 香穂子の左手薬指には、結婚指輪と共に、ダイヤモンドが煌めくエターナルリングが輝いている。 「…暁彦さん…」 また嬉しくて泣けてくる。 「君は本当に泣き虫だね」 吉羅は微笑みながら、香穂子の瞼にキスをした。 「朝食を済ませたら、婚姻届と暁慈を私の戸籍に入れる手続きに行こう」 「はい」 吉羅は微笑みながら、香穂子の腹部を撫でる。 「…私は次の子供が欲しい。もう出来ているかもしれないけれどね」 「そうですね」 香穂子が照れ臭そうに笑うと、吉羅は官能的なまなざしを向けてくる。 「これからは沢山チャンスがあるからね。子供を沢山もうけて、賑やかな家にしよう」 「はい、暁彦さん」 香穂子は吉羅を強く抱き締めると、暫くは幸せに酔い痴れる。 香穂子は時計を確認すると、慌てて躰を起こした。 「どうしたのかね?」 「あきちゃんが起きてくるんですよ、そろそろ。探しに来ると思うので、流石に…これは見せられないから…」 香穂子は自分の格好を見て苦笑いをする。 「確かに教育上は良くないかもしれないね。着替えようか」 吉羅は苦笑いをすると、素早く衣服を着替え、香穂子もそれに続く。 「これからはこういう日常が続くかね」 「そうですね」 香穂子はニッコリと微笑んだ後で、吉羅とふたりで暁慈の部屋へと向かった。 ふたりの結婚式は、春先に行われた。 家族と友人を招待したささやかで温かなものだ。 勿論、ふたりの仲を修復するのに手を貸してくれたヴァイオ工房攻防の主人夫妻も来てくれた。 香穂子を離したくないとばかりに、吉羅はずっとその手を握り締めたままだったのが、参列者には微笑ましく映った。 「式のタイミングはギリギリだったね」 「そうですね」 香穂子はお腹に両手をそっと宛る。香穂子が子供を授かったと知ったのは、ほんの数週間前だ。香穂子は幸せの笑みを零すと、吉羅にそっと寄り添った。 クリスマスは更に賑やかになった。 「えっとあさひのリボンは黄色だよね、パパ」 暁慈は随分しっかりしてきた。年を経る度に吉羅に本当に似て来ている。 「そうだ」 吉羅は、香穂子の腕のなかで眠る娘を見つめながら優しく頷く。 あさひが産まれたのは夏の終わりだった。きっと吉羅と久し振りに肌を重ねた時に、授かったのだろう。この子もまた、吉羅の面影を強く宿していた。だから余計に愛しい。 妊娠中は、吉羅が大げさなほどに気遣ってくれ、香穂子は何度も「大丈夫」だと言わなければならなかった。 一緒に暮らしてから二度目のクリスマス。こうして子供にも恵まれて、家族四人で幸せに過ごせるのが、香穂子にとっては何よりものクリスマスプレゼントだ。 吉羅に肩を抱かれながら、香穂子は家族を見つめ、温かな声で呟いた。。 「今年のクリスマスも最高ね」 |